その四十 あの冒険者たちは何者だったのだろう
ズズウンという大きな音が響く。裏路地のいくつも積まれていた木箱の陰に身を潜めていた盗賊団のかしらには、木箱が邪魔になってその音の原因が見えていない。かしらは音を聞いて、訝しげに眉をひそめると少し怒ったように、
「あいつら、何か壊しやがったな……ったく、誰も死んでねえだろうな……? とにかく、早くやめさせるか」
そうつぶやいて、かしらは裏路地を飛び出すと、仲間たちがいる場所へと駆けていく。
「おうおうおう、てめーら、この町を襲うたあ感心しねえーなあ! このオレさまがやっつけて、ええええ⁉」
芝居がかった口調で口上を言っていたかしらだったが、目の前に広がっていた光景を見て、思わず驚きの声を上げてしまった。予想では仲間たちが町人から金品を巻き上げているはずなのに、実際には巨大な白ネズミが地面に転がっていたのだから。
「な、何だ⁉ 何が起きた⁉」
かしらが声を上げると同時に、巨大な白ネズミが、
「……チュウ……」
と、か細いうめき声を出しながら元の小さな姿へと戻っていく。それとともに、それまで巨大な影に隠れていた青年がかしらの視界に入ってきた。青年は目を回している小さなネズミを見下ろすと、
「小さくなりやがった。それがおまえの本来の姿ってわけか……ん?」
そこで彼はかしらの存在に気付く。
「何だ、おまえ?」
「あ、いや、オレは……」
予想外の光景に動揺してしまっていたが、元々の目的を思い出したかしらは落ち着きを取り戻すと、
「オレはこいつらをこらしめに……」
言おうとしていたかしらに、盗賊団の男がいまにも泣きそうな声で言った。
「おかしらあ! 助けてくださいい! こいつ、いきなり現れてネズミをお!」
「わ、バカ! オレのことバラしてんじゃねえ!」
再び慌てるかしらと、それに駆け寄っていく男。青年は二人の会話を聞いて、
「おまえら仲間なのか?」
ぽきぽきと拳を鳴らす。
「ぐ……バレちまっちゃあ仕方がねー。そうさ、オレがこいつらの親分だ!」
計画はかなり狂ったが、だからといって仲間を見捨てることはできない。それがかしらの性格だった……それでも盗賊団であることに違いはないが。
「そうかい。なら一緒に刑務所にぶち込んでやるよ。行くぜ!」
足に力を込めて青年が駆け出そうとしたとき、横合いから彼へと小さな石が投げられた。とっさに腕でそれを防御して、小石が飛んできた方向に目を向ける。少し離れた先に盗賊団の女がいるのを認めたとき、
「うおおお!」
かしらが青年へと駆け出した。青年はすぐさま拳を構えて、
「威勢はいいらしいが、ただ突っ込んでくるだけじゃ、俺には勝てねえぜ」
かしらへと拳を振り抜いた……が、ほとんど同時にかしらが身を低くしたことでそれは空を切る。
「やっべ……⁉」
すぐにでも反撃がやってくるものと思って、青年は瞬時に防御の構えを取る。しかしその予想に反して、かしらが取った行動は、青年のそばの地面に転がっている白ネズミを拾い上げるというものだった。
「よしっ、おまえら全速力で逃げろ!」
そしてかしらは青年に背を向けて猛スピードで走りながら、号令をかけて、仲間二人もあとに続く。
「あ、こら待ちやがれ!」
「誰が待つかよハゲ!」
「誰がハゲだ!」
青年が制止の声を出すが、かしらは止まろうとしない。
慌てて青年が彼らのあとを追いかけようとしたとき、大量の空白のメッセージウインドウが彼らの視界を埋め尽くした。
「うわっ何だこれ⁉」
驚きの声を上げるかしらの目の前、ウインドウの霧の向こうから少年が飛び出してくる。
「ごめんなさい……!」
それが少年の性格なのだろう、相手は盗賊だというのに詫びの言葉を言いながら、少年は拳を握りしめるとかしらの頬を思い切り殴り飛ばした。
「ほげぴっ⁉」
かしらが断末魔を発し、その少しあとに地面に倒れる音がする。身動きする音もうめき声もないということは、おそらく気絶したのだろう。
「お、おかしら⁉ いったい何があったんっすか⁉ おかしら⁉」
状況を把握できず、困惑の声を出す子分の男。彼は泣きそうな顔で思わずその場に立ち止まってしまい……、
「ナイスだ黒髪ちゃん!」
急いで後ろから追いついてきた青年に殴り飛ばされてしまう。子分の男もまたかしらと同様、地面に倒れて気絶してしまった。
「おかしら大丈夫ですか⁉ ちょっと⁉ いったいどうなってるの⁉」
男と同じく立ち止まっていた女。最後に残った彼女だったが、そのそばに音もなく小さな影が近寄っていた。影の正体は白髪の少女で……その存在に気付いた女が、
「きゃっ⁉」
びっくりして慌てて身をのけぞらせるようにあとずさり、その拍子に地面に転がっていた石を踏んづけてしまって、バランスを崩して後ろから倒れて地面に身体を打ち付けてしまう。
「きゅう~」
という可愛らしい声を出して、女はそのまま目を回してしまった。
そうやって盗賊団の三人が意識を失ったとき、周囲に広がっていたメッセージウインドウの霧が消滅していった。
地面に倒れているかしらの顔に、意識を取り戻したらしい小さな白ネズミが鳴き声を上げている。早く起きて……必死にそう言っているようなその呼び掛けに、しかしかしらを含めて盗賊団員たちは応じない。
そんな白ネズミに白髪の少女が近付いた。見下ろしてくる彼女に気が付いて、白ネズミが怯えた様子を見せる。無表情の瞳でそれを見下ろしながら、無感情の声で少女は問い掛けた。
「……あなたは魔獣じゃない……どうして人間と一緒にいるの……?」
「チュ、チュウ……?」
「……そう……あなたはまだ人語をしゃべれるほどの格に達していないの……その様子だと、自分がなんなのかも分かっていないみたい……」
地面に転がる盗賊団と、そのそばに立つ少年たち三人。彼らにフードをかぶった黒髪の少女が駆け寄っていく。
「みなさん、大丈夫ですか?」
「うん。サキさんこそ、サポートしてくれてありがとう」
少年の言葉に、黒髪の少女は申し訳なさそうに控えめに答える。
「これくらいしか、わたしにはできませんから。みなさんこそ、無事で良かったです」
そんな盗賊団を倒した彼らを見て、町の住民たちが呆気に取られた声を漏らしていた。
「す、すげえ、あっという間に倒しちまった……」
「あいつら何者なんだ、見ねえ顔だけど……」
「っていうか、いまの目くらましに使ったのって……?」
遠巻きに彼らが口々にそう言っていたとき、青年が、
「あっ⁉」
と何かを思い出したような声を上げた。
「そういやいま何時だ⁉」
すぐ近くにあった時計台に目を向ける。もうすぐ午後一時になろうとしていた。
「やっべ⁉ もう馬車の待ち合わせ時間じゃねえか! おい少年たち、早く行くぞ!」
そう言って彼は駆け出していき、慌てて少年たちもそのあとを追っていく。
町の住民たちは呆気に取られた様子でその後ろ姿を見ていた。
「馬車って……こんな騒ぎじゃ逃げ出しちまったんじゃねえか……?」
誰かがそうつぶやいた。
少年たちが馬車との待ち合わせ場所に向かうと、そこには馬車の影一つ見当たらなかった。
「いない……⁉」
「あっちゃー、あんな騒ぎが起きちまったからな。どっかに逃げちまってても仕方ねえか……」
「そんな……でも……普通そうですよね……」
青年にそう言われて、当然のことだと落胆する少年。
少年だけでなく、黒髪の少女もまた肩を落としていた。
これからどうするべきか、新たな馬車を雇おうにも近くに手頃な馬車は見当たらない。彼らが途方に暮れていたとき……遠くのほうから馬が駆けてくる音が聞こえてきた。彼らのそばで止まったその馬車の御者は、さっきまで彼らを乗せていた人物だった。
「おっさん、逃げたんじゃなかったのか?」
青年の問い掛けに、御者の男が急ぐ様子で答える。
「馬が盗賊団にやられないように隠れていたんですよ。それより旦那がた、早く乗ってください。盗賊団に見つからないうちに!」
「それなら心配すんな。やつらなら倒したぜ」
「へ……?」
ぽかんとする御者。青年は少年たちに言う。
「とにかく、早く乗ろうぜ。王都までまだ何時間も掛かるんだからな」
そして彼らは馬車に乗り込み……馬車は王都へ向けて走り出していった。
その後。
三人と一匹の盗賊団はあのあとすぐに町の留置所に放り込まれた。逃げ出さないように、彼らには魔法の使用が制限される特別の手錠がはめられ、白ネズミにも同様の効果がある拘束具が使われた。
そしてまた、その小さな町の人々の間でこんな話が流れることになる。
『ある日、町を襲った盗賊団を四人組の冒険者らしき者たちがあっという間に倒して、名前も名乗らずに立ち去っていった……そんな彼らに、町長が助けてくれたお礼をしようとあちこち探し回っているらしい……』
はたしてあの冒険者たちは何者だったのだろうか……町の人たちは不思議に思い、いまもときどき、そのときのことについて色々な話が交わされているらしい。