その三十九 とある小さな町の昼下がり
とある小さな町の昼下がり。
その町の入り口近くの裏路地で盗賊団のかしらが仲間に言う。
「そんじゃあ、オレはそこら辺に隠れてっから、おまえら上手くやるんだぞ」
「分かってますって。安心してください、おかしら」
女がそう答えて、白いネズミも、
「チュウ!」
と鳴き声を出す。ただ一人、男だけが、
「うう……緊張するなあ……」
と弱気そうな声でつぶやいていた。
そして……。
近くに鉱山でもあるのか、労働者風の住民がちらほらといるその町の食堂から、昼食を食べ終えたらしい少年たち一行が出てくる。腹をさすりながら、満足げな顔で青年が言った。
「いやー食った食った。うまいメシだったなあ」
「そうですね」
少年が答え、フードをかぶった黒髪の少女も、
「はい」
とうなずく。そんな二人に、何かを思いついたように青年が、
「そうだ。馬車に戻る時間までまだあるし、ちょっとそこらへんを見て回ってみねーか? せっかくここまで来たんだからよ」
「俺はべつに構いませんけど……」
応じた少年が黒髪の少女のことをちらりと見る。彼女もこくりとうなずいて、
「わたしも構いませんよ」
二人の返事を聞いて、青年は明るい調子で言った。
「よっしゃ。じゃあ、あっち側から見ていこうぜ」
童心に返ったように青年が色々な店の並んでいる通りを指さしたとき、町の入り口のほうから地響きと衝撃音が伝わってきた。
「何だ……⁉」
びっくりした顔で青年がそのほうを見る。少年と黒髪の少女もそちらへと振り返ると、視界の向こう、町の入り口に巨大なもの……そばに建てられている家屋をゆうに超える体長の巨大な白いネズミが、小山のように二本足でそびえ立っていた。
「何だあいつ……⁉ 魔獣か……⁉」
青年がそう口に出すのとほとんど同時に、巨大白ネズミの近くで、
「やいやいやいやい! 俺たちゃ盗賊団だ! 死にたくなかったら、この町の金目のものを全部差し出しやがれ!」
緊張しているのか、どこかしら上擦っているような大きな声で、汚れた服装の男が小型ナイフを振りかざしながら言っている。そのそばには仲間の女が、巨大白ネズミを手で示しながら、
「もし言うことを聞けないってんなら、こいつが暴れることになるよ! さあ分かったら、さっさと金を持ってきな!」
「ヂュウ!」
女の言葉に続いて、巨大白ネズミも凶暴そうな雄叫びを上げた。付近にいた町の人たちが悲鳴を上げながら一斉に逃げ出していくなか……盗賊団のことを見ていた青年が呆れたようなつぶやきを漏らす。
「何だあいつら、二人して同じようなこと言ってやがる。大事なことだから二回言いましたってか?」
さっきまでの緊張感が解けていったような彼に、少年が慌てたように顔を向けて、
「ど、どうしましょう? このままじゃこの町が……」
「あー……ったく、しゃーねーなー。ちょっとぶっ倒してくるか。面倒くせーけど」
盗賊団のほうへと歩いていこうとする青年に、白髪の少女が注意するように言った。
「……ハオ、使うのは一つだけ……」
「わあってるよ。回復以外の使いかたにも慣れておきてえし、今回使うのはあれだな」
面倒くさそうにそう言って、青年は首や肩をぽきぽきと鳴らす。そんな彼に、少年も、
「こ、殺さないでくださいね」
「それもわあってるって。心配すんな」
ひょうひょうとした雰囲気の青年は、少年たちに手をひらひらと振って、盗賊団へと近付いていった。
「おらおらおらおら、こんなんじゃ全然足りねえぞ! もっともっと持ってきやがれ! 持ってこねえと、こうだかんな!」
「ひいっ! わ、分かりました! い、いますぐ!」
なけなしの金品を差し出してくる住民の男に、盗賊団の男がナイフを振りかざす真似をする。住民の男が慌てて町のなかへと戻っていくのを尻目に、盗賊団の女が仲間の男に注意した。
「ちょっと、本当に殺したら駄目だかんね。おかしらの言うことは守りなさいよ。じゃないと私があんたをぶち殺すから」
「ひいっ……わ、分かってるよお。そ、そんなに、にらんでくるなってばあ……」
住民に向けていた態度から一変して、男はびびったように身体を縮こまらせる。住民たちに対しては威勢を張っていたものの、やはり彼は実は小心者なのかもしれない。
盗賊団の女は視線をそばの巨大白ネズミに移すと、
「せっかくここまで上手くいってるんだから、おかしらの為にも成功させないとね」
「チュウ!」
彼女の言葉に巨大白ネズミが元気よく応じたとき……その巨大白ネズミの眼前に、突如として何者かが飛び出してきた。『バイオ』のチート能力によって身体を強化した青年が、地面を蹴って、巨大白ネズミのもとまでジャンプしたのだ。
そしてそのジャンプの勢いそのままに、
「うらあ!」
「ヂュウ⁉」
渾身の右ストレートを巨大白ネズミの頬にたたき込んだ。