その三十八 三人と一匹の盗賊団
場面は変わる。
草原のとある場所に広がっている林のなか。木立から差し込む昼近くの陽光を受けながら、数人のものたちがその場に座り込んで、人目を忍ぶように話し合っていた。
「しっかし、どうしてこんな面倒なことするんですか、おかしら? 俺たちがこの先の小さな町を襲って、金目のものを巻き上げてる最中に、おかしらがそれを追い払いにくるなんてさあ」
そう言うのは若い男だった。何日も洗濯をしていないのか、土やほこりなどで汚れた服を着ている。
その男の言葉を受けて、同じく汚れた上着とズボンに身を包み、襟もとまで髪を伸ばしている、おかしらと呼ばれたものが片膝を立てる。肩に白い小さなネズミをのせていて、汚れてはいるものの端正な顔立ちをしており、片目を髪で隠しているかしらが言い聞かせるように男に話した。
「分かってねえな。いいかもう一度説明するぞ。金目のものを奪っている最中のおまえらを、オレが追い払う。だが追い払うとはいっても、奪ったもの自体は持ち帰れるだけおまえらが持ち帰るんだ。で、オレはというと盗賊を追い払った功績を認められて、町のやつらからお礼をされるって寸法さ」
「だからなんでそんな二度手間みたいなことするんすか? 普通に俺ら全員で襲えば済む話じゃないっすか?」
文句を言う男に、今度はそばに座っていた若い女が口を開く。
「ほんと、あんたは飲み込みが遅いわねえ。おかしらの作戦なら、私たちが奪った金品と、おかしらが受け取るお礼の品で、二重に儲かるってわけ」
かしらはうなずいた。
「その通り。襲っているおまえらを追い払うという建前上、ある程度は戦っているフリをする必要はあるが、あくまでフリだけだ。適当な頃合いを見て、おまえらは逃げるんだぞ」
女も首肯する。
「分かってますって。それにしても、おかしらってばやっぱり頭いいですよねえ。この作戦なら金を稼げるうえに、おかしらも町の人たちから称賛されるんですから。すごいです」
「なっはっは、オレはほめられるのが好きなんだ。もっとほめろ、オレをたたえろ」
「きゃー、おかしらってば素敵ー」
「なっはっは」
盛り上がっている二人とは対照的に、若い男は腕を組みながら、まだよく飲み込めていないのか首を傾げている。
「とりあえず儲かるってことっすね。それは分かりましたけど、町のやつらが抵抗してきたらどうします? 殺しちゃいますか?」
「バッカ!」
かしらが若い男の頭をたたいた。
「いった!」
「いいか、誰も殺すんじゃねえぞ! やつらを殺しちまったら、誰が金を貯め込むんだ? これからも、やつらが金を貯め込んだ頃を見計らって、また奪いに行くんだからよ」
「そ、そんなの、別の町や村を襲えば済む話じゃないっすか」
思いのほか痛かったのか、それとも実は小心者なのか涙目になりながら反論する男に、かしらは叱りつけるように言った。
「いいから誰も殺すんじゃねえ! あと傷付けることもなるべくするなよ。オレは血を見てえわけじゃねえんだからな。オレの言うことが聞けねえってんならぶっ殺す」
「わ、分かりましたよう……っていうか、俺のことはぶっ殺してもいいんですかあ……」
「うるせえ!」
「ひいっ」
痛む頭を押さえながら男が答える。
そのとき、かしらの肩にのっていたネズミが、
「チュウ」
と、かしらへと鳴き声を発した。かしらがその小動物に応じる。
「おう、話は聞いてたな。おまえも誰も殺すんじゃねえぞ」
「チュウ!」
そんなことは当たり前だというように、そのネズミが頭をうなずかせた。
その様子を見ていた女が、男に視線を向けながらぼやく。
「まったく……あんたより、こっちのネズミのほうが頭がいいんだからねえ」
「うう……別にそいつは普通のネズミじゃあねえだろお」
そんなこんなで作戦を決めた彼らが林のなかから草原に出ると、目の前を一台の馬車が通り過ぎていく。客車のガラス窓からちらりと、四人組の若い男女が見えた。とはいっても、そのうちの一人はフードをかぶっていたせいで、顔はよく分からなかったが。
男がぼやく。
「馬車かあ。いいなあ。歩くのって疲れるんすよね」
それに対して女が、
「今回の仕事が終わればいつでも乗れるわよ。それより結構いい男乗ってなかった?」
「少年のほうっすか?」
「私、年下は趣味じゃないの。二十歳くらいのほうよ。まあ、おかしらのほうがもっと素敵だけどね」
とりとめのない会話をする二人に、かしらが言った。
「いいからこの先の町に向かうぞ。いまの馬車もそっち方面だったから、もし町にいたらついでに金を巻き上げていけよ」
「りょーかーい」
「了解っす」
「チュウ!」
そして三人と一匹の盗賊団は、道の先にある小さな町へと向かっていった。