その三十七 ……そもそも、チート能力ってのは、いったい何なんだ……?
馬車に戻って再び目的地へと出発し始めたとき、青年が向かいに座る少年と黒髪の少女に口を開く。
「さっき寝たからいまあんまし眠くねえし、他にすることもねえから、いまのうちに確かめておきたいんだけどよ。少年のチートレイザーはチート能力を無効化する……そのはずだよな?」
すでに分かり切っていることなのに、どうしてそんなことを聞くのか……そう疑問に思いながらも少年は答える。
「はい。だよね、サキさん」
「はい。サトリのメッセージにもそう表示されましたし、げんにいままでチート能力を無効化してきているので、間違いありません」
確認を求める少年に、黒髪の少女も首肯した。
少年がチート能力を実際に無効化している場面を、青年もその目で見てきている。だから、少年のチートレイザーの能力に疑問を挟む余地などないはず……にもかかわらず、青年は難しい顔をして腕を組んだ。
「それだと少しおかしなことになるんだよな……」
「「え……?」」
ぼそりと言った青年のつぶやきに、二人は声を漏らした。組んでいた腕を解いて、人差し指だけを上に伸ばすと青年は言葉を続ける。
「まず、少年はジャセイが奴隷たちに植え付けたガンとかいうやつを消滅させた」
「はい……」
少年がうなずく。すると、馬車の天井をさしていた青年の人差し指の爪が、まるで切れ味の鋭いカッターナイフのように伸びた。
「いまジャセイが持っていた『バイオ』の力でこの爪を伸ばした。少年、ちょっとこれに触って元に戻してくれないか」
「え……はい、分かりました……」
青年の意図がよく汲み取れないものの、言われた通りに少年は彼の伸びた爪に触れる。案の定、鋭利なカッターのようだったその爪は、普通のそれに戻っていった。
「……問題なく戻ったな。じゃあ次の確認だが……」
そう言った青年は再び人差し指の爪を伸ばすと、それでもう片方の手の親指の腹を少しだけ切る。伸びていた爪を元の長さに戻しながら、青年はその親指の傷も治すと、
「いま俺はこの傷をバイオで治した。つまり、チート能力で傷を治したわけだ。もし少年がこの傷があったところに触れたら、どうなると思う?」
「え?」
少年は想像する。傷を治したことを無効化するのだから……。
「……また傷が開いて、血が出るんじゃないですか……?」
血を見ることも想像することもあまり好きではないのだろう、少年は少しだけ元気をなくしたように答えた。すると青年は自分のその手を少年に差し出して、
「触ってみてくれ」
「え、でも……」
触ったら傷が開くのに……おじけづく少年に、しかし青年はうながした。
「いいから触ってみてくれ。どうしても明らかにしておきたいことなんだ」
「……分かりました……」
おそるおそる少年は青年の手の親指に触れる。チートレイザーが効力を働かせて、いまにもさっきの傷が開いて血が流れる……少年はそう思っていたのだが、そのような現象は全く起こらなかった。
チート能力で治った傷は再び開くことはなく、『治ったまま』だったのだ。
「「あれ……?」」
その事実を目の当たりにして、少年と黒髪の少女が小さな声を漏らす。
神妙な顔で、青年が口を開いた。
「やっぱりな……」
その口振りはこうなることが分かっていたようで……少年は彼に聞く。
「どういうことですか?」
「いや、ちゃんとしたことは俺にも分からないんだ。ただ、昨日紅蓮のショウと戦ったとき、俺が受けた炎を少年に消してもらっただろ」
「はい。あいつがギルドの外に吹き飛ばされたあとのことですよね」
「ああ。あのとき、俺はやつの炎で死なないために、俺自身の身体を治し続けていたんだ。で、少年にやつの炎を消してもらったときに気付いたってわけさ。『治療した結果』だけは、無効化されてねえってな」
「治した結果『だけ』、事実として残った……?」
「そういうことだ。それに関連することで聞いておくが、少年がジャセイと戦ったとき、ジャセイは少年から受けたダメージを治療していたと思うんだが、それについてはチートレイザーは適用されていたのか?」
「え……? どうだったろう? サキさん、覚えてる?」
少年が隣に座る黒髪の少女に尋ねる。そのときのことを思い出すように彼女は考え込んだが、首を横に振った。
「すいません……よく覚えていません。あのときはとにかく、そのときそのときのことでせいいっぱいで……」
「俺もそうだったから……」
「でも……なんとなくですけど……ジャセイのダメージは回復していなかったように思います……ケイさんが気絶させたとき、ジャセイの顔はその、なんというか、殴られたあざがあったり口が切れてたりしていましたから。もちろん、ジャセイが気絶したから、能力の回復が中断されただけかもしれませんけど……」
自信なさげに黒髪の少女は言う。
そんな彼女に青年は目を向けて、
「そうか……。黒髪ちゃん、少年に触って、サトリでチートレイザーの詳細な情報を出してみてくれないか。もしかしたら、この矛盾に関する説明があるかもしれねえからな」
「わたしは構いませんけど……ケイさん、触ってもいいですか?」
黒髪の少女が少年に聞くと、
「俺なら大丈夫だよ。サキさんのほうこそ、サトリの力を使っても大丈夫なの?」
「少しくらいなら……」
そう答えて、黒髪の少女は少年の手に触れる。メッセージウインドウが表示された。
【能力者名:ケイ
能力:チートレイザー:あらゆるチート能力の無効化。
備考:能力を適用させるには手で触れる必要がある。】
「もしこれ以上、なにかしらの情報があるのなら、それも表示して」
メッセージウインドウに対して黒髪の少女は言う……しかし、それ以上メッセージが増えることも、新たなウインドウが出現することもなかった。
「表示されないね」
言う少年に彼女も応じる。
「おそらく……これ以上は情報がない、情報はこれだけ、ということだと思います」
黒髪の少女が少年から手を離し、メッセージウインドウが消失する。
青年は座席に腰を深く沈めると、神妙な顔をさらに深刻にさせて、
「はっきりしていることは……少年はあらゆるチート能力を無効化する。だが俺が能力で治した怪我は治したまま。そして確証があるわけじゃねえが、ジャセイのダメージは回復していなかった……」
考え込むように、少年もまたつぶやく。
「つまり、能力が適用されるときと、適用されないときがあるってこと……ですか?」
「そういうことになるな……それも、おそらくは都合がいいように、って具合に」
「「…………」」
それが何を意味するのか……それを知ろうとするように、考えるために、少年と黒髪の少女もまた神妙な顔になる。
ぼそりと、まるで自分に問うように、青年がつぶやいた。
「……そもそも、チート能力ってのは、いったい何なんだ……?」
それに答えるものは誰もいなかった。