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異世界チートレイザー  作者: ナロー
【第四幕】 【王都】
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その三十四 出発の朝


 翌日の早朝。空が白み始めるころ。修道会の前に少年たちの姿があった。少年と修道長は手に紙袋を持っていて、少年が持つそのなかには破れた衣服が、修道長が持つなかにはいくつかのウエストポーチが入っている。


 早朝は外気が冷え込むため、彼らは一様に上着の上に防寒のための黒い外套を着ていた。


 うーんと背筋と腕を伸ばしながら、青年が少しばかり眠そうに、


「朝早いのは苦手なんだけどなあ。少年たちは得意なほう?」

「いえ、俺もあんまり……」

「わたしは結構慣れていますが、それでも得意というほどではないですね……」


 少年と黒髪の少女はそう答えながら、二人同時にあくびをする。


 また青年は修道長のほうに顔を向けると、


「そういえば、ユウナさんはいねえの?」

「彼女は朝のお祈りや朝食の準備などがありますので」

「そりゃ残念。ユウナさんにも見送ってほしかったんだけどねえ」


 修道長の返答に、青年は心底残念そうに言うのだった。


 その反応に少しだけ苦笑を漏らしたあと、修道長は少年に向き直ると、


「ケイさん、餞別ですが、これを受け取ってください」


 そう言って、修道長は持っていた紙袋から革製のウエストポーチを一つ取り出すと、少年へと手渡す。


「あ、ありがとうございます」


 お礼を言う彼に、修道長の隣にいた金髪の少女が、


「紙袋持っててあげるから、さっそくつけてみなさいよ」

「うん。ありがとう、イブさん」


 少年は金髪の少女に紙袋を手渡すと、そのウエストポーチを腰の横側へと取り付けた。紙袋を返してもらっている彼に、修道長が言う。


「それは収納魔法と同じ効力がある魔法具です。その口を通るものであれば、それなりの量を収納することができます。ずっと紙袋を持ったままでは手が疲れるでしょう、その紙袋の余っている上の部分を折り畳めば、ギリギリ入ると思うのですが……」

「やってみます」


 少年がウエストポーチの口を開けてみると、そのなかには底の見えない真っ白な空間が広がっていた。彼は自分の知っている元の世界の普通のウエストポーチとは違うそれに驚きつつも、紙袋の上部を折り畳んでいく。


 破れた衣服は小さく畳んで紙袋の底のほうに重ねてあったので、少年は衣服のあるその底の部分以外の上部を折り畳んでコンパクトにすると、それを入れやすいように横向きにしながら、ウエストポーチのなかへと入れていった。


 収納魔法具のなかにものを入れるという初めての経験に、本当に入るのかという不安や緊張を少し感じていたが、無事に紙袋はそのなかに入っていき、真っ白な空間にふわふわと、まるで漂うように浮かんでいる。


「わあ……」


 物珍しそうにその光景に感嘆の声を漏らす少年に、修道長が説明を続けた。


「取り出すときは、収納空間のなかにある取り出したいものに触れるか、取り出したいものを頭のなかでイメージしてください。もし名前がついているものなら、その名前を言うことでも取り出せます。ただし、生き物は収納できないので注意してください」

「分かりました」


 試しに少年が真っ白い空間のなかに折り畳まれたまま浮かんでいる紙袋に触れると、そのままの状態でそれを取り出すことができた。


「わっ。すごいですね、魔法具って」


 思わず驚きの声を漏らす少年に、修道長は孫を見るようにかすかに口元をほころばせる。少年が再び紙袋をしまっているとき、修道長は黒髪の少女や青年たちに、持っていた他の収納魔法具を差し出した。


「サキさんたちの分も用意していますので、どうか受け取ってください」

「あ、ありがとうございます」

「お、サンキュー」


 黒髪の少女と青年がお礼を述べて、受け取ったウエストポーチを腰の横側に取り付けていく。それを見ていた金髪の少女が、青年にだけ棘のある声で言った。


「あんたはべつに受け取らなくていいけどね」

「相変わらず俺にだけ冷たいねえ」


 もはや慣れてしまったのか、彼女の言葉を青年は軽く受け流すと、無言のまま立ち尽くしている白髪の少女に気付いて、


「お、アス、まだ受け取ってねーじゃねーか。よしよし、俺が取り付けてやっから……」


 白髪の少女の分のウエストポーチを取り付けようとする青年のすねを、彼女は思い切り蹴りつけた。


「いってー!」


 思わずウエストポーチを頭上に放り出しながら、青年が声を上げる。彼のことなど完全に無視して、白髪の少女は自分の元へと落ちてくるウエストポーチを片手でキャッチすると、相変わらず無表情のまま、それを自分の腰の横に取り付けていく。


 そして四人が収納魔法具を身に着け終わると、金髪の少女が黒髪の少女と少年に言った。


「サキ、ケイ、それじゃあね。たった二日間、一緒にいただけだったけど、あんたたちはあたしの大事な友人なんだから。死ぬんじゃないわよ」


 それに対して、


「わたしにとっても、イブさんは大切な友人です。短い間でしたが、本当にありがとうございました」


 黒髪の少女は寂しげな顔をして言い、


「うん、ありがとう、イブさん」


 少年も言う。


 そんな二人に、金髪の少女は注意するように付け足した。


「それと、あの変態には気を付けるのよ。特にサキ、もし襲われそうになったら、やつの股間を思いっきり蹴り上げなさい。ぐっしゃぐしゃに潰れるくらい」

「こ……っ⁉ イ、イブさんってば……⁉」


 黒髪の少女にとっては強烈すぎるワードなのだろう、唐突に飛び出した金髪の少女のその言葉に、黒髪の少女は焦ったような慌てたような表情を浮かべる。


 また少年も聞いていてヒヤッとしたのか、


「ははは……」


 何ともいえない苦笑を浮かべていた。


 それから金髪の少女は白髪の少女にも目を向けて、


「アスちゃんも、じゃあね。もしこの変態に嫌なことされそうになったら、容赦なくブッ殺していいからね」


 にこやかな顔をして言う彼女のことを、白髪の少女は無言のまま見つめていた。


 あまりにもあんまりな彼らのやり取りをそばで聞いていた青年は、さすがに背筋が凍り付いたのだろう、肩や膝を小刻みに震わせながら、


「や、やべえよやべえよ、やばすぎるよ……つ、つーか、怖すぎだろ……」


 絞り出したそのつぶやきすら震わせていた。


 そんな別れの会話をしていると、修道長が懐中時計を取り出して、時刻を確認しながら、


「あと数分で頼んでおいた馬車が到着しますね」


 そして懐中時計をしまう。それを聞いていた青年が口を開く。


「だけど、わざわざ馬車で行くなんてなあ。まあ、歩きよりもマシだけどよ」


 それに対して、ちらりと少年のことを見たあと、金髪の少女が言う。


「だったらあんた一人だけ先に行ってれば。空気を操る能力で空中を飛んで」

「やれやれ、意地悪だねえ。俺だってそれでみんなを運びたいけどよ、チートレイザーで無効化しちまう少年を一人だけ置いていくわけにもいかねえしなあ」


 それを聞いていた少年が恐縮したように身を小さくする。


「な、なんかすいません」


 そんな少年に、金髪の少女は励ますように、


「なに言ってんの。ケイは全然悪くないでしょ」

「で、でも……」

「それにこの変態に運ばせて、空の上から落とされでもしたら死んじゃうんだから。サキもケイも空を飛ぶ魔法が使えないんだしね、馬車で向かうほうが安全なのよ。他に空間魔法や空を飛ぶ魔法を使える人もいないんだし」


 そう言いながら、彼女は少年の肩を軽くたたくのだった。


 彼女の言葉を聞いていた青年が肩をすくめる。


「やれやれ、なんで俺はこうも信用がないんかねえ……」


 そうこうしているうちに、白み始めている景色の向こうから馬車が近付いてくるのが見えた。その馬車が修道会の前に停まると、御者台から御者が下りてきて、馬車後部の客室のドアを開けながら言う。


「お待たせしました、旦那がた。さあ、お乗りください」

「お、よっしゃ、俺が一番乗りーっと。ところでおっさん、王都にはどれくらいで着くんだ?」


 屋根付きの客車に乗るための足載せ台に足を載せながら青年が尋ねると、御者は懐から懐中時計を取り出して、ずっと使っていてところどころ汚れたり錆びついたりしているそれを見ながら、


「この街からだと結構距離がありますからねえ。いまから出発しても着くのは夜か、どんなに早くても日没の前後くらいになりますね」

「やっぱりそれくらい掛かっちまうか」


 つぶやきながら青年が客室に乗り込み、白髪の少女もそれに続く。


「ほら、少年たちも早く乗れよ」

「あ、はい」


 青年に急かされて、少年と黒髪の少女も乗り込むと、御者が客室のドアを閉じて御者台へと戻っていった。御者の男が手綱を握り、二頭の馬が早朝の街にいななきを上げて、少年たち四人を乗せた馬車が動き始める。


「たまには戻ってくるなり手紙を書くのよー」


 そう声を上げながら手を振る金髪の少女に、客室の窓から少年や黒髪の少女も名残惜しそうに手を振り返す。


 そうして馬車が道の向こうに消えていくまで、金髪の少女は手を振り続けていた。


 しばらくして、馬車が完全に視界から見えなくなってしまい、金髪の少女は振っていた手を下ろす。そこはかとない寂しさを漂わせている彼女に、修道長が声をかける。


「寂しくなるな……」

「ええ……」

「一緒に行かなくて、良かったのか……?」

「…………」


 少しの間。


「……あたしはまだ修道士見習いですから……それじゃあ、みんなの手伝いに行ってきます」


 振り返り、金髪の少女は修道会の建物へと歩いていく。


 その後ろ姿を、修道長は思い労わるように見つめていた。




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