その三十一 俺がいま使える能力は五つ
少年たちが一緒に旅をするという話がまとまったとき、それを聞いていた金髪の少女は、どこか寂しげな眼差しをしていた。
しかし少年たちはそれに気付いた様子はなく……青年が黒髪の少女に向いて口を開いた。
「っていうわけで、パーティーを組んだのはいいとして、まず確かめておきたいことがあるんだが、黒髪ちゃん、いいかい?」
「なんですか?」
「さっきは黒髪ちゃんがぶっ倒れた直後ってことで聞けなかったんだけどよ、サトリが操作できるようになったんなら、黒髪ちゃんのそのサトリで返還魔法の使い手の居場所を知ることはできないのか?」
「それは……」
黒髪の少女は少しだけ言い淀んでから、
「わたしのサトリは基本的に、わたしが触ったものか、もしくは近くにあるものじゃないと情報を開示できないんです」
そこで少年は昨夜のことを思い出して、聞いた。
「あれ? たしか昨日、学院まで道案内してもらったときのメッセージは、サキさんから離れてたと思うけど……?」
「あれはあくまで、わたしの残留思念を文章化したものでしたし、なおかつケイさんが来たときだけ表示するように設定していたものでしたから」
「そうなんだ」
「ただ……例外的に、わたしが触れることのできない遠くのものの情報を開示することもありますが……それはわたしの意志に関係なく、この呪いが勝手に発動してしまうような場合がほとんどです」
「ジャセイの考えていたことを偶然読み取ったときみたいな?」
「そうですね。例としてはそれが近いです」
話を聞いていた青年が腕を組んで、難しい顔をした。
「つまり、どこにいるか分からない返還魔法の使い手を調べることはできねえってことか。残念だな、もし調べられたら、目的の一つはすぐにでも達成できそうなのによ」
「いえ……一応やってみましょう。もしかしたら、なにか分かるかもしれませんし」
そう言って、黒髪の少女は先ほどと同じように自分の胸元に手をあてて瞳を閉じると、もう一度意識を集中し始める。いくつかのウインドウが浮かび上がり……今度は空白ではなく、それらのウインドウには一様に同じ方向を向いた矢印が表示されていた。
「おお……⁉」
思わず青年が声を上げる。少年と、瞳を開けた黒髪の少女もその矢印を確認して、びっくりした顔を浮かべていた。
少年が言う。
「この矢印の方角に返還魔法の使い手がいるってこと?」
その疑問に、黒髪の少女がかすかにうなずいた。
「おそらくは……。でも、まさか本当に表示されるとは……」
彼女自身、メッセージが表示されたことに驚きを隠せないでいるようだった。
そんな彼らに、横合いから修道長が口を挟む。
「これは私の憶測ですが、サキさんの呪いの力が強まったからこそ、いままではできなかったこともできるようになったのではないでしょうか」
「呪いが強まったから……」
黒髪の少女のつぶやきに、修道長はうなずいた。
「はい。そしてその矢印は、王都がある方角を示しています」
「「王都……」」
少年と黒髪の少女がつぶやきを漏らし、青年もまた驚いたように、
「おお、偶然ってあるもんなんだな! ちょうど俺たちが行こうとしてた場所じゃねえか!」
そう言った彼に、修道長はあくまで慎重に答える。
「とはいえ、あくまで王都があるのと同じ方角というだけです。もしかしたら王都よりも先の場所かもしれません」
しかし青年は明るい調子で応じる。
「だとしてもだ、とりあえず向かう方角が同じってのは都合がいいぜ。遠回りとか余計な手間をかけずに済むんだから。とにかく、王都に向かうぜ!」
そのとき、ふと思い出したというように、修道長が口を開いた。
「いま思い出しましたが、王都と言えば、かつてゼント……サキさんのおじいさんの呪いを解くために尽力した、当時の修道会の司祭長さまがおられたはずです。いまは隠居して、王都のどこかで静かに暮らしていると聞きました。サキさんの呪いを解く上で、何かしら参考になる話が聞けるかもしれません」
「おいおい、じいさん、あんただって昔関わったことがあるんだろ。だったら何か知らねえのか?」
青年の問い掛けに、しかし修道長は首を横に振る。
「申し訳ありません。当時の私はまだ一介の修道士に過ぎず、ゼントとは親しくしていましたが、当時の司祭長さまたちから呪いを解くための研究については聞かされていなかったのです」
「ふーん、そうかい。なら仕方ねえな」
青年が納得したように言う。
話を聞いていた少年は修道長に、
「とにかく、そのかたに会いに行ってみます。教えてくれてありがとうございます」
「いえ……私にも何か手伝えることがあればいいのですが……すみません」
「謝る必要なんかありません。話を聞けただけでもありがたいです」
そして士気を高めるように、青年が元気よく拳を上に掲げた。
「よーっし! んじゃ、明日から王都に向かうぜー!」
少年と黒髪の少女は互いにうなずき合い、白髪の少女は相変わらずの無表情で、それぞれが旅に向けての意気込みを抱く。そのとき、金髪の少女が横から口を挟んだ。
「それはいいけどね、とりあえず全員の戦力を知っておいたほうがいいんじゃない?」
「おいおい、水を差すようなこと言うなよ。せっかく盛り上がってんだからさ」
青年の文句に、金髪の少女も言い返す。
「盗賊や魔獣や悪いチート能力者に襲われたときに殺されないようにするために、戦力の把握は必要なことだと思うけど。まあ、あんたは充分強いみたいだけどね」
「やれやれ、冷静な意見あんがとさん。そんじゃ、能力の紹介でもしますか、って言っても黒髪ちゃんはサトリで、少年は……」
「ちょっと待って」
青年の言葉をいったん遮ると、金髪の少女は修道女へと振り向いて、
「ユウナさん。すみませんけど、ちょっと通路に出ていてくれませんか。すぐに終わりますので」
「…………分かりました」
修道女が部屋の外に出ていく。ドアが閉まり、彼女の姿がその向こうに消えていくのを見ながら、青年が言った。
「別に外に締め出す必要はねえんじゃねえの? ユウナさんになら、俺はバレても構わねえぜ。むしろ俺のことをもっと知ってほしいっていうか……」
「黙れ変態」
「…………」
傷付いたように黙り込む青年に、金髪の少女は付け足す。
「知られたくなかったのは、あんたの能力じゃなくて、ケイのチートレイザーのことよ」
「え、俺?」
不思議そうに自分のことを指でさす少年に、彼女はうなずいた。
「ケイのチートレイザーは相手に知られた時点で、簡単に対策されるんだから。知ってる人はできる限り少ないほうがいいのよ」
「そう言われれば……イブさんの言う通りかも」
金髪の少女は青年のことを見据えながら言う。
「それはそれとして、言いなさいよ。あんたのチート能力について、まだなにかしら、あたしたちに隠してることがあるんでしょ」
説明を濁すことはできないと観念したのか、青年はやれやれと肩をすくめながら口を開いた。
「別に秘密ってほどでもねえよ。俺のチートギャザラーは、チート能力をコピーするときに、直接相手に触る必要があるってだけだ。まあ、直接って言っても、相手が身に着けている服ならコピーの判定対象内になるみたいだけどな。そのくせ、剣とか槍とかチート能力そのものには、触ってもコピーの判定対象にはならないんだから面倒くせえぜ」
「だからさっき、紅蓮のショウと戦ったとき、あんなこと言ってたのね」
「そういうこと。ま、あれはどっちかというとアスに言ってたんだけどな」
二人の会話を聞いて、黒髪の少女が驚いた顔になる。
「あの、戦ったって……なにがあったんですか?」
その疑問には少年が答えた。
「さっきギルドに行ったときに、昨日の夜に襲ってきた炎を出す男の人がまた襲ってきたんだよ。ハオさんが戦ってくれたんだけど」
「ええっ! だ、大丈夫だったんですか⁉」
「ギルドのおじさんは火傷しちゃったけど、イブさんがちゃんと治してくれたし、他の人たちも無事だったよ……あ」
そのとき少年は気が付いたというように、青年のほうを向いて、
「そういえば、あの紅蓮のショウって人、死んでませんよね? 吹っ飛ばされてったけど……」
心配そうに尋ねる彼に、青年は特に気にした素振りもなく言う。
「さあ? でも生きてんじゃね? ああいうやつはそうそう死にそうにないからな。つーか、いまさら聞くことか? 聞くの遅くね?」
「す、すみません……」
「いや、謝ることじゃねえけど。まったく、殺そうとしてきた敵のことも心配するとか、変わったやつすぎるだろ少年」
「…………」
いまだに赤髪の男の安否が心配なのか、気掛かりそうに少年は黙り込む。
話を聞いていた黒髪の少女が、ほっと胸をなで下ろした。
「とにかく良かったです。みなさん無事で……」
青年も息を一つついて、
「まあ、あいつがアスの頭に触ったときはヒヤッとしたぜ。俺が吹き飛ばさなかったら、マジでアスに殺されてただろうからな」
彼の言葉に、金髪の少女が聞く。
「どういうこと?」
「ああ、こいつは気を許したやつ以外に触られるとメチャクチャ怒るんだよ。ずっと一緒にいる俺なら大丈夫だけどさ」
青年が笑いながら白髪の少女の頭にポンポンと軽く触れると、彼女はパシンとその手を払いのけたあとに、青年の足を踏んづけた。
「いってえー!」
「全然気許されてないじゃない」
呆れながら言ったあと、金髪の少女は続けて、
「で、つまり、紅蓮のショウの能力をコピーするために戦ったはいいけど、結局コピーできなかったってわけね」
痛む足を押さえながらピョンピョンと跳ねたあと、その場にうずくまり治癒の光で足を包みながら、青年は答えた。
「そういうこと」
「戦ってるときに触るとか、吹き飛ばしたあとに追いかけられなかったの?」
「前にも言ったろ、あいつ結構強くて、触る隙がなかったんだよ。無闇に触ろうとすれば、あの炎で燃やされちまうしな。だから気絶したあとで触ろうと思って、ああしたわけだが……あいつが逃げないようにアスが見張っててくれたんだが、もったいねえことしたなあ」
「吹き飛ばしたあとで追いかければ良かったじゃない」
「とっさのことで思いのほか強く吹き飛ばしちまって、追いかけるのが難しそうだったんだよ。周りにたくさん人もいたしな」
「あたしたちにはバラしてるじゃない」
「やれやれ、そっちが話せって言ったんだろ……まあ、少年たちはもうパーティーの仲間だしな。あ、言っとくが、アスのことは聞くなよ。どんなに聞かれても、アスも俺もしゃべる気はねえからな」
金髪の少女はちらりと白髪の少女に目を向けてから、
「話せないことなの?」
「少年や黒髪ちゃんと同じだよ。アスのことは、可能な限り人に知られるわけにはいかねえんだ。アスとも約束したしな」
「あたしたちも例外じゃないってわけね」
「悪りいな」
「…………。まあいいわ。それじゃあ最後に、あんたがいま使える能力を全部言いなさい」
「はいはい」
足の痛みを治して、青年が立ち上がる。手元が淡く光り、そこにいくつもの小さな立方体を積み重ねた、集合立方体が出現した。
「このルービックキューブみてーなものに俺の能力が書かれてるわけだが」
「キューブは分かるけど……なによ、るーびっく、って?」
「俺がいた世界にそういうのがあるんだよ。少年の世界にもなかったか?」
「ありました」
青年が問うと、少年はうなずいた。
青年は続ける。
「で、俺がいま使える能力は五つ」
集合体から五つの小さな立方体が出てきて、青年の前に浮かび上がると、表面に『』で囲まれた文字を出現させていく。
「普段使ってる『水分を操る能力』と、ジャセイからコピーした『超回復』、紅蓮のショウを吹き飛ばした『空気を操る能力』、そんでもって俺自身の『チートギャザラー』」
「あんたのチートギャザラーも含めるの?」
金髪の少女の言葉に、青年は、
「能力は能力だからな」
「ふーん。で、最後は?」
五つ目の立方体に文字が浮かび上がっていく。そこに刻まれていたのは……。
「『絶対開花』。どんな場所だろうが絶対に花を咲かせるってだけの、誰かを笑顔にすることしかできねえ能力さ」
「戦いには向かない能力ってこと?」
「まあな…………」
そう答えた青年の顔は普段に似合わず、どこか寂しげで悲しげだった……。