その二十七 どうしてこんな簡単なことにいままで気付かなかったんだろう⁉
ひとしきり笑ったあと、中年の女性が言う。
「あんたらのために登録名簿を見てくるって、さっき向こうで旦那が言ってたんだけどね。誰か探してんのかい?」
「ああ、返還魔法の使い手を探してんだ」
今日何度目かの同じ言葉を青年が繰り返すと、中年の女性は目を丸くして、
「へえ、そうなんだねえ。なかなか見つからないだろう?」
「まあね」
「大変だねえ……ちょっと旦那の様子を見てくるよ」
そう言って、彼女はギルドの奥へと戻っていった。その背中を見送りながら、青年が金髪の少女に言う。
「結構強引っていうか、気が強い人だよなあ……何十年か経ったら誰かさんもああなるのかねえ」
「なんでそれをあたしに言うわけ?」
「いやべつに」
「ふん」
むかつく青年のことは無視するというように、金髪の少女は少年に顔を向けた。
「そういえばさっきから気になってたんだけど、服の入った紙袋はどうしたの?」
「え?」
言われたことでいま気が付いたというように、少年は慌てて周囲を見回す。
「そ、そういえば……! あれ、どこいったんだろ?」
「紅蓮のショウに一番最初に炎をぶつけられる前までは持ってたわよね。あのときに燃えた……いえ、炎は消してたわね。じゃあ落としたんじゃないの?」
「俺、ちょっと外、見てくる……!」
急いで少年がギルドの外に出ると、少し離れたところで、黒い外套を着てフードをかぶった誰かが、地面に落ちていた紙袋を持ち上げていた。
おそらく紅蓮のショウの炎から金髪の少女を守る際に、その場所まで勢い余って紙袋を放り出してしまったのだろう。
フードをかぶった人物は、紙袋のなかに何が入っているのだろうかと確認しようとしているらしい。その人物に少年は慌てて駆け寄っていく。
「す、すいません、それ、俺のかもしれません……! 入ってるのって服ですよね……?」
いきなり彼が近寄ってきたことにフードの人物はびっくりしたらしく、慌てたように彼に紙袋を押し付けると、何も言わずに背を向けて歩き出した。
「あ、あの、拾ってくれてありがとうございます……!」
少年のお礼など聞いているのかいないのか、フードの人物は振り返りもせずに路地を曲がっていく。その姿を少年が目で追いかけていたとき、ギルドから金髪の少女が出てきて、小走りに彼に近寄って聞いた。
「見つかった?」
「うん。拾ってくれた人がいたんだ」
金髪の少女は少しだけ訝しんだ顔をする。
「大丈夫? 一応、盗まれてないか見たほうがいいんじゃない? まあ、破れた服ばっかりだけど」
「え……?」
不安そうに少年は紙袋のなかを確かめていって……ほっと胸をなで下ろした。
「大丈夫みたい。ちゃんと全部あるよ」
「そう。ならいいんだけど。じゃあ戻りましょうか」
二人はギルドへ戻っていく。一早くミートパイを頬張っていたらしい青年は、戻ってきた少年が紙袋を持っているのを見て、ごくんと食べていたものを飲み込んでから声をかけた。
「あったみたいだな。良かった良かった」
「はい。どこかになくしたらどうしようかと……」
「ははは、確かになあ。そういうときは、なくしたものを探し出せる能力や魔法が使えたら便利だよなあ。名探偵や敏腕刑事みてえな?」
「え? ……あ……!」
青年が口走った一言に、少年は何かを閃いたらしい声を上げた。少しばかり興奮した様子で、彼は金髪の少女や青年たちを見回しながら、
「それだ! それだよ! どうしてこんな簡単なことにいままで気付かなかったんだろう⁉」
しかし、
「え……?」
「ん? 何の話だ?」
金髪の少女と青年は、少年が言った意味をよく飲み込めていないらしく、疑問符を浮かべている。そんな彼らに少年が、
「だから……」
と説明しようとしたとき、ギルドの奥からギルドの主人がやってきた。手には何十枚もの紙を紐で綴じた、登録名簿らしき束を持っている。
「待たせたな……って言っても、すまねえ。調べてみたんだがよ、やっぱり俺のギルドに登録しているやつのなかにゃ、返還魔法を使えるやつはいねえみてーだ。せっかく待たせたってのに、面目ねえ」
「いやいや、こればっかりは仕方ねえよ。使えるやつのほうが珍しいらしいんだから。ま、自分たちで地道に探していくさ。な?」
青年が少年と金髪の少女に顔を向けると……少年はギルドの主人に頭を下げて、
「いろいろとありがとうございます!」
そして頭を上げると、おもむろに、
「あの、急用ができたんで、俺、行きます……! 奥さんにも、ミートパイありがとうございましたって伝えておいてください……!」
そう言って、少年はギルドを飛び出した。
「ちょ、ちょっとケイ……! どこ行くのよ……⁉」
「修道会!」
それを聞いて、金髪の少女も慌ててギルドの主人に、
「お世話になりました、ありがとうございました」
頭を下げながらお礼を述べると、急いで少年のあとを追いかけていく。
青年はそばにいる白髪の少女を一度見ると、
「やれやれ、何かよく分かんねえけど、俺たちも行くか。おっさん、色々とあんがとな。奥さんにも言っといてくれ」
そう言って立ち上がり、燃え残った入り口から外へと出て、駆け出していく。
「お、おい、ちょっと……!」
建物の入り口から困惑したように声を飛ばしてくるギルドの主人に、
「じゃあな、縁があったらまた会おうぜ。あとミートパイうまかったぜ!」
青年は振り返りながら手を振って……少年たちのあとを追いかけていった。
そんな彼らの様子を、路地の陰に隠れて見ている者がいた。それは先ほど少年に紙袋を渡した人物であり、また紅蓮のショウとのいざこざが起こる前に、ギルドの片隅で彼らを観察していた一人でもあり……。
遠ざかっていく彼らに視線を投げながら、
(私のことも忘れていたのか知らないが……修道会とか言っていたな……)
とりあえず、いまは顔を隠さなくても大丈夫だろうと、その人物はかぶっていたフードを外す。そのフードの下から現れた男の顔は……昨夜、少年が戦ったチート能力者の一人……。
【絶対命中】のミョウジンだった。