その二十六 寂しげな横顔
いつになく真剣な表情の少年を見て、青年は口を開く。
「まあ、元の世界の知り合いとかに恨みがあるやつなんかは、復讐するために戻りたいって思うかもしれねえけどな」
そう言った彼に、鋭い視線を向けて金髪の少女が言った。
「あんたはケイを安心させたいのか不安にさせたいのか、どっちなのよ」
「いや、安心はさせたいってのはあるけどよ、でもそういう可能性もあるかもしれないってことさ。その可能性に気付いちまった以上、無視はできねえしな」
「言いかたとか言うタイミングとかあるでしょうが」
二人の会話を、
「…………」
依然神妙な面持ちで少年は聞いていた。そんなとき、彼らに声をかける者がいた。
「あ、あの……!」
緊張した感じのその声に彼らが振り返ると、声の主は若い女で、さらに彼女の周囲には仲間と思われる何人かがいた。
「ん? なんか用か?」
青年が応じると、おもむろにその若い女は彼に向かって頭を下げて、
「さ、さっきはありがとうございました……!」
そう礼を述べた。
いきなりの言葉に何のことを言っているのか一瞬分からなかった青年だが、すぐに思い出したようで、
「ああ……さっき紅蓮のショウの炎から守ってやったやつか。そういや周りのやつらもそのときいたやつらか」
若い女は頭を上げると、勢い込んで言った。
「は、はい、そうです! あなたのおかげで私たち助かりました!」
「まさかその礼を言うためにわざわざ戻ってきたのか?」
「はい! 私たち本当に感謝してるんです! ね、みんな?」
女が周囲に顔を向けると、周りにいた仲間もうんうんとうなずいていく。
青年はというと何でもないことだというように、むしろ心なしか少しだけ面倒くさそうに言った。
「ふーん……ま、これに懲りたら、これからはちゃんと自分と相手の力量を見極めるんだな。じゃねーと、おめーら死ぬぜ」
「…………!」
ごくり。と、女と周囲の仲間たちが息を飲む。さっき死にかけたばかりなので、彼の言葉は身に染みたのだろう。
青年はがしがしと頭をかく。
「……ったく、説教なんて俺の柄じゃねーっての……ほら、用が済んだんならさっさと向こうに行きな、ギルドのおっさんが戻ってきたらさっきみてーにどやされるかもだぜ」
普段の軟派な感じからは思われないほど、青年は素っ気ない対応をする。
しかし彼らはまだ用があるのか、立ち去ろうとはしなかった。皆を代表するように女が青年に言う。
「あ、あの……!」
「何だ? まだ用があんのか?」
「さっきハオって名乗ってましたよね、できたらでいいんですけど、ハオさん、私たちと一緒に冒険しませんか⁉ も、もちろん、ハオさんだけじゃなくて、みなさんも⁉」
彼女の提案に、青年たちは顔を見合わせる。
女の周りにいた仲間も口々に、
「ハオさんたちは強えーからな! 仲間になってくれたら心強いぜ!」
「俺たちじゃ紅蓮のショウみてーなチート能力者には勝てねーからな!」
「ちょうど回復魔法使いもいなくてね、困ってたのよ!」
そんな彼らに、しかし青年は首を横に振った。
「悪りいな」
少年たちのことを親指で示しながら、
「いまはこいつら以外のやつとパーティーを組む気はねーんだ。少年たちもそうだろ?」
話を向けられて戸惑った様子の少年のわき腹を、金髪の少女が女たちに見えないように小突いた。それと同時に金髪の少女は少年に視線を投げて……その視線の意味を少年は汲み取って、口を開く。
「えっと……はい……。お役に立てそうになくて、すみません」
金髪の少女と白髪の少女もまた、
「…………」
「…………」
無言によって拒否の意を示す。
女とその仲間は心底がっかりしたように、
「そ、そうですか……」
そうつぶやきを漏らすと、とぼとぼとした足取りでギルドの外へと立ち去っていった。
「はあ……」
「残念だったなあ……」
「まあ仕方ないさ……」
「やっぱそう都合良くはいかないわよねえ……」
道の向こうから女のため息や仲間たちの残念がる声が聞こえてくるなか、金髪の少女が青年に顔を向ける。
「意外ね。あんたなら自分だけでも二つ返事で仲間になるかと思ったけど」
「あー……まあ、女の子たちは可愛かったけどさあ……何だかなあって思ってねえ……」
「なによ、歯切れが悪いわね」
「そりゃあ……気付いてんだろ?」
「…………」
金髪の少女が黙り込む。
その意味に気付いていないらしい少年が、不思議そうに彼女に聞いた。
「どういうこと?」
金髪の少女は一度ギルドの入り口……その先の道を歩いているであろう女とその仲間たちに視線を飛ばしたあと、少年に向いて言った。
「あの人たち、さっきあたしたちにヤジを飛ばしたり笑っていたなかにいたのよ。紅蓮のショウと戦う前、あたしたちがこのギルドにやってきたばかりのとき」
「え……」
青年が口を挟む。
「正確には、さっきお礼を言ってきた子以外の三人な。観察していた……とまでは言わないだろうが、あの子は見てる側の人間だった。つぶらな瞳でね」
「よくそこまで覚えてるわね」
「可愛い子のことはちゃんと見て、覚えるようにしてんだ」
「女の敵が……」
道端に落ちているゴミを見るような視線を青年に向けたあと、金髪の少女は少年に続ける。
「まあとにかく、要はそういうことね。仮に仲間になったとしても、たぶんいろいろと苦労するだけよ」
彼女はぼそりと付け足す。
「……紅蓮のショウを追い払った途端に……あたしたちが強いかもって思った途端に、手のひらを返してきたんだから……」
それを聞いた少年が、気が付いたように口を開く。
「そういえば、イブさん、みんながすごいすごいって言ってたときも、なんか元気がないっていうか浮かない顔してたよね。もしかして……それが原因なの?」
「…………」
金髪の少女は黙り込んで、そっと視線をそらした。ふと見せたその横顔は、どこか寂しそうで……。
「イブさん……?」
いつもの強気な感じとは違う彼女のその表情に、心配そうに少年が声をかけたとき、青年が明るく言った。
「まあそんなに気にしないこったな。俺みてーなやつもいれば、少年や黒髪ちゃんみてーなやつもいるし、アスみてーなやつもいる。世の中、色んなやつがいるし、だからこそ面白れーんだろうが、はははは」
笑い声を上げる彼を、金髪の少女はにらみつけるように見て、
「それ、励ましてるつもり? やめてくれない、あんたにだけは励まされたくないから」
心の底から嫌っている感じを隠しもせずに言った。
上げていた笑いをやめた青年が少年に顔を向ける。
「…………なあ、少年」
「なんですか?」
「どうして俺だけこんなに扱いがひどいんだろうか?」
「……ははは……」
何と答えてよいのか分からず、少年は苦笑をすることしかできなかった。
そんなやり取りをしていたら、ギルドの奥から中年の女性がいくつもの皿をのせた横長のトレイを持ってやってきた。皿の上には美味しそうな食べ物がのっていて、中年の女性がそれらをテーブルに並べていく。
「とりあえずミートパイを持ってきたよ、って言ってもお店で買ったやつだけどね。いま他にも色々と料理してるから、もうちょっと待ってるんだよ」
そう言った中年の女性は、ギルドの主人に負けず劣らずの豪快な笑い声を上げた。