その二十五 返還魔法に関する問題
少年の肩に手を置いて、青年が彼に言う。
「変なやつだなあ、少年は。普通、お礼をしてくれるって聞いたら喜ぶもんだろ?」
「ですけど……」
「まあまあ、悪いのはあの『紅蓮の』なんだからよ。少年が気負う必要はねえだろ?」
青年の言葉にギルドの主人も続ける。
「そういうこった。第一、殺されそうになったやつが、自分のせいだとかいう責任を感じるとか、おかしすぎるだろうが。ま、そんなことより、早くギルドに行こうぜ」
奥さんに身体を支えられながらギルドの主人がギルドへと向かっていき、そのあとに青年と白髪の少女が続く。金髪の少女は少年の肩に手を置いて、
「あいつらが言ったみたいに、あんたは自分に責任を背負い過ぎてるかもしれないけど、あたしはケイらしいと思うわよ」
「イブさん……」
彼にそう言った金髪の少女もギルドへと向かっていき……慌てて少年も彼らのあとに続いた。
ギルドのなかに入ると、ギルドの主人が奥さんに言った。
「俺ならもう大丈夫だからよ、おまえはハオたちをもてなす準備をしてくれや」
「あいよ」
奥さんがギルドの奥に消えていく。ギルドの主人は周囲に転がっていたテーブルを持ち上げると、カウンターの近くに置いた。
「待ってな。いま椅子も持ってきてやるから」
「おいおい、さっきまで怪我してたやつにそこまでさせる気はねえよ。椅子くらい自分で見繕うさ」
ギルドの主人の言葉に青年はそう応じて、戦いのせいで散らかっているギルドのなかから、壊れていない椅子を持ってくるとテーブルの前に置く。彼にならって少年たちも各々自分の椅子を持ってきて座についた。
すると、燃えた入り口付近で彼らの様子を見ていた人々が口々に、
「よっしゃ、俺たちもにーちゃんたちを祝うぞ。祝勝会だ!」
「いいね! もちろんギルドの主人がおごってくれるんだろ!」
「今日は飲むぞー!」
飛び交うそれらの言葉に、ギルドの主人が大声を上げる。
「ふざけんな、誰がてめーらにおごるか! いまはハオたちの貸し切りだっての! いいからてめーらは仕事やクエストに行きやがれってんだ!」
そう言って人々を追い払っていく。ギルドの外が静けさを取り戻したとき、ふと思い出したようにギルドの主人が青年たちに言った。
「そういや、さっき返還魔法の使い手を探してたよな? 紅蓮のショウを倒すくらい強いわけだし、もしかしてあんたらも召喚されたのか?」
「まあな」
青年が応じる。そんな彼らをギルドの主人はもの珍しそうに眺めながら、
「へえ、チート能力者ってのはいけ好かねえやつばっかかと思ってたが、あんたらみたいなのもいるんだな。返還魔法の使い手を探してるってこたあ、元の世界に帰りてえのかい?」
「正解」
「なるほどねえ」
そこで何か思いついたらしく、ギルドの主人が手を打ち鳴らす。
「よっしゃ少し待ってろ。さっきは調べなかったけどよ、いまギルドの登録者名簿を確認して、その使い手がいねえか調べてきてやんよ」
そう言って、男はカウンターの奥に消えていった。
その姿を目で追いながら青年が口を開く。
「こいつぁラッキーだな、自分たちで調べる手間が省けたぜ。残る問題は使えるやつがいるかどうかだが」
同じく男を目で追っていた少年が、ふと思い出したように金髪の少女に向いて、
「そういえば、さっき聞きそびれたんだけど、返還魔法が役に立たないってどういうこと?」
「簡単な話よ。返還魔法はその名前の通り、『別の世界から召喚された者を返還する魔法』だから」
「……?? それのどこが役に立たないの?」
いまだに意味を分かっていない少年が首を傾げる。その彼に、もう少し噛み砕くようにして金髪の少女は説明した。
「つまりね、返還魔法っていうのは、『別の世界から召喚された者』しか対象にできないの。元々この世界にいる人間に対しては使えないのよ。ここまでは分かるわね?」
「うん」
「だけど、別の世界からこの世界に召喚された者っていうのは、たいていの場合、必要があって召喚されるわけだし、その際にチート能力を付与されることになる。使いかた次第ではこの世界で英雄にも極悪人にもなれるくらい強力すぎる力をね」
「あ……」
そこまで説明されて、少年にはなんとなく察しがついたようだった。
それは青年も同じだったようで、
「ってことはつまり、返還魔法は召喚されたやつにしか使えないくせに、その召喚されたやつはチート能力をもらってその気になれば好き勝手出来んのに、わざわざ元の世界に戻ろうとするやつなんていねえってわけか。まあ、なかには色んな理由で元の世界に戻りたくねえってやつもいるだろうしな」
青年の言葉に金髪の少女がうなずく。
「そういうこと。そもそも、それなりの代償を払ってそいつを召喚してチートを付与した人が、目的を果たす前に簡単に返還するわけもないしね」
二人の言葉を聞きながら、少年は考える素振りをしていた。何かに気付いたように顔を上げる。
「ちょっと聞きたいことがあるんだけど。もしも、もしもの話だよ、もしも返還魔法を使える人がいて、チート能力を持った人を元の世界に戻した場合、その人が持っていたチート能力はどうなるの? なくなるの?」
彼の疑問に、金髪の少女と青年が顔を見合わせる。そして金髪の少女が答えた。
「さあ? さすがにそれはあたしにも分からないわね。チート能力者を元の世界に戻したなんて話もあたしは聞いたことがないし。実際に戻ったやつがいるかどうかまでは知らないけど……それがどうかしたの?」
彼女の返答に、少年は心配そうに顔を曇らせた。
「もし、もしもだよ、元の世界に戻った人がそのままチート能力を使えて、それでその人が悪い人だったら……」
「あ……」
彼が言わんとしていることに、金髪の少女は気が付いたようだ。
青年もまた察しがついたようで、神妙な面持ちになる。
「なるほどな……そいつはそのチート能力を使って、元の世界で悪さを働くようになる。人も殺すかもしれねえ。それだけでもやべーのに、その元の世界ってのが、少年がいた世界と同じ世界だったら……ってこったな」
少年はうなずいて、
「はい……俺の世界だけじゃなくて、ハオさんがいた世界にも言えることですけど……」
深刻な顔付きで続ける。
「もちろん俺たち以外のまったくべつの世界に対しても……そんなことさせるわけにはいきません。返還魔法を使える人を見つけたら、悪い人を元の世界に戻さないようにお願いしないと……」
青年が金髪の少女に尋ねる。
「返還魔法の使い手に関してはいまギルドのおっさんが調べてくれてるが……その返還魔法ってのはどれくらい難しいんだ?」
「返還魔法は空間魔法に属するんだけど、その空間魔法のなかでもトップクラスの『世界転移』系魔法、って言えば分かる?」
「とりあえずメチャクチャ難しいってこったな」
「そういうこと。それだけ難しい上に、対象にできるのが召喚された者だけだから、ギルドのおじさんが言ってたように覚えてる人なんてそうそういないはずよ。少なくともあたしは知らない」
「ふーん……しっかし皮肉なもんだな。返還魔法の使い手を探してんのに、いなかったら元の世界に帰れねえし、いたらいたで別の問題が出てきやがるってなあ……いたほうがいいのか、いないほうがいいのか、分かんねーな」
「……っていっても、まだ元の世界にチート能力を持っていけるって決まったわけじゃないし……もしかしたら元の世界に戻るときに失うかもしれないわよ」
「まあ、その可能性もあるけどよ」
そこで青年は黙り込んだままの少年に気付いて、
「そんな心配そうな顔すんなよ、少年。完全に安心できるわけじゃねーが、覚えてるやつが極端に少ないんだったら、とりあえずいますぐにでも危ねえってことにはならねーんじゃねーか? 戻るときにチートがなくなる可能性だってあるんだしよ。いやもちろん油断はできねーけどさ」
安心させようとする彼の言葉に、
「……………………」
少年は深刻そうな顔付きを崩さずに黙り込んだままだった。