その二十四 群衆
周囲に集まって遠巻きに赤髪の男と青年たちのやり取りを見ていた野次馬が静まり返る。そんな静寂など気にかけていないというように、いやむしろ気にする余裕がないという感じで、青年は深いため息を一つつくと白髪の少女のもとへと近付いていく。
「……怪我はないか?」
「……『一つしか』使わないって言ったくせに……」
さっきまで放っていた凄まじいまでの敵意を消した白髪の少女が、文句を浴びせたいというような、珍しく感情を表した目で青年のことを見る。とはいえその感情は大きなものではなく、とても小さいもので、普段の彼女と比較すれば珍しいというだけのことであるが。
「仕方ないだろ、とっさのことでそれに構ってる余裕がなかったんだから」
「…………べつに……あんなやつ助ける必要なんかないのに……」
「あのなあ……あれはアスのためでもあるんだからな。おまえはもっと自分のことを大切にしろよ? 本当にやべーときとかどうしても必要なとき以外は、使わないに越したことはねーんだから……もちろん使うかどうかはおまえの自由だけどさ……」
「…………」
白髪の少女は無言のまま青年のことを見て、彼もまたやれやれといった調子で肩をすくめる。
そんな二人のもとへと、少年と金髪の少女が駆けつけてきた。
「良かった、アスさん、助かって」
「大丈夫? 怪我してない? あいつに頭つかまれてたから……」
「…………」
少年と金髪の少女に言われるが、白髪の少女は無言のまま見つめるだけだ。いつも通りの彼女を見て、
「良かった、大丈夫そうね……」
と金髪の少女が胸をなで下ろす。少年もまた、
「本当に良かった……」
と、ほっと息をついた。
そして金髪の少女は次に青年に鋭い目を向けながら詰め寄った。
「あんたねえ、助けるのが遅いのよ。なによ、触ってないだの話し合おうだのって、簡単にあいつを吹っ飛ばせるんならすぐに吹っ飛ばしなさいよ」
「いや、あれはだな……」
青年は言葉に詰まり、援軍を求めるように白髪の少女に視線を向けるが、彼女は無感情の表情に戻って明後日の方向を見るともなく見ていた。
金髪の少女がなおも、
「なに? 言い訳があるなら言いなさいよ。だけど納得できないことだったら……」
いまにも青年のことを締め上げかねない雰囲気を放出させながら言ったとき、彼らの周囲を静まり返った様子で取り巻いていた野次馬が、驚きに満ちた顔をして駆け寄ってきた。
「すごいなあんた! あの紅蓮のショウを吹き飛ばすなんて!」
「あいつってチート能力者のはずだろ⁉ すげー強えーんだな、にーちゃん!」
「お嬢ちゃんも助かって良かったな!」
口々にそんなことを言いながら、主に青年の周囲に集まってくる。そんな彼らに、
「ははは……どーもどーも……」
と青年は困ったように苦笑を浮かべている。そのとき群衆の向こうから野太い声が聞こえてきた。
「おうおう、てめーら……!」
いまにもケンカを吹っかけそうなその声に、群衆が左右に割れて、その先に声の主である男が現れる。その姿はギルドの主人であり、彼は中年の女性に身体を支えられながら青年のもとへと歩み寄っていく。
「よくも俺のギルドで騒ぎを起こしやがったな……!」
「…………」
にらみつけてくるギルドの主人に、青年は無言のまま応じる。彼以外はというと、少年は緊張した面持ちでごくりと息を飲み、金髪の少女はいざケンカになったときのために心持ち身構えて、白髪の少女は相変わらずの無感情で興味なさそうな様子だった。
「この落とし前はきっちりつけさせてもらうからな……!」
「あっそ。悪りいけど、なるべく一般人相手に無駄なケンカはしたくねえんでね、疲れるから。ソッコーで逃げさせて……」
「なんつってな!」
それまでのいかつい雰囲気はどこへやら、ギルドの主人は破顔すると、がはははと大声で笑いだした。青年の肩をバシバシとたたいて、
「あんた強えな、気に入ったぜ。名前はなんて言うんだ?」
「は……?」
「名前だよ、名前」
いったいどうなってんだ的な視線を青年は一度少年たちに向けて、再びギルドの主人に向き直ると、
「……ハオだ」
「そうか、ハオっていうのか……あんたらは?」
ギルドの主人が今度は少年たちに尋ねる。
少年は戸惑った様子で金髪の少女や青年を見ると……名乗っといても損はないだろ、と言うように青年が軽く肩をすくめたのを見て、名を告げる。
「俺はケイ、です」
彼に続いて金髪の少女も、
「あたしはイブ」
ただ一人、白髪の少女だけは無言を貫き通したので、代わりに青年が言った。
「そいつはアスってんだ」
「そうか、ケイにイブさんにアスちゃんか……激痛でよく分からなかったんだが、俺の火傷を治してくれたのはイブさんかい?」
金髪の少女が、
「ええ、まあ」
と答えるとギルドの主人は再び大笑して、
「ありがとな、おかげで助かったぜ!」
「どうも……」
男のハイテンションについていけないのか、金髪の少女は低めのテンションで応じた。
そしてギルドの主人は少年に視線を投げる。
「もしかしてケイも、ハオと同じくらい強いのか?」
「え、あ、えーっと……」
少年の能力はチートに対しては絶大な強さを誇るが、それ以外に対してはほとんど無力に等しい。だから何と答えてよいか分からない少年に代わって、青年が口を開いた。
「紅蓮のショウの炎を消したの見たろ? つまり、そういうこと」
「……なるほどな……」
青年の返答は事実であるが、真実ではない。
とはいえ、いまここで少年の能力について説明する必要はない……金髪の少女はそう判断して、小さな声で少年に耳打ちした。
(チートレイザーのことは言わないようにね)
(え……? なんで……?)
(なんでも。とにかく言わないこと)
(う、うん、分かった)
青年たち四人を見ながら、ギルドの主人が言う。
「さっきは色々とバカにしちまって悪かったな。謝るよ、すまん。そんな弱そうな見た目なのによ、人は見た目じゃねえってのはよく言ったもんだぜ。よっしゃ気に入った、おまえらギルドのなかに入りな。何か礼をしなくっちゃ俺の気がおさまらねえ」
少年と金髪の少女と青年が顔を見合わせて……慌てたように手を振りながら少年が言った。
「そんな……元はと言えばあいつが俺を殺そうとしてきたわけで、あなたとあの建物はその巻き添えを食らったわけなんですから……お礼をされるというのは違うと思います……」
「でも俺を治してくれたし、紅蓮のショウだって追っ払ってくれたじゃねーか」
「だから、それらだって、俺がここに来なければ、おじさんは被害を受けなくて済んだことですし……」
彼らのやり取りを聞いていた中年の女性が口を挟む。ギルドの主人の身体を支えていた人だ。
「あたしゃいままで買い物に行ってたんだけどね。ギルドの外で見てたんだよ、あんたが身を挺して、倒れているうちの旦那やその女の子たちを、あっつい湯気みたいなものから守ってくれるのを。お礼をする理由なんざ、それで充分さね」
「いやだから、それも俺がここに来なければ……」
「ああもう、男のくせにうだうだと! あたしゃたちがお礼をしたいって言ってるんだから、あんたらは素直に受け取ってりゃいいんだよ!」
「……っ」
勢い込んで言った女性の気迫に、少年は一瞬ひるんでしまう。
「みんなもなにか言ってください……」
彼は金髪の少女たちに振り向くが、金髪の少女は諦めたように首を横に振るだけだし、青年もまた、
「いや、参った……」
と肩をすくめるだけだった。
トドメだといわんばかりに、ギルドの主人が口を開く。
「がっはっは、うちの女房はこう言っちまったらもう聞かねえんだ。ケイ、あんたの言うことも分からんでもないが、ここは素直にお礼をさせてくれや」
「……っ……分かり、ました……」
ギルドの主人のその言葉に、少年も諦めたように肩を落とすのだった。