その二十三 ……わたしに……さわるな……っ……!!
立ち上がった赤髪の男は顔や腕など、ところどころに軽い火傷を負っていた。
その男に青年が言う。それまでのひょうひょうとした態度は消えていて、珍しく真剣な表情で。
「……しぶといな。おまえ特製の炎であっためられた超高温の蒸気で吹っ飛ばされといて、その程度の火傷で済んでんのかよ」
「ウルセエ!」
おそらくは『絶対焼滅』の炎の能力のおかげで、炎熱に対してある程度の耐性があるのかもしれない。
青年から手痛い反撃を受けたことに、怒りが頂点に達しつつある赤髪の男が、白髪の少女へとかざした手に炎をまとわせる。
「よくも俺をコケにしてくれやがったな、クソヤロウ! テメーはゼッテーに許さねえ! ブッ殺してやる!」
前方を見据えながら、青年は冷静に言う。
「……とりあえず落ち着けよ? 一応言っておくが、そいつには手を出すんじゃねえぞ、分かったな」
少年と金髪の少女も事態に気が付いて、ギルドから駆け出してきた。
「アスさん!」
「アスちゃん!」
切迫した声を出した彼らを見て、赤髪の男が悪意に満ちた笑みを浮かべる。
「ククク、このクソガキが大事なら、テメーら全員、大人しく俺に殺されるんだな! そうすりゃこのクソガキを見逃してやるよ、ククク」
「「……っ」」
男の提案に少年と金髪の少女が奥歯を噛みしめる。相手の言う通りにしたところで、白髪の少女が助かるとは限らない。だが、このまま見捨てることもできるわけがない。
(なにか方法はないの……⁉)
この状況を切り抜けるための突破口を金髪の少女は見つけようとするが……彼女が何かしらの方法を見つける前に、少年が思いつめた顔で口を開いた。
「……分かった。でも殺すのは俺だけにしてほしい。元々、おまえの狙いは俺だったはずだ。だから……」
「それはできねえな。少なくとも、テメーとそこのクソヤロウはブッ殺さねーと俺の気が済まねえ!」
「そんな……⁉」
身を乗り出そうとする少年を、青年が腕で制した。真剣な表情で、油断ならないというように、青年が言葉をかける。
「話し合おう。いいか、よく聞けよ。俺はまだそいつに『触って』ないんだ……おまえならこの意味が分かるな?」
表にこそ出していないが内心では少なからず焦っているのだろう、青年のその顔にはかすかな冷や汗が浮かんでいた。
いきなり何を言い出すのかと、少年と金髪の少女が彼を見る。
「ハオさん……?」
「あんた、こんなときになに言ってんの? というか、やっぱりあんた、あの子のことそんな目で……」
視線を赤髪の男に向けたまま、青年が二人に言った。
「誤解すんな。いいから、おまえらも余計なことすんじゃねえぞ」
そんな青年に、赤髪の男が笑い声を浴びせる。
「ククク、何だテメーら、そういう仲かよ。こいつぁケッサクだぜ!」
馬鹿にするその言葉には一向に構わずに、青年は視線の先にいる者へと説得を続けた。
「いいから、俺の言う通りにしろよ、いまからそっちに向かうから……」
彼が一歩を踏み出そうとしたとき、赤髪の男が白髪の少女の頭をわしづかみにする。
「動くんじゃねえ! さっきからごちゃごちゃとしゃべりやがって! いいからテメーは俺の炎に焼かれてりゃ……」
そのとき、男の手によってぐしゃぐしゃにされた綺麗な白髪の下で、それまで彼らのやり取りに対して無感情で興味がなさそうだった瞳に、瞬間的に、計り知れないほどの敵意が宿った。
「……わたしに……さわるな……っ……!!」
空間がゆがむかと思われるほどの、その圧倒的な敵意に、
「……ッ⁉」
赤髪の男の額に、ぶわっと嫌な汗が吹き出して……本能的に少女から飛び退ろうとして、その手を離す。
それとほとんど同時に、
「ストオーップ……!!」
とっさに青年が片手のひらを前方に突き出して、横向きの小さな竜巻を撃ち出した。その小型竜巻は赤髪の男を飲み込んで、
「グ、ウオオオオ……⁉」
その身体をはるか彼方の上空へと吹き飛ばしていった。
青年がハッとした表情を浮かべる。
「しまった……やり過ぎた……」
やらかしちまったというようにつぶやきを漏らした。