その二十一 爆ぜる蒸気
傷口が炎に包まれ、耐えられない高温が肌を焼き、細胞が死滅していく感覚。それはまさに、業火の剣で貫かれた青年自身に起こっていることだった。
(こいつぁ、やべえな……)
それまでひょうひょうとしていた青年の顔に嫌な汗が流れる。この炎の特性は『絶対焼滅』であり、何もしなければ、あと一分もしないうちに青年の身体を焼き尽くすだろう。
青年は即座に傷口に手をあてる。一応、試しに炎を水で包み込んでみる。敵に気付かれないように一瞬だけ……しかしほんの少しも消すことはできなかった。
瞬時に水分を消して、すぐさま別の方法に切り替える。手に入れたばかりの『超回復』を使い、炎に包まれる患部の細胞を、焼かれて死滅していくそばから新しい細胞へと作り変えていく。そしてその『超回復』を隠すために、その上に氷の膜を張る。
その氷の膜自体も溶けていく。『絶対焼滅』の特性のせいなのか、溶けて水になったそれを再び凍らせることはできなかった。
そのため、氷が溶けていくのと同等以上の速度で、『水分を操る能力』で新たな氷を作らざるを得なかった。氷が溶けて水になったら、それ以上燃えてしまう前に瞬時に消す。
……こうしておけば、とりあえず見た目的には相手を騙せるだろう……気付かれるのは時間の問題だろうが……。
業火の剣に腹部を貫かれてから水の壁が消えるまでの短時間のうちに、青年はいまの応急処置をおこなっていた。
水の壁がなくなったあと、あざ笑いの顔を浮かべていた紅蓮のショウが、青年の全身に炎が広がらないのを見て訝しげな表情を浮かべる。
「アア……? テメー、どうして俺の『絶対の炎』で焼かれてねーんだ?」
「……絶対に燃やすわけじゃねーからじゃねーの……」
軽口をたたく青年だが、実際にはかなりやばい状況に置かれていた。嫌な汗は止まらないし、燃えている傷は言葉にできないくらい痛いしで、こんな軽口を言えるのが自分自身信じられないくらいだ。
だが赤髪の男はそのことに気付いていないらしい。青年の返答に、不機嫌そうに目をすがめる。
「ククク、なるほどなあ、テメーもあのクソガキと同じで、俺の炎に対処する力があるってことか……」
「…………」
とりあえずはそういうことにしておこう。バレていないのなら、そのほうが都合がいい。
遠くのほうで、膝をつく青年を視認したらしい少年が声を上げた。
「ハオさん……⁉ そんな……⁉ くそ……っ!」
いまにも青年たちのほうへ飛び出しそうになった彼を、青年は大声で制する。
「動くな少年!」
「……⁉ でも……っ!」
「いいからその場から動くな! 誰も死なせたくねーなら、ここは俺に任せろ!」
「だけど……っ!」
そうは言われても……。
その場にとどまるべきか、向かうべきか……躊躇している少年に、近くにいた白髪の少女も口を開く。
「……あなたにあなたの意志があるように、ハオにはハオの考えがある……なにを信じるか、どうするかを決めるのは、あなた自身……」
「…………っ」
少年は白髪の少女を振り返り、もう一度青年のほうを見る。いま自分が動けば、青年は助けられるかもしれない、しかし……取り残された二人の少女とギルドの主人に危害がおよんだ場合、助けるのが遅れてしまうだろう。
少年は一度瞳を閉じて、眉根を寄せて、奥歯を噛みしめて……そして選択した。
「分かりました……! みんなは俺が守ります……! だから、勝ってください、ハオさん……!」
『助けにはいかない』という選択。不安はあっても『信じる』という決断。
少年の言葉に、青年は思わず知らず、にやりと笑みを浮かべていた。
「……ああ、分かってるさ……」
赤髪の男もまた笑みを浮かべていたが、こちらは青年のそれとは対照的に、嗜虐的なものだった。
「ハッ、バカどもが! いまにも死にそうなこんなザコが俺に勝てるわけねえんだよ」
毒づく赤髪の男に、青年が余裕を取り戻した顔で言う。
「おまえ、脳筋だろ」
「アア……⁉」
いきなり何を言い出すんだ、こいつ……赤髪の男はそんな顔を浮かべる。
青年は続けた。
「一応、言っておくぜ……次におめーがその『炎』を使ったとき、おめーは負けることになる」
「ククク、何を言うかと思えば、そんなことあるわけねえだろ! テメーはもう終わりなんだよ、死ね!」
赤髪の男が業火の剣を振りかぶり、それを青年へと振り下ろした。
「……忠告はしたからな……」
そのとき、青年の眼前に水の球体が出現して……業火の剣がその水球に触れた、その刹那。
ボコボコと、煮えたぎったマグマのように水球の表面がいびつに蠢いて……周囲を完全に飲み込むほど大量の蒸気が爆ぜた。