保護者たちのそれぞれの思惑
ヨデヴァスはサガンに襟首を掴まれた。
(しまったああ。 今日は父様がいるんだった)
自治領の新米領主であるサガンは、何か問題があるとこの町の領主であるシャルネに相談に来ている。
今日は腑抜けてしまったギードのことで相談に来ていたのだ。
妖精ガンコナーであるサガンはヨデヴァスなどすぐに見つけられる。
「何をこそこそやってるんだ」
「何でもない」
と首を振るがそんなことで誤魔化せる相手ではない。
「おや、お前も来ていたのか」
白い魔術師ハクレイも呼び出されて領主館に来ていた。
弟子のひとりであるヨデヴァスに声をかける。
「今日はフウレンも休暇で帰って来ているぞ」
そう言われたヨデヴァスは「じゃフウレンのところに行きます」と出て行こうとした。
「ますます怪しいな」
と、結局、ヨデヴァスはサガンに引きずられて領主の部屋へと連れて行かれた。
領主から使いが出され、フウレンとミキリアも領主館に呼ばれた。
久しぶりに揃った三人はうれしそうに部屋の隅でおとなしくお茶を飲んでいる。
(何で私まで)
その場には当然のように不機嫌そうなオーリフが見張りとして立っていた。
成人が近いとはいえ、未だに彼ら三人は危険な子供として親たちから認識されているのだ。
「あのー、オーリフさんもご一緒にお茶を」
「いえ、結構です。 お気持ちだけで」
ミキリアは気にしているが、オーリフはそんな態度にさえ苛ついていた。
(こんな場違いなところで子供相手にお茶など出来るか)
そんな様子もチラリと見ながらサガンは領主に向き合った。
「ギードさんの様子がおかしいと?」
女性領主であるシャルネがサガンに問いかける。
「ええ、実は先日、妻のヨメイアが教会の聖騎士団の遠征に参加したいと言い出して」
元騎士で脳筋であるヨメイアは、最近は領主夫人として外交だの付き合いだの、色々と我慢することが多くなっていた。
少し気晴らしがしたいというので許可したのだが。
「これが王都の遥か西の樹海と呼ばれる未開拓地で、その上、無期限でね。
それにタミリアを誘ったらしい」
「タミリアさんを!?」
シャルネが驚いた声を上げる。
「まあ、脳筋は脳筋同士。 そういう話には乗るだろうな」
タミリアの師匠だったイヴォンがため息を吐く。
「それで、出かけて行ったきり帰って来ない、と」
ハクレイの言葉にサガンが眉間に皺を寄せて答える。
「ギード商会のほうは元々あいつが楽をするために従業員や指導する役員を増やしていたから何とかなる」
ただ、とサガンは言葉を続ける。
「問題はギード本人だ。 とにかく呆けてて、何をやらかすか分からん」
『闇のハイエルフ』と呼ばれるギードは臆病な上に慎重であり、妻のタミリアを溺愛している。
タミリアのためなら何でもやる反面、彼女がいないと何の役にも立たない。
「つまりは、タミリアさんを連れ戻せということですか?」
シャルネが大真面目でサガンに訊くが、男性たちはただ苦笑いを浮かべる。
「あの脳筋タミリアがそれくらいで戻って来るなら誰も苦労しない」
シャルネの夫である元傭兵隊長でダークエルフのイヴォンが声を低くする。
部屋の片隅にいる悪ガキ三人組。
ヨデヴァスはオーリフから見えないように小瓶を取り出した。
「ヨディ、これって本当に『特効薬』なの?」
フウレンは目を輝かせて、それを手に取った。
「気を付けろよ、フウレン。
これを飲んだら俺は絶対に『血統魔法』を覚えられるんだから」
ふんっと鼻から息を吐いて、ヨデヴァスは何故か偉そうだ。
『特効薬』
血統魔法を覚えられなかった場合、それを飲むことで間違いなく覚えられるという薬だった。
「おかしいわよ、やっぱり。
薬だけで誰でも覚えられるなら『血統魔法』じゃないわ」
懐疑的なミキリアに、ヨデヴァスが慌てて否定した。
「違う、そうじゃない。 『誰でも』じゃなくて『勇者の血族なら誰でも』なんだ」
それでもミキリアはもやもやが晴れない。
「これで俺が血統魔法を覚えて、正当な勇者って認められたら、きっと父様もじぃじも喜んでくれるはずだ」
そう言うと、ヨデヴァスの鼻息がますます荒くなる。
その様子を黙って見ていたオーリフは、それがかなり危険なモノだと気づいた。
しかし魔法も剣術もこの子供たちよりも劣る自分では彼らを止めることが出来ない。
オーリフはそっとサガンを見た。
膠着状態になっていた親たちは、ただ唸って考え込んでいる。
魔力に敏感な妖精であるサガンがオーリフから発せられた魔力に気付き、そちらを見た。
オーリフはこっそりとサガンの目線を子供たちへ誘導する。
おもむろに立ち上がったサガンが子供たちの傍へと移動した。
「何をしている」
サガンはサッと小瓶を取り上げて、三人に声をかけた。
ぎゃっと声を上げたヨデヴァスに他の大人たちも目を向ける。
ヨデヴァスは大人たちの前に座らされ、事情を説明させられていた。
残りの二人はハラハラした顔で幼馴染の様子を窺っている。
「ほお、それはそんなに効果があるのかな」
イヴォンたちも生前のサンダナとは面識があり、彼の意志もギードから聞いている。
「薬があることは知っていましたが、効果があるかどうかは知りません」
ハクレイも頷いている。
「飲ませてみればいい」
サガンの冷えたような声にヨデヴァスは縮み上がった。
「ひっ」
「どうした。 飲みたがっていたんだろう?」
小瓶を手に取り、封印を破く。
子供たちだけでなく、大人たちも息をのんだ。
「これはな。 お前の父親の血だ」
勇者サンダナの血。 それを元にしてギードが作った薬だ。
「お前の血の中に父親の血が混ざり、お前の『血統魔法』を覚醒させる」
そんなものが存在するのか、と多くの者が唖然としている。
「当然、副作用もあるぞ」
薬というのは良く効くものほどそれに見合うだけの弊害もある。
「それはお前の血に異物が混ざるということだ」
勇者の血の中に長い間異物として存在した妖精ガンコナ―。
彼自身が以前は異物そのものだったのだ。
そのために勇者の一族はその血が濃いほど異常者が出るとされた。
「異物があるということは、お前か、その子孫に影響が出るということだ」
「え、そんな」
ヨデヴァスは俯いていた顔を上げた。
そんなことは知らなかった。
「ま、だからといってお前が飲むことには反対しない」
そう言って蓋を開けた小瓶をヨデヴァスの前に置く。
「ヨデヴァスに家督を譲った後、消える予定の俺には関係ないからな」
とサガンは呟いた。
オーリフは『血統魔法』の話など初耳だったが、黙って聞いていた。
この場にいる誰もが、オーリフがサガン親子の秘密を知らないとは思っていなかった。
長い付き合いで当然のように知っていると思い込んでいたのだ。
そして『特効薬』の副作用の話を聞いて黙り込んだヨデヴァスを、オーリフはふんっと鼻で笑う。
ふいにサガンが後ろに立っていたオーリフの顔を見る。
「なあ、あんたはどう思う?」
オーリフが師匠であるハクレイを窺うと、しっかり答えるようにと指示された。
「やはり上流階級の子供はそれくらいのことで諦めるのだなと」
身分の卑しい自分なら、どんな副作用があっても願ってもない機会を逃がしはしない。
それが明日の自分の、自分の家族の将来を決めるのだとしても。
それを聞いた親たちは皆思いがけない答えに顔を歪めた。
ただひとり、サガンだけは反応が違った。
「あはは、そりゃいい。 じゃあ、これはお前にやろう」
この場に居た全員が驚いた。
瓶に蓋をしてオーリフに投げる。
危なげなく受け取ったオーリフは「ありがとうございます」と深く礼を取った。
「いいのか?」ハクレイは困り顔だ。
「構わん。 ギードも反対しないはずだ」
サガンはそう言ったが、それを良しとしないのはヨデヴァスだ。
「ずるい!、それは俺のだ」
オーリフから小瓶を取り戻そうとする。
「おっと」
まだ成長途中のヨデヴァスは悲しいかな少し背が低くて、背の高いオーリフが高く上げたその手に届かない。
しかしヨデヴァスが本気になれば、殴ってでもすぐに取り戻すだろう。
オーリフは奪われる前にと急いで彼の目の前でその小瓶の中身を飲み干す。
「あああああ」
そこに居た者たちから様々な思いの声が上がった。
「オーリフさん!!」
ミキリアの叫び声を聞きながら、オーリフはその場に崩れるように倒れた。