ⅴ エラへの朗報
ーーーそのころ。お城では。
「はあああっ!やった!やったわ!やっと落ちた!はぁ。ホッとしたわ。」
エラの声に周りの者は一斉に安堵のため息をついた。
「もう落ちないかと思いましたもの。」
と、白い綿布となにやら液体のようなものを両手にひとつずつ握りしめて喜んでいるエラ。
白い綿布の一部は黒ずんでいる。
もう一方の手に持っているのは汚れを落とすための液体らしい。
「たかが汚れ。されど汚れ…落とすのに時間がかかりましたな。エラ様今日は不運に見舞われているようで執事の私めも心が痛とうございます。」
エラを気遣う執事に、
「いいのよ。心を痛めないで?鼻の下の汚れなんてもしかして落ちなくったって私は今宵を楽しむことができたわ。」と胸を張り、でも、と言うと
「ない方がいいわ。」と、茶目っ気たっぷりに笑った。
エラの靴はまだ見つからないのだ。
靴があまりにも見つからないがためにエラは必死で探していた。
赤薔薇の茂みの中、白薔薇の茂みの中、裸足になってお城のお堀の中を、兵馬のたてがみの中まで!
そのためエラはボロボロの服以上にボロボロになって汚れていたのだ。
お城や街、お城へ続く大きな長い階段をしらみつぶしに調べても、出てこない。
「森へ行って探させましょう。お姫様。」
気の利いた執事の提案だがエラは気乗りしなかった。
エラは優しかった。なので城の兵や執事、エラの身の周りの世話をする者たちのことを厚く気遣った。
だからもうこれ以上自分の靴の事で走り回らせるのは嫌だったのだ。
なので「私が探しに行きましょう。」今にもそういった言葉が出るやもしれないと執事や周りの使用人達もそう思っていた。
しかし、その言葉が発される前にひとつのニュースが飛び込んできたのでエラの気遣いは出番がなかった。
伝達をしに来た使用人がそのニュースとやらを執事にこそこそ…っと耳打ちしてきた。
そのニュースを聞いた執事は、コホンと咳払いをすると、
「あのですね、エラ様…実は…」
ーーーカラコロカラコロカラカラカラコロ!
鳴り止まないカランコロン。
何かツルッとした、硬い物が落ちていく音。
トトトトトントテントントンテントン!
それを追いかける何かバネのあるらしい弾む音。
そのあとに「おおおお、お〜〜い!待ってくれ〜!!止まって、止まっておくれよう〜!!」と、情けない声が狭い壁にあちらこちらと反響してくる。
しかもそれは左右に跳ねぶつかるだけではなく上から下へも転がっていくのだ。
彼、そのうさぎは落ちていた。
落ちながらその硬い物を懸命に追いかけ掴もうとしていた。
あと少し、もう少し、ああっだめだ。今もうあと薄皮一枚のところで捕まえられそうだったのに。もっと私の手が長ければ…いや胴でもいい、もっともっと体が大きかったら…長いって言う意味だけど、と何を穴の中で考えているのかもうメチャクチャになり、冷静に頭の中を巡らせようとしながらその硬いであろうガラスの靴を捕まえようとしていた。
あと少し…あと少し…!
ガラスの靴をやっと掴んだその時、
ドーーーーン!!
壁のあちこちに当たるような音ではなくてドンと一度だけ鈍い重い音がした。
「ははっ。はははっ。ガラスの靴は無事ですよお姫様。」
白うさぎは暗闇で不安の中、靴を大事に抱き抱えながら精一杯の明るさで応対した。
そして運良くお尻から落ちて尻もち程度の痛手で済んだ。
「いやあしかし真っ暗だな。どうやらものすごく深い穴にハマったらしい。地上からの光も届かないよ。」
と、困った様子でなんとか辺りの暗さに目を慣らそうと無心で目をパチパチ瞬きさせた。
すると。斜めに落ちてきた穴とは逆方向にかすかな光が見えた。
それは白うさぎの希望の光でもあった。
「おっと、この光を辿れば出口に着くかな?」
少しの期待と不安が混ざり合う心情の中、白うさぎは明るい土を一歩また一歩と踏んでいった。
その時。タタタタタタタッ 素早く横切る影が壁に投写された。
「おや。」
白うさぎはなんだか見覚えのあるシルエットだったので親しみを持って急いでその影の持ち主を追いかけた。
はぁはぁはぁはぁ…「またずいぶん早いな。私はうさぎだぞ??いつの間にそんなに脚が早くなったんだね。アリス!」
見覚えのあるシルエットとはアリスのことだった。
この時は、きっとこのうさぎ穴に落ちた私を探しにきたんだろう。ぐらいにしか白うさぎは思わなかった。
「追いかけないと、今度はアリスが迷子になってしまう。とても広いうさぎ穴のようだから。」