8話 異世界へようこそ ただし、どこの世界でも悪党はいる
カマキリ顔の自爆バカの災難を回避できても、シンジのせいで泥だらけになったから、通貨の両替もかねて最寄りの街で宿をとることになった。
交易都市〈サペル〉といって、海の幸と山の幸が交差する商業の盛んな都市だ。潮と土の香りが風下の繁華街へ流れていき、大衆むけ料亭の出し汁へ混ざっていく。ほんのりと馬糞の臭いが混ざってしまうのは、まだ馬車が労働の最前線で活躍しているからだ。
地球の技術レベルでいえば第一次世界大戦以前の街は、どことなく牧歌的な雰囲気すら漂っていた。
しかし次元連結トンネルの“悪影響”によって治安が急速に悪化しているという。銃は才能や訓練がなくとも即座に使えるため、異世界で最初に導入したのは犯罪者だった。
もちろん都市側も対抗するために ぴかぴかのセミオートライフルを背負った傭兵を雇っていた。しかし防具はプレートメイルのままだ。異世界が東京シティの混沌に飲みこまれたことを象徴していた。
「んで、最近のオジサンはボディーガードをやって大儲けしてるわけか」
東征は全身についた泥と煤を水道で洗い流しながら、異世界の魔法使い――オジサンから情報収集を行っていた。
ちなみに地球と異世界の言語の違いについてだが、次元連結トンネルを通過した際に翻訳機能が備わるので、音声で会話するだけなら問題ない。さすがに文字を読み解くには辞書が必要だが。
「大儲けというほど派手な稼ぎ方ではないさ。ただちょっと貯金が増えたぐらいでね」
オジサンは、名前と同じ壮年の男性だった。時計の長針みたいに背が高い。豊かなひげと堀の深い顔が、いかにも賢者という感じの雰囲気だ。
「てっきり銃が魔法を駆逐するかと思ったが、そうでもないんだな」
東征が自前の50口径の拳銃を、こつんっと肘で押した。
「銃にも弱点があるだろ。直線的で、火力が低く、範囲攻撃が苦手だ。魔力障壁を張ればまず防げる」
オジサンの指摘で、シンジに弾丸を消されたことを思いだして、唇を薄く噛んだ。
「ちっ、そりゃ魔法の火力と範囲の広さにはかなわねぇよ。だから乗り物に積んだ重火器で補うのだがセオリーなんだが、こっちの世界で使うには汎用性が低くなるからな」
東征たちの乗り物――SUVだが、目立つし燃料が確保できる見こみがないので、次元連結トンネル出口の駐車場へ置いてきた。もし森林の真ん中で燃料切れになったり、タイヤがパンクしたりしたら、目も当てられないからだ。
「うむ。地球人が魔法を使えなかったのは、我々にとって幸いだったさ。手も足も出なくなって、征服されてしまうからな」
魔法を使うには異世界で生育することが必須条件だった。どうやら異世界の空気中にはマナと呼ばれる成分がふくまれていて、これと細胞が馴染むことで魔法を発動する下地ができあがるようだ。
「逆にあんたらがサイボーグ手術を受けられないのは意外だったけどな」
マナを摂取しながら生育すると、どうも肉体を機械化した際に細胞レベルで拒絶反応を起こしてしまうらしい。
どちらの世界の住人も、一長一短というわけである。
「何人か例外がいる。地球から転移してきた連中だ」
オジサンが魔法大学のローブを、ぎゅっと握りしめた。
「気にくわないらしいな、異世界転移やら転生した連中が魔法を使えるのが」
「地獄のような特訓と拷問のような勉強をこなすことで、ようやく魔法が使えるようになるのだ。それをわけのわからん連中が理由もなく使ってみろ。文句のひとつも言いたくなるだろう」
どうやら今の質問は地雷だったらしい。しかし異世界転移したシンジ・ムラカミの情報がほしいから、話を強引に続けた。
「シンジ・ムラカミは、あんたらのなかじゃどういう評判なんだ?」
「謎に包まれた部分が多い。表立って行動することが少なかったからな」
「あんな強いの、謎なのか?」
「盗賊ギルドに所属していることまでは知られているが、詳しいことはなにも。時々決闘をやって強い誰かを打ち負かしたとか、そういう情報は入ってくるのだが」
決闘はわかる。あいつは典型的な戦闘狂だからだ。しかし――。
「盗賊ギルドだぁ? あいつ魔法使えるのにか?」
「正確にいうと、シンジ・ムラカミが使っているのは、魔術だ」
「違いがさっぱりわかんねぇ」
「我々が対戦車ミサイルと対戦車ライフルの違いがわからないのと一緒だ」
「やっぱオジサン、賢いよな。もう地球の知識を仕入れちまったんだから」
「当たり前だ。魔法大学を卒業するというのは、それぐらいの教養が必要なのだ」
なお東征チームで教養を持っているグスタボと、学問と無縁の華舞だが、ついさきほど購入したばかりのサイボーグ用品を検品していた。なお定価の三割増しとぼったくり価格で購入した。見事に足元を見てくれたわけだ。呪われてしまえばいいのに。
だが定価の三割増しだけあってアフターサービスまでやってくれるそうな。具体的にいうと馬車で運用できるように加工してくれるという。おまけで各種銃火器も用意してくれるそうな。
「おいグスタボ。シンジ・ムラカミの情報、魔法使いの間でもほとんど流通してないみたいだぜ」
東征が声をかけたら、グスタボはドレッドヘアーについていた砂ぼこりを払いながら返事した。
「こちらには地の利がないからな。なにか一つでも取っかかりの情報がないと時間と資金を浪費するだけになるぞ」
「宿に泊まるにもタダじゃねぇしなぁ。かといってのらりくらりやってると、他のやつに狩られちまうぜ。2000万ドルの機会損失だ」
検品に飽きた華舞があくびをしながらいった。
「他の賞金稼ぎのひとたち、どうやってこっちの世界をサバイバルしてるんでしょうねぇ。野生動物も犯罪者もいるわけですし」
東征が市場で買ったリンゴをがぶっとかじった。
「みんな独自のルートを構築してるだろ。俺たちみたいに自爆バカに狙われてないだろうし、そこまで苦労してないんじゃないか?」
「本当に東征さんって運がないですよね」
「うるせぇ。男運のないやつにいわれたくねぇんだよ」
「はぁ!? そんなこといってわたしが運命の小さな男の子と出会ってもバカにするんですよね!」
「頼むから犯罪だけはやらないでくれよ……」
「バイク奪った東征さんにいわれたくないです」
「ありゃ緊急事態だ。それにちゃんとあとで返した」
「わたしだって運命の小さな男の子が目の前にいたら緊急事態でベッドインするしかないじゃないですか! ちゃんとあとでお家に帰してあげますよ!」
こいつはなにをいっているんだろうか……。東征とグスタボが呆れていたら――交易都市〈サペル〉の入り口が騒がしくなった。
「山賊だ! 山賊団が襲撃してきたぞ!」「誰か、やつらをとめろ!」「女と子供を森に隠せ!」
山の下り坂を、ドドドと砂煙をあげながら馬車の集団が駆けおりてきた。人相の悪い男たちが手綱をにぎっていて、アサルトライフルで武装していた。
対する交易都市の防衛隊は、いまだに弓矢を愛用しているものもいて、実戦経験も少なそうだ。
すっかり街は大混乱となって、さきほどまで賑わっていた市場は悲鳴と怒号があふれた。逃げ遅れた子供がえんえん泣いていた。
オジサンが、逃げ遅れた子供を近くの衛兵に預けると、杖を軽く振った。
「どうする東征。地球の賞金稼ぎは偶然遭遇した悪党を退治するのを手伝うかな?」
どうやらオジサンはフリーランスの魔法使いなのに、偶然遭遇した悪党と無償で戦うつもりらしい。賢者みたいな見た目のとおり人格者というわけか。
だがこちらは荒んだ近未来の賞金稼ぎだ。無理に付き合う義理もない。交易都市には正式な防衛隊もいるし、オジサンみたいな優秀な魔法使いも参加するなら、地球人が手を貸すのは余計なおせっかいかもしれない。
念のために仲間であるグスタボと華舞へアイコンタクト――どちらでもかまわないという顔をしていた。
二つの選択が生まれた。
1.交易都市〈サペル〉の防衛戦に参加しない――資金に変動なし。シンジ・ムラカミを追うための時間が削られない。【東征チームがシンジを殺す確率が高くなる】
2.交易都市〈サペル〉の防衛戦に参加する――弾薬のコストを支払うことになり、シンジ・ムラカミを追うための時間が削られる。【資金に一定額のマイナス。他の賞金稼ぎたちがシンジを殺す確率が高くなる】
少々迷ったが、東征だって人間だから、2を選んだ。ただし賞金稼ぎらしいアレンジを加えて。
「……ま、見捨てるのも後味悪いからな。弾薬と宿の代金を出してくれるなら、やってやらないこともないぜ」
それを聞いていた交易都市〈サペル〉の市長が、大げさな身振り手振りで反応した。
「それぐらい出す! だからやつらをどうにかしてくれ!」
「オーケー。だがこっちのオジサンにも宿代ぐらいはずんでやってくれよ」
「わかった。出す。出すから早くあいつらを壊滅させてくれ!」
というわけで東征チームとオジサンは、交易都市〈サペル〉を防衛する戦いに参加することになった。