38話 サイボーグガンマン率いる討伐軍VS純粋な戦闘狂として再起動したチート魔術師
東征率いる討伐軍が建物を進んでいくと、シンジの歌声がはっきり聞き取れるようになった。
四年前に流行した地球のポップソングだった。彼がまだ地球で高校生をやっていたときの流行歌である。明るい曲調で、きっといつか良いことがあるよ、という希望をこめた歌詞だった。コアな音楽ファンは見向きもしなかったが、一般層には大ヒットした。
高校生のころのシンジは、一般層だったのか?
そんな疑問を思い浮かべながら調子の外れた歌声に近づいていくと、別世界へ抜けてしまったのではないかと錯覚するほど広いスペースへ出た。
雲が生まれるほど天井が高くて、地平線が見えなくなるほど奥行きがある。どうやら陽炎と同じく錬金術を生み出す魔法機械で空間が歪められているようだ。人間が暮らせそうな建物が無数にあるということは、ここがアトランティスの住宅区域だったんだろう。
そんなただっぴろい空間に、シンジがぽつんと立っていた。
目の焦点があっていない。ふらふらと徘徊しながら、四年前の流行歌を歌い続けている。精神が壊れているとしか思えなかった。
いきなり攻撃してもよかったのだろう。だが東征が話しかけた。
「決着をつけようか」
シンジが、ちらっと目だけを向けてきた。洞窟みたいに光がない。彼が生み出したゾンビみたいだった。
「あぁ東征じゃないか。ラルフならいまいないんだ。もうすぐ帰ってくると思う。そこにかけて待っててよ。僕は料理だってうまいんだから」
虚ろな声で、現実と空想が入り混じった発言。錬金術で肉体の損傷が回復するかもしれないが、精神の損傷は治せないのだろう。
だから東征は、見えやすいように、愛用の50口径の銃を構えた。
「俺は、今から、お前を、殺す」
ゆっくり噛んで含めるようにいった。それが彼への情けだと思ったのだ。
「あぁそうだね。ラルフが帰ってきたらファストフードのお店へいこう。お腹がいっぱいになったらカラオケなんてどうだろう。僕、ヒトカラで鍛えてるから、歌は結構得意なんだ」
どうやら彼の精神は転移する前に戻ってしまったらしい。だがラルフが友達であることや、東征と知り合ったことは継続されていた。
あまりに哀れだ。エミリアとヴァネッサを殺して目的を達成したところで、精神の崩壊がはじまったんだろう。アトランティスへ到着したときには、自分がなにをしにきたのか忘れてしまったのである。
さっさと殺してやったほうが、彼のためだ。
討伐軍は、107個の錬金術ジャミング装置を同時に起動した。
七色の音波が濁流のように押し寄せて、精神が壊れたシンジを包みこむ。
するとシンジが頭を抱えて、獣みたいに吠えた。
「やめろ! ラルフは生きてるんだ! 僕と東征は友達なんだ! なんで邪魔をする!」
音感が壊れそうなほど大音量で不協和音が鳴り響いたところで、錬金術が抑制されて――シンジの瞳に色が戻った。ごほごほと軽く咳きこんで頭を振る。ぽたぽたと流れていく涙を手の甲でぬぐうと、手のひらを東征に向けた。
「東征。僕と友達になってくれ」
「ああ、いいぜ」
東征は愛用の50口径の拳銃をぶっ放した。それが合図となって、最後の戦いが始まった。
● ● ●
討伐軍の動きは組織的だった。急造の集団といえど、狙いが明確だからだ。
普通に戦っても、シンジに勝つのは難しい。現在は錬金術こそ封じられているが、魔法、魔術、古代魔法とバリエーション豊かな攻撃が可能だ。膨大な魔力量と比例して魔法障壁も分厚い。さらにはヴァネッサと連戦したせいで経験値まで蓄積していた。
たとえ不死身でなくなっても強敵であった。
だから彼を倒す方法は一つしかなかった。107人の力を結集して、魔力切れを引き起こすこと。さしものシンジといえど魔力が空っぽになれば魔法障壁は途切れるし、息切れして動けなくなる。そこでトドメを刺す。
いつものシンジなら、こちらの狙いを読み取って冷静に対処したんだろう。だが現在のシンジは、目に映る討伐軍のメンバーに魔法と魔術と古代魔法を手当たり次第に連発していた。
「僕は、不死身の占い師と出会って、なにかの運命かと思って異世界梁山泊って名乗った。でもリーダーは僕じゃなくて東征だったみたいだね。そして倒されるべき敵役は僕か。もしかしたらあの占い師……本当は全部の未来が見えてたのかもしれない」
シンジは、ぎしりと笑った。だが歪んで見えるのは、壊れた精神を無理やり動かしているからだろう。
「まさか抵抗するとは思わなかったな。てっきり死を受け入れるかと思ったが」
東征はアトランティスの家屋に潜みながら、50口径をぶっ放した。
討伐軍は、物理武器による飛び道具から攻撃魔法まで、あらゆる手段を使ってシンジを攻撃していく。だが数が多いし住宅街だから、同士討ちを考えて控えめな手数だ。しかし適切なタイミングで撃っていた。大事なことはシンジの魔力切れを引き起こすことであり、殺すことではないからだ。
「ははは。忘れたのかい。僕は戦闘狂でねぇ。どうもそっちの感性だけで動いてるみたいなんだよ」
シンジは己の胸をドンっと叩いてから、飛んできた弾丸を魔法障壁ではじき返した――柱の裏に隠れていたメンバーが頭を吹っ飛ばされて死亡した。
幻の大地での持久戦、当然死者も出る。彼らの死を忘れてはいけない。東征はリーダーなのだ。
「自分の身体なのに他人事なのか、シンジ」
「今ならヴァネッサの気持ちがわかる。きっと彼女もどこかで一度壊れたんだ。そして戦闘狂として再起動した」
アトランティスは死者の魂が集まる器――亡くなった人間の姿が垣間見えた。
激しい戦闘が継続するなか、他でもない魔術師ギルドのヴァネッサが半透明で出てきて、シンジの近くを漂った。
『わたし、十代のころに魔術を暴走させて両親を殺してしまったのよ。そこからの記憶はおぼろげ。もしかしてシンジくんも似たようなものじゃなくて?』
「そうさ。記憶がおぼろげなんだ。それに不思議だね。今のヴァネッサは、そんなに嫌いじゃないよ」
『きっと将来の自分を見せられてるみたいでイヤだったんでしょう…………さようならシンジくん。あの世でも再会することはないと思うわ』
ヴァネッサが消えた。
「そうかいヴァネッサ。君が、僕の未来像だったってわけかい」
シンジはヴァネッサのように熱線を指先から放つと、数人のメンバーをまとめて焼き切った。
焼き切られたメンバーには友人がいた。彼は怒り狂ってシンジにメイスで戦いを挑んだ。だがサンダーの魔術で貫かれて黒焦げとなった。ミイラ取りがミイラになる。黒焦げになった男性を回復魔法で助けようとした女性が、フリーズの魔法で氷漬けとなった。
東征が「態勢を立て直せ! 不用意に近づくな!」と大声で指示を出す。まだまだ討伐軍の数は多いが、それでも100パーセント勝てるわけではない。シンジの魔力が途切れなかったら、それまでなのだ。
だが明るい兆しは見えていた。時々シンジが咳きこむのだが、血が混じっていた。その理由をグスタボが解析してくれた。
「どうやら錬金術で修復した傷は、錬金術を逆操作されるか、魔力が切れたところで、元に戻ってしまうらしいな」
変な解析だから、東征が質問した。
「ジャミング装置でシンジの錬金術は止まってるんじゃないのか?」
「止まった。だが逆操作はされていない。とにかく持久戦を続ければ、シンジは見ため以上に苦しくなっていくということだ」
そうとなれば話は早い。討伐軍が果敢に攻めてシンジの魔力を消費させていると、盗賊ギルドの先代マスターであるゼンじいさんが、足元から浮かんできた。
『お前なら戦闘狂を克服できると思ったのだが……ダメだったか』
「買いかぶりすぎさ。だって僕は、今こうしてみんなと戦ってると、癒されるんだ。まるで心に回復魔法をかけたみたいにね」
ゼンじいさんのお世話になったはずのシンジだが、恩人と会話しようとも瞳は戦闘狂のままだった。
『精神が一度壊れて戦闘狂として再起動すると、人情を理解できなくなるんだろう。ヴァネッサも同じだった。あの子も、昔は優しい女の子だったんだ』
ゼンじいさんが消えると、下克上で盗賊ギルドを崩壊させたエミリアが壁からすぅっと出てきた。
『シンジごめんなさい。わたしが間違ってた』
「ずいぶんあっさり謝ったね」
『……人間って、才能より精神の器にあわせて生きたほうがいいのかも』
「そこは同意するよ。僕たちは大きな才能を持っていたけど、精神は普通の大きさだった」
『じゃあね、あの世で待ってるから、また制服デートしよ』
「はっはっは。それも悪くないような気がしてきたよ。でももっと戦うことを楽しんでからさ。今日は本当に最高の気分だね」
古代魔法インビジブルを発動――シンジの姿が消えた。
グスタボが色のついた砂を飛散させた。いくら魔法や装置で感知できなくとも、魔法を発動してからペイントされれば、上書きされる。
しかしシンジも色のついた砂を上書きするために再度インビジブルを発動。イタチごっこである。だが討伐隊の目的と合致する。魔力を消費させることが勝利への鍵だから。
何回かイタチごっこをやったところで、シンジが大きくむせて盛大に吐血した。かつてヴァネッサに魔術のファイヤーで潰された胸が赤く染まっていく。古代魔法を使いすぎて魔力が露骨に減ってきたのだ。
ここがチャンスと討伐隊が連続攻撃をたたみかけたら、ユーリを守って討ち死にしたデンゼルが天井から落下してきて――なんとシンジを守った。
『死の間際、お前に助けられたとき、自分の常識を疑うことが大事だと思った』
「長年敵だった君まで愁傷なことをいうのか。あの世ってなんだろうな」
『終着点なのかもしれない。傷つき疲れた人たちが、あらゆることから解放されて、ゆっくり休める』
「だったらこの世は過労推奨の地獄ってことかい」
『あながち間違いではない』
「だったら僕は……この世のすべてを壊してやるさ」
シンジは破壊的な微笑みを浮かべながら、魔術の熱線を水平に動かした。討伐軍十人の首ないし上半身を焼き切った。反動でゴフっと吐血。
シンジが朽ちるか、討伐隊が全滅するか――血みどろの持久戦である。
戦いが煮詰まってきたところで、ついにラルフが出てきた。
『なぁシンジ。おれたち色々なところを冒険したよな』
「ラルフとの冒険は本当に楽しかったよ。僕はずっと友達がいなかったから、誰かと一緒に風景を楽しみながらご飯を食べるのが、あんなにおいしいとは知らなかったんだ」
『おれはもう死人だから、お前がどうして世界のすべてを壊そうとしているのか理解してやれない。でも、そろそろ休んでもいいような気がしてる』
さすがに親友の言葉は届いたらしく、戦闘狂の瞳がわずかに薄れた。
「ラルフにまでいわれちゃうと、ちょっと決意が揺らいじゃうね…………でも、戦いをやめてどうなるっていうんだい? こぉーんなに楽しいのに」
やはり戦闘狂に戻ってしまったところで、グスタボがショットガンと魔法とドローンを同時に操りながらいった。
「お前は完全に壊れたのだな。一度はアトランティスを壊そうとしたのに、戦闘狂として楽しんでしまっている」
「うーん、やっぱり転移も転生も不自然だと思うよ。僕だって本来なら交通事故にあって死んでいたはずなんだ。それがなぜか人類の敵。純粋な戦闘狂になってバンバン殺してる。やっぱり死者は死者として消えるのが筋じゃないかな? 転移や転生をした人間すべてが正義の味方になるわけじゃないんだから」
「錬金術を悪用してゾンビを作ったお前のいうことか」
「まったくインテリは細かい矛盾を気にしすぎだよ。ジャミング装置を全部壊したら、君たちをゾンビにして、世界を恐怖に陥れる無敵の軍団を結成するさ」
「怪物め」
グスタボのショットガンが、シンジのサンダーの魔術で壊されたところで、華舞がシンジの間合いへ潜り込んだ――魔法障壁をぶん殴る。
なんと亀裂が走った。シンジの魔力が底をつきかけているのだ。
「わたしは気のきいたことはいえませんよ。バカなので」
「羨ましいよ。きっと友達多かったんだろ」
「……シンジさん、学生時代に友達いなかったことを転移してからも引きずってたから、そこまで捻じ曲がったんですか」
「はっはっは! まさかバカを自認してる人に図星をつかれるとはね! 僕は本当にかっこわるいなぁ!」
華舞の腕がフリーズの魔術で凍結。メンテナンスモードを起動して動かなくなった腕を自ら切り離す。その腕を鈍器みたいに使ってシンジの魔力障壁をもう一発殴る。さらに亀裂が深くなった。
そこへ東征が拳銃を連射しながら突撃した。
「初めてあった日、俺を殺してたら、この未来はなかったんだぜ」
「でも殺さなかったから、僕たちは友達になれたんじゃないか」
「もしお前が戦闘狂じゃなかったら、この未来もなかったかもな」
「戦闘狂だから東征は初日に殺されなかったんじゃないかい」
いくつもの鎖が複雑に絡み合って、運命は構成されているんだろう。たった一本でも掛け違えれば、人間と人間が出会うことすらない。
だが東征とシンジは出会ってしまった。
だから殺しあっている。今ここで。
シンジの顔の皺が見える距離で、東征が50口径の拳銃を撃った。
初対面の日は、シンジが魔力で反射神経を活性化させて手を持ち上げると、手のひらに入ってくる弾丸を錬金術で分解した。
今日もシンジは同じことをやろうとした。
だが、反射神経が活性化されることはなく、まっすぐ進んだ弾丸が魔法障壁を割った。
ついに魔力が切れたのである。膨大な魔力量を誇っていた男が――通常の魔法使い何千、何万という魔力を蓄積していた男が、魔力切れを起こしたのだ。
シンジは、がくがくと膝が震えて、ばたんっと前のめりに倒れた。
見下ろすのは、戦士ギルドのアレクだった。
「最初から、ここに持っていくのが狙いだった。だから大人数を集めた」
沈痛な面持ちでいった。実は魔力切れを狙う作戦は、アレクが提案した。戦士ギルドのように集団行動を緻密に繰り返してきた男だから思いついたのだ。
「……これからのタラバザールは、君たち戦士ギルドが動かしていくってわけかい……政治なんてくそったれさ」
「いや、戦士ギルドは権力を握らない。これからのタラバザールは民主制を採用する。我々に必要なのは暴走を抑制するクサビだ」
民主制を疑っていたアレクが、自ら採用を口にする。シンジ、エミリア、ヴァネッサたちと争ったことは、彼の信念を変えるほど困難の連続だったんだろう。
「好きにしてくれ。僕は……もうすぐ……消える」
シンジの肉体が、さらさら溶けていく。かつて占い師が錬金術を逆操作されたのと同じだった。強すぎる力は呪いを伴うんだろう。敗北したら死体も残らない。
東征はシンジに近づくと、額に銃口を突きつけた。
「なにか遺言は?」
「あの世で再会したら、僕とラルフと君の三人で遊ぼう」
「ああ。また会おうな」
タンっと銃声が響くと、シンジの肉体は砕けて砂になった。
● ● ●
生き残った人数を数えたら、50人だった。入ってきたときは107人いたのだから、57名も死んだのだ。生き残ったメンバーもほうほうの体であり、勝利の喜びより生き残った安堵から座りこんでいた。
だが、最後の最後に選択だ。黒幕である岩坂都知事はとっくの昔に亡くなって、陰謀を引き継いだエミリアとヴァネッサも死んで、人類の敵となったシンジも砂となって消えた。
残っているのは、異世界転生と転移の原因であるアトランティスだ。
シンジは壊そうとしていた。転移と転生は不自然だからと。
東征も不自然だとは思う。だが二択だ。
1.アトランティスを破壊する。異世界転移と転生――正確に言えば死者の魂が別の場所で再起する現象が起きなくなる。ただし破壊後になにが発生するか未知数だ。もしかしたら地球が滅びるかもしれない。
2.アトランティスを保存する。異世界転移と転生は残る。もちろん異世界という概念がなくなっているので、死んだ人間が同じ空間内のどこかへ移動する現象になるだろう。こちらの選択を選べば、外交をこなしていく国の数が増えただけで、以前との変化はない。
さぁ、どうする。壊すのか、壊さないのか。
仲間たちにも聞いたほうがいいのだろうか? だが聞いたところで意味がない気がした。誰も答えがわからないのだ。
ほとんど直感で決めた。
「……壊すか」
ぼそっとつぶやく。みんな反対しなかった。シンジとの激闘が要因だろう。
もしシンジの錬金術を攻略する術をロシアの研究所が開発できなかったら、いまごろ全員が死んでいるからだ。あんな化け物が二度と生まれないように、アトランティスを壊してしまったほうがいい。そう思うことを誰も責められまい。
討伐軍の生き残りは、手持ちの爆薬をアトランティスへセットしていく。島ごと破壊できるようにありったけ。
爆薬のセットが完了すると、建物の外へ出た。
半透明の岩坂都知事が待っていて、陽炎を解除してくれた。
『さらばだ。二度と会うことはないだろう』
討伐軍は、フライの魔法でアトランティスから離脱していく。
起爆スイッチは東征が握っていた。眼下に広がるアトランティスをじっと見つめた。まるで学校を卒業したときのような哀愁と達成感を感じながら、起爆スイッチを押した。
次で最終話にあたるエピローグです。