表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

14/40

13話 因果は回るよどこまでも

 旧市街地に、刺激臭が漂うようになっていた。親衛隊が薄ら笑いを浮かべながら、地球から輸入したであろうポリタンクをせっせと運び、中身の液体をばらまいているからだ。


 液体を地球のデータベースで調べたが、厳密には該当なし。だが類似品で灯油がヒットしていた。おそらく異世界における可燃性の液体なんだろう。


「おいおい、貴族さまが肉体労働するなんて珍しいじゃないか」


 こめかみに銃口をくっつけて引き金を引く――重い銃声が響くと、親衛隊は薄ら笑いのまま可燃性の液体にべしゃりと倒れこんで二度と動かなくなった。


 雑魚を一匹始末しただけで、負傷した右半身がじゅくりと痛んだ。


 銀髪が最後にぶっぱなしたショットガンにはバードショットと呼ばれる散弾が込められていて、何百という小粒の玉が拡散される。名前が示すように鳥を狩るための弾であり、サイボーグの頑丈な肉体に致命傷をあたえることはないが、無数の針が刺さったみたいに煩わしい痛みが残るのだ。

 

 やや反応速度は遅れるが、雑魚を相手するなら支障はないから、修理はあとまわしだ。


「東征、外周部はオレに任せて、お前は内部に侵入したやつを華舞と始末してくるんだ」


 グスタボは手でショットガンを撃ちながら、脳で戦闘ドローンを操って、親衛隊が火をつけるのを足止めしていた。ドレッドヘアーがお祭りの祭具みたいに暴れていた。楽器を演奏しながらチェスをやっているようなものだから、忙しいのである。


「グスタボは本当に器用だなぁ」

「それが長所だからな」

「おう。死ぬなよ、相棒」


 一声かけてから、崩れた外壁から旧市街地へ入った。


 むっとすえた臭いが強くなる。行き場を失った貧民たちの生活の臭いだ。おまけに今日は血と臓腑の臭いまで加わるものだから、親衛隊の貴族たちはハンカチを口に当てながらポリタンクを運んでいた。

 

「わたし、人間の好き嫌い、けっこう激しいですよ」


 華舞が貴族のハンカチを狙って正拳突き――ぐしゃりと顔面が陥没して、骨と皮と脳がハンカチとごちゃ混ぜになった。


「華舞もやる気あるじゃねぇか、タダ働きだってのに」


 東征も瓦礫の曲がり角に隠れていた親衛隊の貴族を射殺すると、華舞が拳法家らしいお辞儀をした。


「あの子のためってのもありますけど、王様とか貴族とかって心の底から嫌いなんですよ」

「そういや警官も同じぐらい嫌いだったっけか」

「ええ。東征さんとグスタボさんが普通に権力者と接してるの、本当に信じられないですもん」


 なんていいながら親衛隊の貴族を撲殺。拳法家だから技で倒すと表現したほうがいいのかもしれない。だが、権力者を殴るときの華舞は、憎くて暴力を行使しているという感じだから、撲殺がふさわしいだろう。


「んで華舞、敵の状況は読めてるか?」

「やだなぁ、そんな難しいこと、わたしにわかるはずないですよ」

「おい……まさか本当に殴ってるだけかよ……」

「あはは。こういうのは現地の詳しい人に教えてもらえばいいような気もします」


 そんな都合のいい話があるか、と返そうとしたら、とんでもない人物が姿をあらわした。


 なんと、地球で麻薬の密売をやって賞金首になった、エルフの売人だった。


「やっぱり神様はいるんじゃねぇのかな」


 東征は天啓に感謝して、エルフの売人を射殺しようとしたら、べたっと地面に膝をついて懇願された。


「話を聞いてくれ! おれが麻薬の密売をやったのは、この街の貧民を助けるためなんだ!」

「だがお前が麻薬を地球で流通させれば、地球の誰かが中毒になって死ぬんだぜ」

「……わかった。いまから貧民を小さな集落に避難誘導するから、それが終わったらおれを殺せばいい!」


 エルフの売人は、沸騰しそうなほど熱い目をしていた。


 さて困った。こいつを射殺するのが賞金稼ぎの職務だろう。異世界印の麻薬を卸して、地球の人間を中毒にした張本人でもあるわけだから、道義としても間違っていない。


 二つの選択が生まれた。


 1.いますぐ射殺して賞金首としてのキャリアを高める。ただし貧民たちが小さな集落まで逃げるのを導く人がいなくなる。【東征の財布に2万ドル追加される。賞金稼ぎの名声にプラス評価】


 2.エルフの売人を見逃して賞金首としての名声に傷をつける。貧民たちは彼に導かれて小さな集落まで逃げることになる。【東征の財布に変化なし。賞金稼ぎの名声にマイナス評価】


 今回はグスタボと華舞の意見は参考にしない。エルフの売人に関しては東征の個人的な案件だからだ。


 ふと気づいたが、さきほど助けた物乞いの子供が、エルフの売人を心配そうに見つめていた。どうやら親しい間柄らしい。


「おいエルフの売人。お前もしかしてあの子と親しいのか?」

「親しい。あの子にお前が貧民を助けてもらえるって聞いたから、こうして膝をついてるんじゃないか」


 どうやら異世界では【膝をつく】が地球における【頭を下げる】に該当する文化らしい。

 

 物乞いの子供まで膝をついて「ラルフを助けてあげて」とつぶやいた。

 

 東征は賞金稼ぎになってからカルマは下がりっぱなしのはずだが、なぜか悪人らしい悪人にならなかった。それは今日も例外ではなかったらしい。


 ため息をつくと、選択の2を選んで、銃口をそらした。


「見逃すのは今日だけだぜ。次に会ったら殺してやる。で、状況は?」

「あいつらは、二つのことにこだわってる。貧民を生きたまま街の外に連れ出して殺すか、それが難しいなら街ごと火で焼きつくすことだ」

「どうにも宗教の臭いがしてきたぜ」

「正解だ。〈エスペラーダン〉は王と所縁のある土地だから、醜い貧民の血液で汚してはいけないそうだ」


 親衛隊の貴族たちが、薄ら笑いを浮かべている理由がわかった。彼らの教条からすると“浄化”が正しい行為だからだ。おそらく綺麗に焼きつくすと王様や同輩から褒めてもらえるんだろう。

 

 華舞が、現在進行形で果敢に貴族を撲殺している理由は、彼らの表情から教条を読み取ったからだろう。


 いつの時代もどこの世界でも、権力者は狂った理由で虐殺をやらかすというわけだ。


「だったら作戦を教えてくれ。避難誘導するにも方法が必要だろ。この街は敵に包囲されてるし、もうすぐ火の手があがる」


 東征は、壊れた大通りを横切ろうとした親衛隊の貴族を射殺しながら、ぷんぷんと濃密に漂ってきた刺激臭から、タイムリミットを痛感していた。


 どれだけサイボーグが必死になって妨害しようとも、あちらは数が多いうえに、あとは火さえつけてしまえば目的達成なのだ。


「思想犯を囮として活用するんだ。あいつらハイエナみたいに今の状況が利用できないかって、遠くから様子を見てるから」


 エルフの売人が遠くの丘陵を指差した。


 まさかと思ったが、双眼鏡で遠くの丘陵を調べたら、薄闇の中で数台の蒸気自動車が停車していた。さらに双眼鏡を左右に動かすと、鬱蒼とした雑木林や荒涼とした岸壁にも数台の蒸気自動車が隠れていた。


 顔ぶれを確認したところ、全体主義者、共産主義者、民主主義者、ぜんぶそろっていた。


 だが、ことごとく様子見をしているだけで、動く素振りすら見せない。


「理想を口にするのに、自分たちに利益がともなわないと貧民を助けないってわけか」

「……地球でもそうなのか?」

「ああ、そうだよ。みーんな自分のことしか考えてねぇ。で、どうやってあのハイエナを動かすんだ?」

「金をばら撒いて動かす。やつらは活動資金に困ってるからな」


 という会話に、無線通信でグスタボが注釈をいれてきた。


『思想犯を利用するなら、各思想を均等に使わないとダメだ。やつらの思想は麻薬と同じ中毒性がある。助けられた貧民たちが感化されたら抜け出すのが難しい。だが三つ巴の醜い争いを見せておけば、感化されてもすぐ冷める』


 グスタボの注釈を受けて、エルフの売人は大きくうなずいた。


「わかってる。シンジにも同じ注意をされた。今、おれの仲間たちがやつらに報酬を均等に分配してる最中だ」

「シンジって、やっぱシンジ・ムラカミだな。あいつも近くにいるのか?」


 たしかシンジ・ムラカミは盗賊ギルドに所属していることが知られていたはずだ。さきほどエルフの売人は、仲間が報酬をやつらに分配している、と語った。なら貧民を避難誘導しようとしているのは盗賊ギルドなんだろう。


「……喋るわけにはいかないだろう。お前たちはシンジが本命で、こっちの世界にきたんだろうから」


 エルフの売人は、渋い顔になった。


「まぁいいさ。今大事なことは〈エスペラーダン〉の戦いを切り抜けることだからな。細かいことは後回しにしようぜ」

「そうだな。さて、準備はいいか? これから合図をしたら、思想犯たちが一斉に動き出す。そうしたらお前たちにやってほしいのは、包囲網の一部に風穴をあけることだ」


 という内容をグスタボと華舞に無線通信で伝えておく。二人とも『問題なし』という返事だった。


 エルフの売人は、すべての準備が整ったことを悟ると、すっかり暗くなった空に向かって魔法を放った。


 ファイヤーとサンダーを交互に連打したのだ。


 それは狼煙と同じ効果を果たして、遠くで様子見していた思想犯たちへの合図となった。


 ぶるんぶるんっと蒸気エンジンのがさつな音が、タラバザール王国の静かな闇夜に響いた。


 ガリガリと砂利の路面を噛み締めて、十五台ぐらいの蒸気自動車が一斉に旧市街地〈エスペラーダン〉へ接近してきた。


 彼らの顔を見ればわかるのだが、どれだけ偉そうなことをいっていても、報酬に目がくらんでいた。気高い思想より目先の軍資金というわけだ。


 そればかりか突撃をかまして親衛隊を蹴散らしたはいいが、自分たち以外の思想が活躍するのが気に食わなかったらしく、早々に仲間割れした。


 三つ巴の戦いの勃発である。誰もが冷静じゃなくなっているので、可燃性の液体が満ちている市街地で、ファイヤーの魔法やらサンダーの魔法やら地球製の銃火器やらをバンバカ撃つわで、あっさり引火した。


 街を指先でなぞるように、一瞬で延焼していく。あれだけ生活の臭いがこもっていた街が、山火事と同じ臭いになっていく。


 旧市街地で可燃性の液体をばらまいていた親衛隊は、自分たちの手柄を思想犯に奪われたと激昂して、ついに四つの勢力が入り乱れる地獄へ変化した。


 炎の嵐が、暗闇を昼間みたいに明るくしていた。争う人々の影が廃墟に伸びて、抽象的な悪魔の戦いみたいに絡み合っていた。


「この人たちが全員いなくなれば、幸せな国が作れそうですね」


 華舞が、腰まで伸ばした髪を手でもてあそびながらいった。


 東征も同感だったのだが、すぐさま思考を切り替えた。


 貧民たちを逃がすために、包囲網を突破するという大仕事が残されているからだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ