12話 義侠心を燃やすサイボーグガンマンVS魔法と剣術を操る冷酷な貴族
東征チームと、貴族だけで構成された親衛隊は、それぞれの武器を構えて硬直していた。下手に動くと味方の足を引っ張って敗北の原因となるため、言葉すら発しなかった。
夕闇が丘陵から迫ってきて、戦争で破壊された旧市街地に被さっていく。じゃりじゃりと軍用ブーツが砂利を踏みしめる音と、わずかな身じろぎが生み出す衣擦れの音ばかりが聞こえてくる。汗と硝煙と魔力の香りが、じわじわと増えていた。
東征は、守っている物乞いの子供に小声で話しかけた。
「これから三つ数える。数字が三つになったら、あの壊れた壁から街に入って、仲間たちに逃げろって伝えるんだ」
「う、うん……」
物乞いの子供は、恐怖でガタガタ震えていた。
だから、強く抱きしめた。必ず死なせないと。
――ひとーつ。
一つ数えたら、義侠心が昂ぶり、かつて警察官になった日を思い出す。
曖昧な進路選択だった。未熟なティーンエイジャーだったから、自分が何者かわかっておらず、街中で働くお巡りさんになったら、かっこいいんじゃないかと思った。
だが現実は違っていた。お巡りさんは決してかっこいいものではなかったし、他でもない自分が純粋な意味での正義の味方ではなかった。
なんで緊迫した状況で警察官時代を振り返ったのか――親衛隊に属する銀髪の舐めた態度で、察することがあったからだ。
やつは警察官時代の不正を働いた上司に似ていた。自分の理想のためなら他のすべてを踏み台にしてもいいと思っているのだ。
――ふたーつ。
二つ数えたら、グスタボが、アイコンタクトで次の動きを教えてくれた。雑魚はこちらに任せろ。どうやら銀髪とタイマンを張らせてくれるようだ。
華舞も同じ意見らしく、こきりこきりと手首と足首を鳴らした。
東征がもう一つ数えれば、場が動く。まるで親衛隊の面々もカウント終了を待ち望んでいるかのごとく、そわそわしていた。
上等だ。やってやる。
――みーっつ!
物乞いの子供が、ガラスを擦り合わせたような悲鳴をあげて走りだした。
静かな湖畔に巨大な岩石を落としたみたいに、ざばーっと親衛隊の兵士たちが一斉に魔法使いの杖を構えた――杖の先端に炎の尻尾がちらっと見えた。ファイヤーの魔法で消し炭にするつもりだ。
「オレの描いた棒線を消させるわけにはいかないな」
グスタボが戦闘ドローンを馬車から射出して、機体後部の気筒から煙幕をばら撒いた。濃霧のごとく白煙が戦場を覆い隠して、急速に視界が悪くなる。
親衛隊は、悪くなった視界で攻撃魔法を放って同士討ちになることを恐れて、呪文詠唱を中断した。
その隙に、東征は煙幕を隠れみのにして敵陣の中央突破を狙う。通常の肉眼なら視界は真っ白でなにも見えない。だが探査モードを遺伝子探知に切り替えれば、三つ数える前に遺伝子登録してあった銀髪の人型が赤いフレームで表示された。
せっかくの煙幕を有効活用するために銃は使わない。刃物でサイレントキルを狙う。防弾コートの裏地から電磁ナイフを外してスイッチオン――刀身が振動してわずかに熱を帯びた。
足音を極力消して、呼吸も止めて、瞬きすら止めた。
一撃で殺してみせる。あの子を守るために。
岩をも切り裂く科学の刃物が、銀髪の喉元へ迫った。
だが銀髪は、こちらを見た――煙幕で視界がゼロになっているはずなのに。
「探査の魔法は高度でね。使い手が少ないのだよ」
探査の魔法――サイボーグの遺伝子探知と同じ効果。銀髪の視界では東征が魔力のフレームで強調されていた。
まるで盾を投げ飛ばすように銀髪は魔法障壁を展開――魔力で組まれた分厚い壁に電磁ナイフが激突。
パリっと焦げ臭い火花が散って、東征と銀髪の血走った目が交差した。
「口だけじゃないらしいな貴族さんよ」
至近距離で50口径をダブルタップ。二発の大口径弾が魔法障壁にぶつかって亀裂を走らせた。何発かぶちこめば割れる。シンジ・ムラカミのような強さはないということだ。
「貴族は厳しい修練を乗り越えて、初めて貴族と名乗れるのだ」
「だったらサイボーグの俺に殺されて死体って名乗りな」
「身分が上の相手にはひれ伏すのがルールだぞ、地球人よ」
サーベルがツバメの旋回のごとく踊って東征を切り刻もうとする。サイボーグの頑強な肉体なら生身の人間が操る剣が当たっても軽傷だろう――と、たかをくくろうとしたのだが、銀髪は普通じゃないので足元の瓦礫を拾って受け止めた。
すぱんっと瓦礫が真っ二つに切れた。
冷や汗をかきながらも、サーベルにエンチャントを示す紋章が刻まれていることに気づいた――今まで気づかなかったのは、刻まれた場所が柄の握る部分だから、戦闘中は見えにくいからだ。
銀髪が、ほぉと感嘆の声をあげた。
「普通のサイボーグだと、切れ味上昇のエンチャントに気づかないで死ぬのだが……お前は素直に褒めてやろう」
切れ味上昇のエンチャント――だからサーベルで瓦礫を切れたのか。
なんの工夫もなく堅いものを斬りつけたら刃はボロボロになる、という常識を知っている人物だと、あの隠れエンチャントの罠に引っかかるわけだ。
「エンチャントの内容をべらべら喋るなんて、ずいぶん余裕があるじゃないか」
東征は気合を入れなおした。銀髪は実戦慣れしている。サイボーグだって何人も殺してきたんだろう。
「お前ほど強ければ、たとえエンチャントの内容を語らずとも、二度と油断しないだろうからな」
銀髪が念じたら、魔法障壁が解除された。だが手品みたいに忽然と消えたのではない。ハチの群れのように魔力の欠片が飛散していた。
まさか魔法障壁にこんな使い方があるとは――東征はベタっと地面に這いつくばって、魔法障壁の欠片をやりすごした。
だが真上からサーベルの切っ先が落ちてくる。切れ味上昇のエンチャントが柄で輝いていた。
這いつくばった姿勢のまま、ぐるんって横回りに転がってよける。切っ先が追いかけてくる。だが転がりつづける。サーベルも突き刺しつづける。地面が刺し傷だらけになっていく。だが岩と瓦礫と樹木の根を同時に貫いたことで手元がズルっと滑って、ついに隙が生まれた。
反撃――手首の動きだけで狙いを定めて50口径を発砲――銀髪は横っとびで回避しつつ、サーベルを魔法の杖代わりにして、ファイヤーの魔法を発動。火炎放射器みたいに広がった真っ赤な炎が地上ごと東征を焼きつくそうと伸びていく。
しかし東征はあえて炎の海に真正面から飛びこんだ。防弾コートとソフトモヒカンの黒髪がチリチリ焦げる臭いをかぎながら引き金を引く。
驚愕した銀髪は魔法障壁の防御がやや遅れて、足を止めてしまった。
ここが勝負どころ。炎の海を走り抜けながら、弾切れになるまで連射・連射・連射。
膨大な数の大口径弾を受け止めきれず、ついに魔法障壁がガラスみたいに割れた。
最後の締め――拳銃の薬室に残っていたラスト一発を発砲――銀髪はサーベルで受け止めるが、刀身に亀裂が走り、エンチャントが輝きを失った。
「お前にも賞金がついてりゃよかったのに」
弾切れになってスライドオープンした50口径を、鈍器のように操って頭を砕きにいった。サイボーグの腕力ならスイカ割りみたいに一発で割れる。終焉だ。亀裂の走ったサーベルでは防御できないし、魔法障壁を張りなおすにも詠唱する時間がない。
「まだ死ぬわけにはいかんのだ」
バスンっと空気が破裂するような音で銀髪のブーツが爆ぜた――なんと足の指で引き金を引けるように改良した一発限りのショットガンが隠してあった。
「地球製の武器を暗器にしてたのかよ……!」
東征は小粒の散弾を右半身に受けて、踏みこみが遅れた。鈍器のように操った50口径が空を切る。
「この屈辱、絶対に忘れんぞ!」
銀髪は、脱兎のごとく逃げ出した。プライドのかたまりみたいなやつなのに、死にそうになったら清々しく逃げてしまう。あれはあれで強者の姿勢だ。裏の世界では最後まで生き残ったやつを強いと評するからだ。
――銀髪との戦いは勝利した。しかし、親衛隊との戦いは継続していた。彼らは旧市街地の貧民たちを“浄化”することを諦めていないらしく、可燃性の液体をまきはじめた。




