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最弱英雄の転生戦記  作者: 小夏雅彦
奔る怒りの炎
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謎多き甲冑は何を語るのか

 小気味のいい火薬の炸裂音が辺りに響いた。生きた人のいない空間に。

 アサルトライフルの銃口から放たれた、貫通力の高い弾丸が強固な鱗に覆われた、ドラゴンめいた怪物の皮膚に命中する。だが、それだけだ。怪物を傷つけることは出来なかった。


「こいつはいったい何なんだ? ライフルが通用しない《ナイトメアの軍勢》なんて!」


 上空からフローターキャノンが発射したビームがランドドラゴンに命中。続けざまに放たれた四つの光線も、余すことなくランドドラゴンに命中した。だが、それだけだ。ドラゴンの皮膚さえ傷つけることなく、ビームは消えた。ドラゴンが唸った。


「さすが……『共和国』騎士団を壊滅させただけはあるってことか?」


 ゴクリ、と尾上が生唾を飲み込んだのを合図にするように、ランドドラゴンが動いた。血煙を舞い上げながら、ドラゴンの姿が眼前から消えた。

 上か、反射的にそう判断し、尾上は飛んだ。同僚の死体の上を転がり、かろうじでランドドラゴンの攻撃を回避! 高速で飛翔、そして着地したランドドラゴンの拳が石畳に炸裂した。凄まじい威力が石をも砕き、そこに小さなクレーターを作った。破砕した小破片が榴散弾のように飛び散る。


「ぐうっ、こいつただのパワーバカじゃなく、とんでもない素早さだ……!」


 ランドドラゴンが一匹しかいないのは幸運だった。銃弾さえ通用しない怪物が複数体出てくるなど、悪夢としか思えない。尾上はライフルのトリガーを引いた。相変わらず弾丸が固い鱗を貫通することはないが、興味を引き付けることは出来たようだった。


(固い鱗状の皮膚は貫通できない。だが、蛇腹になっている部分ならばどうだ……!?)


 尾上は痛む左腕を強いて動かした。グレネードランチャーに弾丸を装填、弾丸めいた勢いで突進してきたランドドラゴンを半歩横にステップを踏んでかわし、追撃で放たれた振り払いをしゃがんで避ける。足のバネを使って跳び、ランドドラゴンと距離を取る。一撃一撃に対応するたびに、神経がすり減らされて行っているのが分かる。


 尾上はグレネードランチャーのトリガーを引いた。低速のグレネード弾を、ランドドラゴンは弾き飛ばそうとした。だが弾丸が爪先に当たった瞬間、けたたましい爆音と目を潰さんばかりの閃光が辺りに満たされた! 携行型照明弾、極星だ!


 至近距離でまともに閃光を受けたランドドラゴンは、苦しみ悶える!

 その隙に乗じて尾上は無防備になったランドドラゴンの腹部に向けて弾丸を放つ! バスバスバス、重い革袋を打つような音がしたかと思うと、ドラゴンの蛇腹に赤い点がいくつも穿たれる!


「よし、やはり鱗じゃない部分の防御力はそれほどじゃないみたいだな……!」


 喜んだのも束の間、ランドドラゴンは身の毛もよだつような凄まじい咆哮を上げた。尾上は反射的に飛びずさり、ランドドラゴンと距離を取った。ドラゴンの黄金の瞳が、尾上の姿を見た。瞳孔がシュっと収縮する。怒りを目で表しているようだった。


 ドラゴンの筋肉がバンプアップされる。熱蒸気を放っているようにさえ思えた。爪が内側に引っ込み、代わりにナックルのような形になった。


 そして、地を蹴った。ドラゴンが一瞬にして尾上に肉薄する、反応出来たのは幸運としか言えなかった。バックジャンプでかわそうとした尾上の腹に、重い一撃が叩き込まれた。

 尾上の体はワイヤーに引かれたように吹っ飛んで行き、集合住宅の壁に激突してようやく停止。着地点には蜘蛛巣状のクレーターが広がり、口からは吐瀉物が吐き出された。あまりの衝撃に得物を取り落す。


(人間の目で追うことさえ出来ない……? こんなの、ありかよ……!)


 あまりの衝撃に指一本動かすことが出来ない。取り落したライフルを拾おうとしたが、うまく行かなかった。リンドがフローターキャノンでドラゴンを牽制し、尾上の方に近付こうとした。だが、エリンに制止され停止。

 その眼前にもう一体のランドドラゴンが現れた。更に数体のランドドラゴンが広場に降り立ってきた。


(一体でも手に負えないっていうのに、こんなのが何体も出てくるのかよ……!?)


 もはや絶望的だ。ここから生きて出るヴィジョンが浮かんでこない。エリンがリンドの小さな体を、もっと小さな体で庇った。無慈悲にランドドラゴンが腕を振り上げる。


「――逃げろ、二人ともォーッ!」


 全身の力を振り絞り、尾上は叫んだ。だが、ランドドラゴンは止まらない。


 ガキン、という重い金属同士の衝突音がした。

 何が起こったのか、尾上には分からなかった。

 それを目の前で見ていたはずの二人にも、何が何だか分かっていなかった。


「あな、たは……」


 ランドドラゴンの鋭利な爪を受け止める、漆黒の甲冑があった。

 曲線を多用した攻撃的なデザインの鎧だ。特に両肩には天を突く牙のような突起がある。額から羽虫の触覚のように銀色の曲がった棒が二本突き出していた。

 顔に当たる部分は複雑に光を反射する深紅のクリスタルめいた素材で作られており、その上を剣道の面頬のように黒い格子が覆っている。

 ブレストプレートには広げられた天使の翼のような銀色の刻印が刻まれており、そこから両手足、頭に向かって銀色のラインが引かれている。まるでエネルギーラインか何かのようだった。


 特に奇妙なのは腰回りだ。鎖のようなベルトがついている。甲冑にも関わらず、だ。


 リンドの疑問に、漆黒の甲冑の人物は答えなかった。

 代わりに、ランドドラゴンが動いた。組み付いたランドドラゴンはもう片方の爪で甲冑の首を狙った。甲冑の人物は虚空を掴むような動作をした。

 すると、その手のうちに鎧と同じく黒い大剣が現れた。


「あれは、まさかデジョンブレード!?」


 エリンが叫んだ。

 虚空から現れたデジョンブレードはランドドラゴンの爪を受け止め、火花を散らした。漆黒の甲冑が膝蹴りを繰り出し、組み付いたドラゴンを引き剥がした。

 たたらを踏むドラゴンの柔腹に向かって、ブレードを振り下ろす。ランドドラゴンは悲鳴を上げた。鮮血のように、闇に包まれた空間に火花が散った。


 もう一体の爪を伸ばしたドラゴンが飛びかかって来る。自重で相手を押し潰す作戦なのだろう。生身の尾上には通用したが、だが甲冑の人物には全く通用しなかった。

 飛びかかって来るランドドラゴンを冷静に観察、落下に合わせてデジョンブレードの先端を突き込んだ。爪と腕のリーチに、ブレードが勝った。飛びかかってきたランドドラゴンは火花を上げながら元の位置まで吹っ飛んで行く。


 甲冑の人物は手元でデジョンブレードを一回転させた。すると、その鍔に埋め込まれていた赤い魔法石が輝いた。デジョンブレードが完全起動した合図だ。甲冑の人物は立ち上がってきたランドドラゴンの方向に向けて斬撃を繰り出した。

 距離にして軽く十五メートルは離れているが、デジョンブレードに対して物理的な距離はほとんど意味を持たない。ランドドラゴンの体にいくつもの斬撃が叩き込まれる。ランドドラゴンは爆発四散!


「あれはいったいなんだ……!? 僕たちの知らない《エクスグラスパー》か……!?」


 尾上は立ち上がろうとしたが、うまく行かなかった。這いつくばり、行方を見守る。


 吹き飛ばされたランドドラゴンはじりじりと後退し、漆黒の甲冑と距離を取った。

 甲冑の人物は自らの腰に手を当てた。バックルのようになっている部分から鉄のカードを取り出し、デジョンブレードにかざした。すると、羽根の刻印が光り輝き、銀色のラインに沿って右腕にエネルギーが送られる。そして、それはブレードに伝播していく。


 甲冑の人物は構えを取る。そして、大上段にデジョンブレードを振り上げ、振り下ろした。デジョンブレードの空間掌握能力が発動、一瞬にして甲冑の人物の体はランドドラゴンの近くに移動していた。もっとも攻撃を行うのに適した位置へと。


 驚愕するランドドラゴンに向かって、甲冑の人物は尚も力を放ち続けるデジョンブレードを振り上げた。返す刀で放たれた斬撃が、ランドドラゴンの固い鱗を真っ二つに切り裂いた。ランドドラゴンは爆発四散、破片が甲冑の人物に注ぐが意にも介さない!


「そんな、あの鱗を真っ二つにするほどの破壊力なんて……」


 驚愕する尾上の視界で一つの影が動いた。一回り大きくなり、爪を引っ込めたランドドラゴンだ。格闘態とでも言うべきか、威圧的なナックルフォームを取ったドラゴンは一瞬にして甲冑の人物に接近、分厚いブレストプレート目掛けてパンチを放った。

 凄まじいスピードで放たれた一撃が甲冑の人物を打った。火花が散り、たたらを踏み半歩後退する。あまりに強烈な威力だったのか、手に持ったデジョンブレードを取り落してしまう。


 好機を見たのか、格闘態のドラゴンは連撃を放つ。一撃一撃が強固な石畳を破壊する威力を持っている。甲冑の人物はランドドラゴンの攻撃をいなしながら後退する。


「ランドドラゴンの方も凄まじいが、あの甲冑の方もとんでもないぞ……!」


 あの甲冑はいったい何なのか? あれほどの力を持っているならば、なぜ今までの戦いに介入してこなかったのか? あれの正体を知るものは果たしているのだろうか?


 ドラゴンと甲冑の人物とが、がっぷりよつに噛み合う。ああなっては援護も撃てない、下手をすれば今は味方をしている甲冑の人物をも撃ってしまいかねないからだ。ランドドラゴンの力は凄まじく、甲冑の人物も徐々に押されているように見えた。だが。


 再び胸元の銀色のレリーフが輝き、今度は両腕に通う二本のラインを通ってエネルギーが移動する。掌まで進んだエネルギーはそこで停止し、腕全体に伝播していった。ランドドラゴンの腕が、甲冑の人物によって跳ね除けられる。


 甲冑の人物は打ち下ろすような形でジャブを放つ。重トラック正面衝突めいた音が辺りに鳴り響き、殴られたドラゴンが胸元を押さえながら後退した。

 隙を見せたドラゴンに向けて、甲冑の人物は渾身の力を込めたストレートパンチを放った。かろうじでランドドラゴンは防御のために腕を掲げたが、しかしそれには何の意味もなかったように見える。ドラゴンの体がワイヤーで引かれるようにして後方に吹き飛んで行ったのだ。


 吹き飛んだドラゴンは立ち上がろうともがくが、蓄積したダメージのせいかうまく行っていないようだった。甲冑の人物は再び腰のカードを引き抜き、そしてすぐに戻した。胸元のレリーフが一際強く輝き、エネルギーラインを通じて両足に力が収束していく。


 両足をそろえ、甲冑の人物は驚くほど高く飛んだ。立ち上がった格闘態のドラゴンは、天高く飛翔し、一直線に落ちて来る甲冑を見た。銀色のエネルギーが両足に集中し、夜空を切り裂く流星めいてランドドラゴンに向かって行く。


 ドラゴンの胸板に、甲冑の人物の両足が叩き込まれた。ドラゴンは水平に吹き飛んで行き、やがて爆発四散。甲冑の人物は打った反動で回転しながら優雅に着地した。


「待ってください、あなたはいったい誰なんですの……!?」


 ブレードを拾い上げようとした甲冑の人物に向かって、リンドが語り掛けた。


「その武器は、僕の姉さんが持っていたものなんです!

 僕の姉さんのことを……エルヴァ姉さんのことを、何かご存じなんですか!?」


 かつて失った姉と同じ武器を使う謎の人物に対して、姉弟は希望を込めて語りかけた。だが、甲冑の人物は黙して語ることはなかった。デジョンブレードを拾い上げ、虚空に向かって一閃。次の瞬間、甲冑の人物の姿は霧散していた。


「そんな……姉さん、もしかしてエルヴァ姉さんは」

「そんなはずはありませんわ。ない、はずなのですけれど……」


 顔を見合わせ、うつむく姉弟の下に尾上が向かって行った。


「あの武器、エルヴァくんが使っていたものだね。何か関係があるのかもしれないが」

「いまはそんなことを考えている場合ではありませんわ」


 リンドは気丈に言い切った。強いな、と尾上は思う。矢も楯もたまらず駆け出していっても不思議ではないと思ったからだ。尾上は呼吸を整えた。


「この様子じゃ、避難民の方も危ないだろう。北門に向かおう、向こうが一番……」


 そこまで行ったところで、轟音を三人は聞いた。

 慌てて振り返ると、街のシンボルである時計台が根元から折れているのが見えた。


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