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最弱英雄の転生戦記  作者: 小夏雅彦
帝国散華
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命を燃やして掴めるもの

 フォトンレイバーのトリガーを引く。全身に装甲が展開され、ブースターが作動する。

 これでは間に合わない。奴がトリガーを引き、銃弾が発射されるまで。アリカの脳髄を弾丸が砕くまで、一秒もかからない。口から垂れ流される叫びだって届きはしない。踊るように死を運ぶあの男は、ここでも同じように不幸を巻き起こしていくだろう。


 ――そんなものに従うのか?――

 ――ふざけるんじゃねえ――


 一瞬だって諦めてなるものか。全身のエネルギーを背中に集中させろ。どの瞬間よりも強く一歩踏み出せ。肩が砕けようが手を伸ばせ。弱気に囚われる前に。


 ――それを望むのならば、代償は大きい――

 ――それがいったいどうしたっていうんだ――


 明日がなくたっていい。泥に塗れたって、血に塗れたって、立ち上がることさえ出来なくなったっていい。だが、それでも、後悔に押し潰されながら生きるのはごめんだ。


 ――通行料を払ってもらおう。お前の命を――

 ――好きなだけ取っていきやがれ――


 背部スラスターがメキメキと音を立てて変質していく。二対だった噴射孔は六対に増えた。全身を覆う装甲が、空気抵抗を軽減する流線形に変わっていく。背中から放たれるのは、これまでとは比べ物にならないほど爆発的なエネルギーの奔流。

 それを持ってしても、完全とはいかなかった。鈍化した時間の中で、三石がトリガーを引くのが見えた。大気に波紋を作りながら、弾丸がアリカに向かって行く。突き飛ばすことは、もはや出来ない。俺に出来ることは、二人の間に割って入ることだけだ。


 甲高い金属音が、永遠に等しいと思えるほど長く俺の耳の中で響いた。俺の力は限界を迎えていた。一メートル進むたびに、装甲が風化し、生身の体が露出する。二人の間に割って入った時には、もうヘルメットの一部だけしか残っていなかった。その残った装甲が、銃弾とぶつかったのだ。

 崩壊しかけた装甲はダメージを完全に防ぐことが出来ず、弾丸の先端が俺の額を割った。頭蓋骨が砕けそうなほど凄まじい衝撃が俺に伝わってくる。


「させねえって、言ってんだろうが……三石ィィィッ!」


 倒れそうになる体を無理矢理引き起こす。左足で踏ん張り、一歩を踏み出す。割れた頭から零れ落ちた鮮血が、虚空で尾を引いた。俺と三石の額がぶつかり合った。

 三石がたたらを踏み、俺から離れていく。主観時間が加速し、全身を引き裂く様な痛みが俺に訪れる。たった一人の少女を救うために、俺に科せられた代償。


「……はは、痛い。超痛い。キミってすごいよね、僕の予想をいつも上回ってくる」


 三石が頭を押さえながら言った。その眼尻には大粒の涙が浮かんでいる。額に地が付いているように見えたが、恐らくあれは三石のものではないだろう。俺の血が奴の額に付着しただけだ。この世界に来て、奴に与えた一番大きなダメージだ。


「思った通りだよ、シドウくん。やはりキミは敵に回した方が面白い」

「吹かしてんじゃねえぞ、三石ィッ! 俺の前で、もう誰も手前に殺させやしねえ!」


 萎えかかった闘志を奮い立たせ、構えを取る。こいつが何かを奪おうというのならば、俺はそれを守り通す。三石は笑った。始めて嘲笑でない笑いを見た気がした。


「すごいガッツ。でも気を付けてね、シドウくん。僕だけじゃないからさ(・・・・・・・・・・)


 それはいったいどういう意味だ、そう問おうとした俺の体に、凄まじい力が加えられた。まるで上から押さえつけられているような、抗いきれない強大な力。その威力を受けているのは俺だけではない、立ち上がろうとした彼方くんも、アリカも同様だった。


「ご苦労、『兵』三石。よくぞアリカ皇女をこの場に押し止めてくれた」


 わざとらしいほど大きなカツン、カツンという音を立てて、一人の男がこの場に進入してきた。長髪の老人、俺は今朝この男を見た気がした。騎士を引き連れていた貴族の男。


「が、ガイウス叔父様……? これは、いったい、どういうことなんですか……!」


 叔父様? ということは、この男は皇帝家に連なる血筋の人間だということなのか?

 それならばなぜ、この男がテロリストたる三石と一緒にいる?

 答えは一つだけだ。


「そういう、事か……手前が、こいつらを城に引き入れたってことかよ……!」


 地面を突き立ち上がろうとしたが、すぐにより大きな力を加えられ這いつくばらされる。万力で押し潰されているようなプレッシャー、これがこの男の力なのか? 奴が手に嵌めている指輪やイヤリング、サークレットの宝石のどれかが魔法石なのか?


「口の利き方に気を付けたまえ。キミはいま世界の王の前にいるのだぞ?」

「武力で政権を簒奪したテロリスト風情が、言ってくれるな。笑っちまうぜ!」


 ガイウスを挑発する。ガイウスは不快そうに眉をひそめ、俺に手を振った。直後、俺にかかる力が強まる。このまま押し潰されてしまいそうな、凄まじい破壊力! だが不思議なことに、これを発生させているのが何なのかまるで見当がつかなかった。

 魔法石はその力を解放することによって、波動のようなものを辺りに放出する。フォトンレイバーを使った時も、御神さんの剣撃を見た時も、同じようなものを感じた。だがこの男からはいかなる力をも感じることが出来ない。ならば、こういうことなのか?


「まさか、あんた……あんたも、《エクスグラスパー》だってのか……!?」

「その通りだ、小さき旅人よ。いつ気付かれるかと思っていたが、意外と早かった」


 ガイウスは這いつくばる俺を嘲り笑いながら言った。気に入らない顔だ、飼い主とペットとは似ると言うが、どうやらそれは本当のことのようだ。『類は友を呼ぶ』とも言う。


「私がこの世界に召喚されたのは、いまから五十年ほど前のことだ。片田舎の農民に過ぎなかった私にとって、この世界に来れたことはまさしく天の采配と言っても過言ではなかった。しかも、私を拾ってくれたのはこの世界でも力のある皇家だったのでね」


 そう言いながら、ガイウスは悠然と歩く。彼の歩みに呼応するように、周りにあった調度品が砕けていく。空間に作用する力、重力か何かを操っているのか?


「向こうの世界で過ごした時間よりも、こちらの世界で過ごした時間の方が遥かに長い。私はこの世界に愛着があり、愛国心があるのだよ。分かるだろう、そういう気持ちは? この世界を愛しているからこそ、私はいまあるこの世界が許せないのだよ」


 ガイウスが俺の隣、正確に言うのならばアリカの眼前に立った。彼女の悲鳴が聞こえた。こいつが何をしようとしているのか分かる。確実に彼女を殺そうとしている。


「この世界は人間のために神から与えられた。なのに、なぜ人間でないものが人間のような顔をして歩いている? 私のいた世界では人間とそうでないものは分けられていたというのに。世界は歪んでしまっている、ゆえに正さなければならないのだ」

「人間じゃない、だと? まさか、アリカたちのことを言ってんじゃねえだろうな!」

「みんな、人間だ……! 同じ言葉を話して、同じことを考える人間だ!」

「面白いことを言うな、少年。ならばオウムも人間なのかね?」


 ガイウスは俺たちの反論を嘲笑い、屁理屈を捏ねる。オウムは言葉を返すだけだが、アリカは自分で考え、言葉を放っている。オウムとは違う。人間だ、確実に。


「何も私は彼女のことだけを言っているのではない。事なかれ主義で日々を無駄に浪費する人間、考えることもなく従う傀儡、人としての矜持を持たないものたち……彼らは人間ではない。ゆえに、私は人間の世界を取り戻すためにここに立っているのだ」

「お笑い種だな……! あんたの仲間にそういう知性があるとは思えないぜ!」

「愚かで卑小な人間もどきは吠えるのが好きなようだが、それで何が出来るのかね?」


 もはや興味を失った、とでも言うようにガイウスは会話を打ち切った。クソッタレ、論理性の欠片もないことを言いやがって。こいつの言う矜持とやらが何なのかは俺には分からないが、要するに『俺の気に入らない奴は全員死ね』と言っているのだ。根本的なところで、こいつは奴らと変わらない。こいつの言うところの人間未満の存在だ。


「世界を歪めるのが、他ならぬ『光』であるというところがお笑い種だ。ただの人間が神を名乗っていること自体が間違いなのだがね。もはや皇帝は取り返しのつかぬほど汚染されてしまっている。だからこそ、真なる神の使いである私がすべてを正すのだ」

「お父様とあなたは……友人だったのでしょう? それなのに、どうして!」


 アリカは懸命に勇気を振り絞り、ガイウスを糾弾した。

 彼は残念そうに首を振った。


「彼のことは本当に友人だと思っていた。友人だからこそ彼の腐敗が許せなかった。世界の理を歪め、神のもたらした真実を歪曲させようとする男が許せなかったのだ!」


 ガイウスがアリカに手を伸ばす。それを止めることは、もはや俺には出来ない。どれだけ願っても、一片の力とて俺には湧いてこない。結局時間を稼いだだけのことだった。


「博愛も平等も、まずは人間に与えるべきだったな。すべての人間を養うことも出来ないのに、それ以外のものに施しを与えることなど出来はしない。『帝国』は終わりかけていたのだ。私はこの国の命を、輝かしいうちに断ったに過ぎないのだ」

「止めろッ……! 手前、ふざけんじゃねえぞ……!」

「この世界を救うのは皇帝ではない。この私だ。私はすべての人を救って見せよう」


 何らかの正義感に突き動かされ、ガイウスはすべてを滅ぼす道を選んだ。誤った道を正す力は、俺には存在しない。ちっぽけな命を燃やしても、もはや何にも届きはしない。


 ガイウスの腕がアリカの頭に伸びる。だが、ガイウスは弾かれたように立ち上がり、その手を虚空にかざした。その手に吸い込まれるように、赤銅色の足が伸びて来た。


「まだ私の邪魔をするものがいるようだな、これは!」


 ガイウスが手をかざした空間がたわんだような気がした。だが、それでも蹴りの衝撃を逃がしきることが出来なかったのだろう、ガイウスは後方に跳んだ。老体とは思えないほどの跳躍距離、恐らくはこれにも能力を応用しているのだろう。

 それと同時に、俺たちにかかっていた力が弱くなった。完全になくなったわけではないが、しかし動けなくなるほどではない。俺はアリカを抱き起した。あの力を受けても、奇跡的に彼女は怪我一つ負っていないようだった。彼方くんも剣を杖代わりに立ち上がる。


「どうやら、間に合ったようだな。貴様らの思い通りにはさせんぞ」

 赤銅色の甲冑を纏った女性、ディスラプターが俺たちの前にいた。


「ディスラプター!? 何で、何であんたがこんなところにいるんだ!」

「関係はないだろう。アリカ皇女は無事だったようだな? よく守り切った。アポロの剣も無事なようで何よりだ。さて、悠長に話をしている暇はなさそうだ」


 ディスラプターは油断ならぬ構えを取った。ガイウスはこちらの様子を伺っているが、攻勢をかけてくることはないようだ。ディスラプターの動きを警戒しているのだろう。三石の方もニヤニヤと悪辣に嗤いながら、事の成り行きを見守っているようだった。


「この場は私に任せ、アリカ皇女と逃げろ」

「無茶だぜ、あんた! こいつら二人を相手に時間稼ぎなんて!」

「少なくとも怪我人と子供を背負って戦うよりはマシだ。さっさと行け、いましかない」


 悔しいがディスラプターの言う通りだった。彼女が作ってくれたこのチャンスを生かさなければ、俺たちは城から脱出することすら出来ないだろう。ここに兵士たちが現れれば、もはや脱出のチャンスはなくなってしまうのだから。俺はアリカの手を掴んだ。


「済まねえ、ディスラプター。感謝する。あんたも無理せず、さっさと逃げろよ!」


 俺は彼方くんに目配せし、踵を返して逃げ出した。一階からの脱出は不可能だ、テラスから降りるしかない。俺と彼方くんは同時に走り出した。同時に発砲音、動かない。


「おやおや、さすがに銃弾は止められるか。これだけ距離が離れると無理ですね」


 三石の呆れたような声が聞こえてきたが、俺は振り返らなかった。ガイウスが追撃を仕掛けて来なかったところを見ると、奴の能力射程もそれほど長くはないのだろう。


「貴様らの思い通りにはさせん。野望はこのディスラプターが挫く」


 曲がり角を曲がったあたりで、凄まじい戦闘音が聞こえて来た。俺は振り返らず、走った。ディスラプターがどうなっているかなど、もはや分からなかった。


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