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最弱英雄の転生戦記  作者: 小夏雅彦
黒猫は災厄と嗤う
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安穏一転/黒き竜の背に乗って

 俺は森というものをちょっと甘く見ていたのかもしれない。クロードさんを追いかけて来た俺は、そんなことを思った。何せ、どっちがどっちだか分からない。立木に阻まれ視界はまったく不透明、自分がどこに立っているのかすらすぐ分からなくなった。


「参ったなぁ、こんなところに来ちまって……すぐ戻った方がいいかもしれんな」


 いまならまだ引き返せる。多分。

 そんなことを考えると、足跡を見つけた。


 一つは比較的小さなもの、恐らく二十センチそこらだろう。俺たちがはいている靴のようなものではなく、どちらかと言えば草履のようなものに近いのではないだろうか。もう一つは二十七、八センチあるようなもので、これはスニーカーのようだった。


「こっちの小さいのが彼方の足跡で、大きいのがクロードさんの足跡、かな?」


 二つの足跡はほとんど重なるようになっている。彼方の足跡はすでに固まりかけているが、クロードさんものは柔らかい。つまり、クロードさんの足跡の方が後に出来たということの証左だろう。クロードさんも彼方くんを追いかけているのか?

 とにかく、俺も追いかけてみることにした。道なき道を行く、獣道すらない。いや、獣道があったらあったで困るか。この状態で獣に襲われたりしたら、多分死ぬ。


 しばらく歩いていると、急激に視界が開けた。

 小さな広場のようになっていた。


「おや、シドウくん。こんなところまで来るなんて、奇遇ですねぇ」

 そして、そこにはクロードさんと彼方くんの姿もあった。俺は頭を掻き近付いた。


「出来るだけ足音立てないように歩いたつもりなんすけど……やっぱバレますよね」

「おや、そうなんですか? 眠っていても聞こえるような大きな足音でしたよ?」


 やはり聞く人が聞けばそうなんだろうな、とは思っていたが、面と向かって言われるとやはり複雑な気分だ。いや、将来の夢は暗殺者とかじゃないから別にいいんだが。


「あれ、シドウさん? あれ、どうして……いつの間にここに来たんですか?」


 対照的に、彼方くんはしっかり驚いてくれた。いい子だな。


「温泉に入ってたら、クロードさんの姿が見えたからな。追いかけて来たんだ」

「危ないですよ? 狼も熊も出るんですから、一人で入っちゃダメですよ」


 やっぱり出るのか、野生動物。っていうか、熊って。


「そんならお前だって入っちゃダメだろ。一人でいるなんて危なすぎるぞ」

「僕はいいんですよ。この森のことなら、手に取るように分かるんですから」


 そう言って彼方は胸を張った。子供らしい全能感というか、万能感というか。こういうものを感じている時っていうのは、むしろ危ない時だって相場は決まっている。


「ったく、クロードさんも何か言ってやってくださいよ。危なっかしくてたまらねえ」

「まあまあ、いいじゃないですか。子供のお遊びですよ。外で遊ぶことも否定してしまっては、彼のような年代ではどうしていいのかも分からないでしょうからね」


 そう言ってクロードさんは彼方を弁護した。

 ついでに、一つの質問をした。


「ところで彼方くん。あそこにある剣、あれはいったいどのようなものなのでしょう?」


 そう言って、クロードさんは奥にあった岩場を指さした。目を凝らしてみると、そこには剣が突き刺さっているように見えた。石の剣が突き刺さるわけはないだろうから、そう言う風に作られたモニュメントなのだろう、という感じはするのだが。


「長老さんにも聞いてみたんですけど、そんなものは知らないって言われましたよ」

「へえ、見事なもんなのになぁ。観光名所になるかもしれないっすよね、クロードさん」

「こんな山奥まで入ってくのは大変ですし、村の方々もそれを許さないでしょう」


 クロードさんはあまり興味なさげにコメントした。確かに、この村の人々は朗らかだがどこか排他的というか、昔ながらの生活に固執している感がある。

 みんな苦しげな顔をしてやっているのに、それを守ろうとしている。奇妙なノスタルジアを感じるのだ。


「それはそうと、クロードさん。約束してたこと、忘れてないですよね?」


 彼方はクロードさんに向けて木刀を抜いた。

 どういうことなのだろうか?


「ああ。彼に剣を教えて差し上げることになっていたんですよ」

「なるほど。クロードさんは凄い剣客だからな。教わることは、たくさんあると思うぜ」


 そう言われて、彼方は疑問に思ったようだ。表情を固くした。なぜなら、いまのクロードさんは刀の一本も帯びていないのだから。不思議がるのも無理はない。


 と言うのも、クロードさんが使っていた大小二本の刀はナイトメア戦で消失してしまったのだ。それも、ナイトメアの攻撃によって破壊されただとか、そういうことではない。単に技の破壊力を前にして、刀の耐久力がそれに耐えきれなかったということなのだ。


 『綾花剣術奥義、月花繚乱』。俺はその太刀筋を追うどころか、いつクロードさんが刀を抜いたのかすら分からなかった。意識を研ぎ澄まし、その身を一振りの刀と成し、刀と呼吸を合わせ抜き放つ奥義。そう言われたが、原理はさっぱりだ。ともかく、その結果として生み出された威力はナイトメアの触手を両断し、刀をも自壊させたのだ。


「安物の数打ちでしたからね。致し方ありません。僕が未熟であることの証左ですよ」

「いやいや、あんなもん見せられて未熟だとか言われたら、俺の立つ瀬ないんすけど」

「考え方の違いですよ。それに、僕とキミとではキャリアに十年以上の差があるんです。キミだって、鍛えれば僕と同じことが出来るようになると思いますよ」


 そうなのだろうか。いくら鍛えたって、生身でドラゴンを吹き飛ばせるとは思えない。


「まあ、いいでしょう。ちょうどいい、二人同時に稽古をつけてあげましょう」

「お、そう言えば彼方くんとこっちに来たのは、この子に稽古をつけるために?」

「はい。クロードさんとは偶然出会ったんですけど、僕の剣を見てくれるって」


 彼方くんは嬉しそうに言った。手に持った木刀には年季が入っているが、しかし彼方くん自身はまだそれほど筋肉もついていない。恐らく他の人が使っていたのだろう。


「さて、それでは参りましょうか。基本的な筋力トレーニングから始めましょう」


 クロードさんの訓練は徹底的に基礎を鍛える。技を使うための土台を築き上げるためだという。理に適っている。俺たちは自らの体を追い込み、汗を流し、そして少しだけ乱取りをした。乱取りと言っても無手のクロードさんに一発とて当てることは出来なかった。俺と彼方くん、二人がかりでも、だ。目指す頂は遥か、遠いと思い知らされた。


 そんな風にして、俺たちは夜まで過ごした。結局クロードさんにはまたボロボロにされたが、しかし昨日体調の確認がてらやった乱取りよりはマシになったのではないだろうか。とりあえず、ヘロヘロになって拳を振り上げることすら出来ない、という状態ではない。練習の途中で紫色の炎が再燃し、彼方くんから隠すというハプニングはあったものの、俺たちはおおむね充実したトレーニングを行うことが出来たのだ。


■◆■◆■◆■◆■◆■◆■


 テントの中で眠っていた俺の耳に、風音が聞こえて来た。不自然に大きな音、俺は目を覚ました。すでにクロードさんも目を覚ましたようで、油断なく辺りを見回す。


「……気を付けてください、シドウくん。何かが、ここに来ている」

「ええ。雰囲気とか気配とか、分かりませんけど……何となく聞こえますよ」


 俺とクロードさんはテントから飛び出し、空を見た。

 そこには、ドラゴンがいた。


「あいつ、ここに来る時に襲ってきた奴の仲間かッ!」

「いえ、違うでしょうね。よく見て下さい、(あぶみ)のようなものが付いています」


 目を凝らしてみると、確かにそれらしいものが付いているように見えた。夜間、しかも上空で上手く見えなかったが、それだけを見ることが出来た。何故ならば、それは炎の明かりで照らされていたからだ。ドラゴンはゴンドラを吊り下げており、そこには多くのゴブリンやオークが乗っている! 鮨詰め状態だ!


「おいおい、どうなってんだあれ! ドラゴンを……足に使ってるってのか!」

「どうやらそのようですね。さしずめドラゴンキャリアーってところですかね」


 ドラゴンキャリアーは村に向かっている。幸い、あの火炎弾を発射する気配はないが、ドラゴンに運ばれた《ナイトメアの軍勢》が村に展開すれば大惨事になるだろう。


 俺は足元にあった金属カップを手に取り、スプーンで何度も叩いた。鐘の音に誘われ、船員や村の大工たちが起き上がる。最初は不満げな言葉を発していたが、空に展開しているドラゴンキャリアーを見ると、すぐにその重大性を理解したようだった。


「なんじゃぁ!? あんなもの、ワシはいままで見たことがないぞォーッ!」

「そりゃそうでしょ。僕だってこんなの見たのは一度っきりさ……!」


 どうやら、《ナイトメアの軍勢》の専門家にしても珍しいものらしい。


「あの化け物が村に向かっていることは明白です。村人を守らなければなりません」

「賛成だ。村がやられたら、次はどうせこっちに来る。少しでも数を減らそう」


 尾上さんは銃を取り出し、向かおうとしたが、クロードさんがそれを制した。


「船もまた、守らなければならないものの一つです。尾上さん、あなたはここに残って船長さんたちと一緒に村を守ってください。トリシャさんも、お願いします」

「この手の防衛線は得意だ。任せておいてくれ」

「僕とシドウくんは村に向かいます。シドウくん、準備はいいですね?」

「ああ! 村にはエリンやリンドだっているんだ、あいつらの好きにはさせねえ!」


 俺は拳を打ち鳴らし、クロードさんの言葉に応じた。数日前まではこれをやっただけで全身が痛んだのだが、不思議なものだ。もはや痛みも何もまるでない。

 俺とクロードさんは村に向かって走り出した。


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