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最弱英雄の転生戦記  作者: 小夏雅彦
黒猫は災厄と嗤う
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温泉でいったい何が明らかになるのか

 翌日。

 冷たく吹きすさぶ隙間風で俺は目を覚ました。隣で寝ていたクロードさんは、もう起きているようだった。震える体をさすりながら、俺も起き上がった。村の大工さんと船の工作担当員、それから尾上さんがせわしなく動き回っていた。


「おはようございます。船の調子、どうなってますか?」

「調子はいいよ。このまま行けば、明日にはカウラント島から脱出出来るだろう」


 そりゃよかった。機関部をやられて救援が来るまでこの島から脱出できません、なんて言われたらどうしようかと思っていたところだ。脱出のめどが立っているならば、ある程度希望が持てるだろう。俺は辺りを見回す。

 トリシャさんとクロードさんの姿がない。


「あの、尾上さん。お二人がどこに行ったかって、分かりますか?」

「クロードくんもトリシャくんも、村の方に行ったみたいだね。

 キミも行ってみたらどうだい? あの彼方くんって子、この村でただ一人の若者みたいだからさぁ」


 確かに、と俺は思った。昨日見た人も、ここにいる人々も、みんな少なくとも四十はくだらない年齢の方々だろう。農村部の高齢化は深刻化していると聞いてたが、まさか異世界でも同じような状況だとは。やはり若者は都会の光に惹かれるのだろうか。


「そうじゃな。彼方には同じ年代の友達がおらん。

 あんたがいてくれりゃあ、少しはあの子の孤独も癒されるんじゃあないじゃろうか……」


 大工さんが手を止めて、俺たちの会話に加わって来た。彼らも彼方くんの境遇について、何か思うところがあるようだった。ついでに、俺は質問した。


「あの、彼方くんの御両親ってどんな方だってんですか?

 あの子が小さい時に、ご両親が亡くなったって、あの子からは聞いていたんですけど」


 老人の眉がピクリ、と動いた。聞いてはいけないことを聞いてしまったのだろうか。


「あの子の母親はこの村で生まれてなぁ。ワシらと同年代じゃ。器量よしじゃなかったが気立てがよくてな。いい嫁さんになるって、みんなで言っていたもんよ。それが五年前の冬、行商が持ってきた流行り病でぽっくり逝っちまった。残念なことだよ」


 老人はかぶりを振ったが、俺の質問には半分しか答えていない。きっと、それが答えたくないことなのだろう。努めて俺の質問を忘れようとしているようだった。


「すいません、立ち入ったこと聞いちゃって。俺、行ってきますね」


 だから俺はそこで会話を打ち切った。老人に一礼し、反転。村へと歩いて行った。背後で老人が被っていた帽子を取り、手を振っているのが見えた。俺も手を上げた。

 あまり話題にしたがらないということは、彼方くんの父親はこの島の住人ではないのだろうか。ふらりと立ち寄ってきた旅人と恋に落ち、一夜の過ちを犯してしまった?

 昔図書館で呼んだ、古いロマンス小説のような展開だ。有り得ないことではないだろう。あの絵に描かれていた姿、もしかしたらやんごとなき血筋の人なのかもしれない。

 それこそ、母親がその人を追いかけてはいけないくらい、高貴な人だったのかも。


 そんな下らないことを考えながら歩いていると、すぐに村に到着した。相変わらずのどかな山村の風景、といった感じだ。この間来たときは宵の帳が落ちかけていたが、朝っぱらに来てみるとまた別の顔を覗かせる。人々はせわしなく動き回り、乳牛と思しきものたちの鳴き声が静寂の中に木霊した。

 何となく、いい雰囲気だなと俺は思った。


「あら、あんた……確かシドウだったわね。どうしたのよ、こんなところに」


 不意に声がかけられ、ビクリとした。普通の相手だったのならばここまで過剰な反応は取らなかったかもしれないが、相手が相手だ。すなわち、花村静音。


「あ、ああ。おはようございます、静音さん。いや、やることないんでちょっと……」

「ブラリと来たってこと? 船の修理でも手伝ってりゃいいのに……」


 静音さんは呆れたように息を吐いた。

 失礼な、俺だって勤労奉仕の精神くらいはある。命に直結する問題なのだから当然だ。しかし手伝おうとしたけれども『むしろ邪魔になるからあっち行っててくれ』と言われたのだから仕方があるまい。

 こうなっては、俺に出来ることはテントでふて寝をしているか散歩をしているくらいしかないだろう。


「エリンとリンドのこと、重ね重ねありがとうございます」

「いいって言ってるでしょ? それに、あの子たちを泊めようって言ったのは彼方よ」


 しかし、そんなことを言っても仕方がない。俺は謝意を表して誤魔化した。


「あれ、そう言えば彼方くんってどこに? 一緒じゃないんですか?」

「四六時中一緒ってわけじゃないわよ。オトメニウムの補給は昨日終わったしね」

「……オトメニウム?」


 とても彼女の口から出て来るとは思えない言葉だ。っていうかオトメニウムってなんだ。そんな怪しげな鉱石が、この島のどこにあるというのだろうか。


「オトメニウムはキュンキュンした時に生まれて来るわ。彼方との接触で充填されたの」


 弟に会ってキュンキュンするのは、姉として、人としてどうなのだろうか。


「まあそれはともかく……彼方だったらいまは温泉じゃないかしら?」

「えっ、この島にも温泉ってあるんですか? ああ、そう言えばあの双子山……」

「ええ。あの双子山がお湯を沸かしてくれているって言われているわ。温泉って言っても、この島の人間だけが利用する公衆浴場みたいな感じだけどね」


 そう言って、静音さんは山間を指さした。

 舗装されていないが、ならされた道がある。


「あそこを真っ直ぐ昇っていけば、温泉よ。まだ帰ってないからあそこでしょ」

「ふうん、まあ別に探しているわけじゃなかったんだが……温泉があるなら話は別だ」


 ここのところ、連戦に次ぐ連戦ですっかり体はボロボロになっている。傷だらけの体に温泉がいいのかは分からないが、疲れを取ることくらいは出来るだろう。


「ありがとうございます、静音さん。その温泉って俺も使えるんですか?」

「そうじゃなきゃ、紹介したりしないわよ。いまの時間なら誰でも入れるわ」


 俺はもう一度静音さんに礼を言って、もう一度反転。着替えを持って直行した。


「おッ……うぉぉっ……なんていうか、意外と、いいなこれ……」


 田舎温泉ということで、それほど期待はしていなかった。だが、それは絶景と言えるものだった。目の前に広がるのは、雄大な山々。それを、少し小高い丘にある温泉が見下ろすような形になっているのだ。

 素焼きされた木の板が男湯と女湯を隔てている以外は、この景色を遮るものは何もない。ゴツゴツとした石を乱雑に積み上げて作られた湯船も、どこか風流な感じがあった。


 俺は恐る恐る、湯に浸かった。

 包帯を取り、一応生傷が残っていないのを確認したが、どうやらそれはなかったようだ。俺の再生能力に感謝だ。温泉の湯は傷に染みる。


「はぁ……いい湯だな……なんか、このまま溶けてなくなっちまそうだ……」


 タオルを畳み、頭の上に置く。温泉のベーシックなマナーだ。胴体を湯に沈め、肩から上は外に出し、岩肌を台にして置く。完全なるリラックス姿勢だ。思い返せば、こんな格好をしたのはいつ以来のことだろうか。少なくともこの世界では一度もない。


「はぁ……世界ってのはこんなにも美しいのに、何で争いはなくならねえんだろうな」


 こうしてリラックスしていると、普段考えないことまで考えてしまう。分かっている。この美しい世界でも足りないものがたくさんあって、人々はそれを巡って争っている。充足することのない人間の性というものが、そこにはあるような気がした。


「世界を救うとか、大それたことは言えねえけど……せめて俺は、この手で……」


 太陽を掌に透かして見た。

 この手で掴み取れるものなんて、本当にあるのだろうか。


 そんなことを考えていると、ガラリと扉が開いた。

 スライド式のドアで、これもまた風流だ。そう言えば、見渡してみても彼方くんがいない。いまここにいるのは俺一人だ。もしかしたら、入れ違いになってしまったのか、と思ったが。


(もしかしたら、いま入って来たのが彼方くんなのかもしれないな……)


 彼方くんだって、この村でやることがあるのだ。俺のように日がな一日ぶらぶらしているわけではない、勤労少年なのだ。考えると虚しくなるので、ここで止めることにする。


「わぁ、凄い……こんなところが、この世界にはあったんだなぁ……」


 ……あれ? 背後から聞こえて来たのは、俺がよく知っている声だった。ここに来て聞いた、とかじゃない。この世界で一番長く聞いて来た声だ。

 白魚のような、透き通るように白い足が俺の隣に現れた。それは、優美な波紋を作って湯船に吸い込まれて行った。やがて、タオルに隠された体が湯に浸かった。


「……あれ? シドウさん? シドウさんもお風呂に入りに来たんですか?」


 それは紛れもなく。花村家の世話になっていたエリンだった。


「……エリン? あの、何で、こんなところにいるんだ……?」

「え? 彼方くんからここのことを聞いたんです。ボク、お風呂って大好きなんです」


 エリンは屈託のない笑顔でそんなことを言った。聞きたいことは、そんなことじゃない。いや、だが、しかし。待て。

 エリンの一人称は『ボク』だ。男の子なのか?


 いや、女の子でも『ボク』と言う一人称を使う子がいると聞いたことがある。しかし、エリンはそんな男勝りな性格ではない。では、いったいどういうことなのか?


 ……確かめる手段は一つしかない。

 しかし、本当にそれを確かめていいのか?


「……エリン。湯船の中にタオルを入れるのは、マナー違反だぞ?」


 だが、俺は意を決して確かめることにした。

 あくまで『風呂でのマナーを教える』と言う体は崩さない。それを意識して、少しぎこちない感じになったのかもしれないが。


「え? そうなんですか? トリシャさんと一緒に入った時は言われなかったけど……」

「はっはっは、それは彼女の国でそういうマナーがないからかもしれないな。俺の国では風呂で泳ぐことと風呂の中にタオルを入れることは決して許されていないんだ」

「泳いじゃいけないなんて、不思議なルールですね。そんな大きなお風呂があるんだ」


 エリンは俺の忠告を素直に受け止め、体を覆っていたタオルを外した。そして、石畳の上でそれを絞った。非力なエリンはそれに苦労しているようで、時間がかかっていた。

 その間に、俺はこの少年についての、すべてのことを悟った。


 エリン=コギトは男の子だったのだ。


 まあ、こうなってしまえばもう怯むこともない。

 大変自然な構図なのだから。


「エリン、貸してみろよ。絞ってやるからさ」

「あはは、ありがとうございます。ボク、こういうの苦手なんですよね」


 エリンは俺にタオルを差し出し、そしてそれを俺は受け取った。指と指とが会う瞬間、ちょっとドキッとした。とても男の子とは思えない顔つき、体つきをしていたから。


「あー……それにしてもエリン。風呂でもそれ、外さないんだな?」


 俺はあえて話を逸らそうとするように、エリンに話しかけた。元々疑問に思っていたので、ちょうどいい。エリンはいつも着けているバレッタを、いまも着けているのだ。


「はい。サードアイの発動体だから、姉さんに外さないようにって言われてるんです」

「発動体? それがないとサードアイは出てこない、っていうか、それがサードアイか」

「そうですね。サードアイを生成するための呪式がここに入っていると言われています」


 エリンは自分の頭に着けた琥珀色のバレッタ、サードアイを撫でた。サードアイ本体は気持ちが悪いが、発動体であるバレッタは綺麗だ。なぜこの路線を維持出来ないのか。


「グラーディは酷い人でしたけど……ボクが手に入れたこれには感謝したいです」

「本当なら、こんなものを使わないでいられれば一番いいんだけどな……」


 エリンはその力がみんなの役に立てることを喜んでいるのかもしれないが、俺は複雑な気分だ。どのような手段で手に入れたのかは知らないが、グラーディがサードアイやフローターキャノン、デジョンブレードを使っていて何かをしようとしてたのは確かだ。


「そう言えば……それどこで手に入れたんだ? グラーディが着けるとは思えないし」

「脱出の時、ちょっと拝借してきたんです。ボクがあそこで目を覚ましたのは三か月前、その間にも施設の中を何度も行き来していたので、内部の構造も、どこになにがあるのかもだいたい理解していたんです。それを使って、盗み出したんですよ」


 ということは、リンドとエルヴァに与えられたあれは追跡用に装備させられたのか。少年少女を兵器のように扱うグラーディの非道。そこまでさせたのはなんだ?


「そう言えばエリン、彼方くんって一緒じゃないのか?」

「ボクより前に出て行ったから、見てませんね。すれ違ってもいませんし……ああ、そう言えば特訓する、って言ってましたよ。どこに行ったのかは……」

「いや、それだけ分かればいいよ。ありがとう、エリン。それにしても特訓ねぇ……」


 何の気なしに、俺は眼下の森を眺めてみる。

 すると、クロードさんが歩いていた。


「あれ、クロードさん。あんなところでいったい何をしてるんだ?」

「どうしたんでしょうねぇ。でも、多才な方ですから、村の人から何か頼まれごとかも」


 確かにクロードさんは何でも出来る。三百年後の火星から来たはずなのに、狩猟も出来れば馬にも乗れる。もしかしたら電子機器の取り扱いにも慣れているのかもしれない。

 未来人って凄い。もしかしたら未来は狩りをしなきゃ生きていけないのだろうか。


「ちょっと行ってくるかな……エリン、それじゃあまた明日な。明日になったら船も直ってるらしいから、そうなればこの島から出ることが出来るようになるぞ」

「そうなんですか? なんだかちょっと名残惜しい気もしますけど……仕方ないですね」


 確かにその通り、名残惜しい。もし、二人に掛けられた呪いが解除されたのならば、ここにもう一度来てみるのもいいかもしれない。そんなことを考えながら、俺は風呂から上がった。

 太陽はまだ東に傾いている。昼はまだ長いのだろうな、と思った。


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