第71話 急襲:王都炎上2
「誰か居ないか!王都が燃えて……!? お、お前は」
応援を呼ぼうと、ギルドの扉を開けるとそこに居たのは、煌く銀の鎧に身を包んだ美女。形容する言葉が出てこない、それほどまでに完成された美。長い金髪は外から入る炎の灯りで一本一本が輝いているように見え、手には見事な装飾が施された長剣を握っていて、青い瞳は静かに俺を見ている。
「お久しぶりですね。マコト、こんな形で貴方と再会するなんて思っても見ませんでした。あれから約十年貴方は変わりませんね?別れた時のまま、本当に変わっていない。やはり早く殺しておけば良かった、そうすればこんな事にならなくて済んだのに」
「勇者……アレシア?なんで……なんで成長しているんだ?……俺達旅行者は成長が止まる筈……」
「成長?ああ、やはり判っていないのですね。旅行者というのは貴方が勝手にそう自称しているだけ、成る程。強運なのか馬鹿なのか、どちらでも構いません貴方の役目はここで終わりですよ」
ニッコリと笑うその笑顔は、昔の彼女そのものだった。急に距離を詰めて剣を振るわれたので、急いで反応する、鞘で剣戟を止めようとすると、横から爆発に巻き込まれた。
---- ドーーンッ ----
「ぐああああっ!魔法?誰だ!?」
「ああ、さすがと言えばいいのかしら?まともに当たったはずなんだけど、挨拶代わりよ。私も久しぶりと言えばいいのね。マコト、アレシアの言う通り本当に歳を取らないのね?どんな作りなのかしら、終わったら解剖させてね」
黒いローブに黒い帽子。帽子を取れば黒髪は短く、茶色の瞳は真っ直ぐに俺を見ている。背は然程高くない線も少し細く小さな少女がそのまま大きくなったようで、彼女もまた美人だ。激痛が走る脇腹を抱え、フラフラと立ち上がる。
「ミ……ミラか?お前まで……勇者パーティーの一員か?」
となれば恐らく彼女もいるはずだ。慈悲の心の持ち主で分け隔てなく接する心の持ち主。
「主よ、光よ、彼のものに癒しを。上級治癒魔法」
脇の痛みが急激引いていく。これが上級魔法……その気になれば瀕死の状態でも治癒してしまいそうだ。暗闇向かって声を出す。確実にこの奥にいるであろう彼女に向かって。
「凄いな。上級魔法まで使えるなんて、君も俺の敵になるのか?リース」
暗い場所から姿を見せたのは、やはり純白の聖女。見たことも無い白いローブには金の刺繍が施されており法衣といったところか、銀色に輝く杖の先端は金色の円形で中心には十字架があり杖というよりは、聖杖か。服の下からはルシアにも似た大きな胸、少しふっくらしたような気がするが、それでもその美しさは並みじゃない。
「敵になるかはマコトさん次第です、どうか投降を。ですが、それ相応の罰は受けて頂く事になります」
そんな悲しそうな目で見ないで欲しい。それに投降するほど悪い事をした覚えも無い。
「悪いな。投降をするほど何か仕出かしたとも思えない。よって答えは投降しないだ。それに今の王都の状態をそのままにしておくのが勇者なのか?早く何とかしないと焼け落ちて住民が死ぬぞ!?」
「安心してください。現在王都にいるのは亜人のみです。彼らが死のうが困る人間は居ませんよ」
後ろから剣を突きつきられているのが判る。聞いたことも無い男の声、この男が天啓の勇者に選ばれたという王子様か。腰の刀から手を離し両手を上に挙げる。
「亜人だって人だろう?死んで困る奴だっているだろ、親兄弟、恋人だっているかもしれない。勇者ってのは万人を救う者じゃないのか?」
「そうだね。その通りだよ、但し……どんな事にも例外があるのは知っているよね?この場合の例外は……言わなくてもわかるよね?勇者の騎士なのだから」
声の感じから爽やかな好青年といった雰囲気だが、本当に勇者なのか?亜人だから死んでも構わない、人間じゃないからどうなっても構わない、そう言うのか。
「そうかい。俺は勇者でも、勇者のパーティーメンバーでもない。亜人に組する事で、人間じゃないと言われるなら、それでいい。俺は一人でも多くの亜人を助けるぞ!例え勇者と戦う事になってもだ!」
言い終わる前にしゃがみ込み背後の勇者に足払いをかける。上手く行った様で後方に大きく跳び、体勢を立て直すと悲鳴の聞こえる方向へ走り出す。至る所から聞こえる悲鳴、何処から行っていいのか判らないが夢魔達もいる、近い方向へと全力で走り出す。
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「すまない。油断したよ、しかしアレが君の言っていた騎士かい?とてもじゃないがそういう風には見えなかった」
「そうね。色々とこの世界に馴染んでいないのかもね、聞いたでしょ?今やアイツは私たちの敵、ミラと私はアイツの後を追うわ。オリアンとリースは北から回り込んで。強さはそれなりだけど、落ち着いて戦えば強敵とは言えない程度の相手よ」
二手に分かれて彼の後を追う。やっぱりなにも判っていない、ならば今のうちに始末してしまおう。変に目覚められても厄介だ。もし、彼に全てを話したら解ってもらえるのかな?理解を示してくれるのだろうか?そんな事はない。彼がこの世界に来た以上戦う事は必然なんだ。あの女神の加護を受けていられるのは常に一人だけなのだから……
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「うおおおおおお!」
---- ドガッ ----
走った勢いをそのままに倒れてきた柱を蹴り飛ばす。良かった。家族が下敷きになる所だった、父親が母と子供を庇っている光景は少なからず共感出来るものがある。
「何処に逃げればいいか、わかるか?」
「あ……あんたは人間だろ?なんで俺達を助けるんだ」
「そうだけど、今はそうじゃない、亜人を助けるのに人間って言う枷があるなら、そんなものはいらない。俺は人間じゃなくて良い。どうなんだ?逃げる場所が解るのか?」
怖い思いをして動けないのもわかる、だが今はそんな事を言っている場合じゃない。母と子供もだんだんと涙目になってくる、勇者達も追ってくるはずだ、急がないと……父親の胸倉を掴んで強引に立たせる。
「父親だろ!お前がしっかりしないでどうするんだ!お前が家族を守らなくて誰が守るんだ!子供も見ているんだ、格好いいトコ見せてやれよ?な?」
「何かあれば、王宮の東へ行けと言われている。そこへ向かう」
父親の目に光が戻ってくる。そうだ、父親は家族を守らなきゃな。王宮の東と言えば、俺達が転移した来たところだ。だが……誰もいなかったらどうする?いや、リグハルトがいるのか?
「俺は他の逃げ遅れたヤツのところへ行く。いいか?死ぬなよ!生きてまた会おう!」
今は一人でも多く助けなければ、急ぎ走り出そうとすると、服の袖を引っ張る手に気付く。
「おじちゃん……ありがと……だけど、パパをいじめないで……」
目には涙を浮かべ、今にも泣き出してしまいそうな掠れ声ではあるが、家族を守ろうとする小さな勇者がいた。
「おじ……お兄ちゃんな?……お前のパパは強い、なんといっても崩れ落ちる柱から守ろうとしたんだ。俺はその手伝いをしただけ、また会えたらパパにごめんなさいって謝るから今は手を離してくれないか?」
ニッコリと笑う顔は、どこか娘を思い出させる。軽く頭を撫でると嬉しそうに笑ってくれる。父親の肩に手を乗せる。
「いい子じゃないか、死なせるなよ。言ったとおり謝罪はまた会えたらな?それじゃ」
急ぎ別の方向へ向かう。来たほうへ戻るのは得策じゃないと考えて足を止めてしまった。右方向から魔力を感じ、正面に捉えると巨大な火球がこちらへ飛んでくる!避ければあの家族に当たってしまう、雹炎の剣も無いし、龍皇の道着でもない。まともに当たれば致命傷どころじゃないが……
……何でもいい、俺に出来る事は何か無いのか?人間に助ける術が無いのなら、それもいらない、何とかしろよ!異世界を渡って獲た力はこんなものか?違うだろう!何とかしろよ影神誠!……
(……い……お……い……おい!やっと届いたか。少しだけ気付いたのかな?時間も無いこの私が力を貸してあげよう)
なんだ?声が聞こえた、外からじゃない。内側から?直接頭の中に響くような、それにこの声は……
「葵依さん?彼女がこんなトコにいるわけが無い!クソッ!魔法耐性があるって言っていたよな?信じているぞ!シュベルト!」
火球を受けきる為に両手を広げ、少しでも衝撃を和らげる為全身の魔力を集中させる。
(違うだろ?君はいつも聞こえない振りばかりしているからな、私の流派はそうだっけ?違うだろ?影神君。やっと届いたんだ、少しは言うとおりに動きなよ、そう、それでいい。さぁ見せてやろうじゃないか)
無意識に体が動く。全身の力が抜けていき、左足を引き右手は鞘に乗せ軽く握る。腰を捻り半身に構える。
刀を抜き、切っ先は上を向ける。刀の棟に火球が当たる瞬間を見極める。何度も見た、何度も教えてもらった、それでも出来なかった、才能がないと諦めていた。だけど今、この瞬間だけは俺の中に葵依さんが居て一緒に技を放つんだ、出来ないはずがない。
「神坂流剣術:鏡面写」
当たる瞬間に少しだけ刀を引き、方向を変える。そのまま刀を回し棟に沿って火球を移動させ撃ってきた方向へ撃ち返す。
撃ち返した火球が弾けると、土煙が上がる。今のうちだ!見れば左側に路地がある、そちらへ走り逃げ遅れた亜人の救助へ急ぐ。




