第70話 急襲:王都炎上
リグハルトから激励を受け、再度訓練を再開したは良いが相変わらず何も掴めないでいる。出立は今日の日が落ちる頃なので時間もない。
「何が違うのかな……切欠があっても気づかないのなら手の打ち所がない。自分を見つめ直すねぇ……俺に足りないものは幾らでもあるけど、逆に俺の長所を思えば良いのか?」
簡単に思い付けば苦労はないよな。そういえばリグハルトの幻惑を見破ったし、勇者すら騙せた魔法を見破るなら……どうなるんだよ。ん?怪我は多いが、俺は今まで旅行者になってから病気をしていないよな?状態異常にならないのかも……魅了も通用しないって言ってたし。……で、どうなるんだよ。
「やっぱり判らない。答えを教えてもらう訳には行かないのかね?だけどこういうのは自分で気が付かないとダメなんだよな……」
エアルゥに始まり、魔王やシュベルト、リグハルト、それに龍王、様々な人にヒントを貰ったんだ。答えまで甘えていちゃこれから先が思いやられる。続くかどうか判らない旅だけど、最後は笑って終わりたい。ヒントを元に考えよう。
自分を見つめなおす……とっくにやってる。
気付かないけど、剣と盾を持っている……気付かないのにどうやって認識するんだ?
…………
……
ん?待てよ?認識できない……どっかで聞いたことある設定だよな……そうか!記憶のカケラだ!これは適合者にしか認識できない、それ以外の者が見つけてもそこらに落ちている石程度にしか思わない……だけど俺は記憶のカケラを持っているし、今もこうしてここにある。……もうちょっとなんだけど、何かを見落としている気がする。
「如何ですか?何か掴めましたか?」
気が付けば日も傾きかけていて、残念だが時間切れのようだ。大きな荷物も持ったリグハルトが立っている。
「いや……だけど少しだけ前進したと思います。それで、その手に持っているのは?」
「そうですか……しかし前進が見られたのなら良い傾向です。戦闘中でないと判らない事もあるかもしれませんし。これは私達のプレゼントですよ、勇者一行と対峙するのに、その格好と鉄剣では話にならないでしょう?」
長い包みを受け取り、開けてみると黒い鞘に収まった一振りの剣だ。しかしこの鍔や柄の形は……
「やっぱり……刀だ。刀があるのですか?」
抜いてみれば綺麗な片刃で刃文もしっかりと付いているし、切っ先も鋭く光っている。
「宝物庫というのがありましてね。その中にあったものです、剣鬼という一族が献上した物ですからそれなり役に立つと思いますよ。言ってしまえば、宝物庫に入る許可を出したのは、魔王様です。そしてこれはシュベルト君からです。魔力の多い魔物から抽出した糸を使い、新しく魔国に加わった一族が編み上げた物で軽く丈夫で、魔法耐性があるとか。その格好よりは大分マシですよ」
渡された服は、確かに魔力を感じるし伸ばしてみても丈夫そうに見える。さすが魔王城そんな素材もあるのか。着替えてみれば、髪は黒、服も黒、鞘も黒、贅沢は言わないがもう少し色に気を使って欲しい……
「そして、龍王からは言伝を預かっています」
「それは?」
「力を示せ、聖母龍に認められし力を示せ、答えはお前の中にある。イヴリアの言葉を思い出せ……だそうです、私には判りませんが、きっと貴方の目覚めを待っているのでしょう。獣王からも、戻ってきたときに大切なモノを預ける。だから戻って来いと」
力を示せ……か、そう言えばエアルゥのときもそうだったな。でもあの時は戦うなんてことはし無かったよな、できたらもう少し考えたい所ではあるが、それは無理な相談だろう。
「そして!これが、私からの品です。怨叫の小手と言いまして、衝撃を受けたら怨みを叫び相手を怯ませる物です。その声がまた絶望と破滅を体現するかのような素晴らしいものです」
一際大きくリアクションした後に出された小手は、禍々しくとても正気を保っていられる物じゃないのが一目で判る。
「これ、呪われているとかないですか?というか呪われてますよね?必要ありません」
「おやおや、お気に召しませんでしたか?ではこちらのマントをどうぞ。行動は夜ですのでこれなら闇に溶け込むことができます」
マント自体は至って普通に見えるが、これも黒、本当に闇と同化しそうだ。
「よくお似合いです!さながら魔王の騎士といったところでしょうか、いっそ魔王様の配下に加わっては如何ですか?今答える必要はありません。この任務が終わりってからでも結構ですよ」
一応勇者の騎士なんだがな。
「それで、俺は勇者と何処で戦うのですか?」
「そうですね。説明が必要ですよね、ではまず出立の場所へ行きましょう。私の配下も待っています」
リグハルトの後をついて行く。腰に下げた刀を見れば最初の世界で出会った彼女を思い出す。居合や抜刀術の指南を受けた事もあったな……あれ?そういえばその時にも言われたっけ。
--君は大きな力を持っているよね?何でそれを使わないか不思議だけど--
その時はありえないと言ってしまったが、もしかして俺は自分を過小評価しているとか?自分で限界を決めてそれ以上成長できないと思ってしまう、だから本来の力が発揮できないのか?だとすればもう少し自分を信じてみよう。正解かどうか判らないし見当違いかもしれない。
「さあ、ここから行きますよ、入って下さい」
リグハルトが扉を開くと、大きな部屋に二十人ほどの人が片膝をついてリグハルトを出迎える。よく見れば男性陣は凛々しく服装がキッチリしている、まるで一流の執事のようで女性は艶やかな髪で兎に角肌の露出が多く、身体つきも非常に魅力的に見える。
「夢魔の者達です。男性型はインキュバス、女性型はサキュバスで、彼らには撹乱を担当してもらいます。夜ですので存分に力を発揮できますから、ご安心を。では説明しますね。目的は人間に隷属の魔法で奴隷化されている同族の救助と、勇者の打倒。ここより王都のはずれに転移します。現地には指揮官が待機していますので、夢魔は彼の指揮下に入って下さい」
俺はどうなるんだ?それに奴隷にされた亜人がどれ程いるか知らないが、少なくてもこの人数で全てを救助出来るとも思えない。
「私も現地行きますので、優先すべきは分かっていますね?」
夢魔達が一斉に頷く、彼らはすでに概要を知っているという事か。
「では、いざ!同族を救いに!集団転移魔法」
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ほんの瞬きをした程度だったが、既にここは王都の端のようで王宮も見える。夢魔達が一斉に飛び立ち散らばって行く。で、俺はどうすれば良い?ここで待機か?
「お前が勇者と対峙するのか?」
声がやたらと近くから聞こえる。驚いて振り返ると、月明かりに照らされた長い銀髪と赤い瞳に病的に白い肌、口元から覗く二本の牙。そして異常に近い。もう少しで振り向きざまに口が当たるところだった。二、三歩後退する。
「ヴァンパイア……なのか……」
「そうだ。俺は指揮に向かう、お前は適当に歩いてこい。リグハルト様の期待を裏切るな。背くようなら殺す」
歩いて?適当に?そんなので良いのか?返事も聞かずヴァンパイアも飛び立って行く。飛べるのは便利だよな……仕方ない、肩を落としながら王都の中心へ歩いて行く。が……変だな?日が完全に落ちたとはいえ外出している人間が全くいない。まだ酒場やギルドでは明かりが見えて、騒がしい声が聞こえるはずだ。ギルドの前に来ても、宿屋も、全く人影がない。街灯に灯る光だけが辺りを照らしていた。
「一体何があった?一人も外に出ていないし、家の灯りも消えている。……行きたくはないが王宮の前にも行ってみるか」
静まり返った王都に足音だけが響く。王宮が見える場所まで来て影に隠れる。様子を伺っても王宮前にいるはずの衛兵の姿もない。建物が所々照らされているだけで、物音一つ聞こえない。
「やっぱりおかしいな、誰もいないなんてありえない。どこかへ移動したのか?なら今回の作戦が失敗って事になるけど、王都全員が移動するなんてありえないだろ。今度は中へ入ってみるか」
さすがに王宮内に入るのは躊躇するので、冒険者ギルドへ向かう。広い王都だ、夢魔に会うこともなくすれ違う人もなく、まるで俺一人が王都にいるみたいだ。その時、頭に直接響く声がした。
(さあ、幕開けです。しっかり働いて下さいね)
「リグハルトさん!? 何処だ?幕開け?一体何が?」
ーーーーゴウッーーーー
突然其処彼処から炎が上がり、辺りを明るく照らし出す。何だ?火事!? これがリグハルトの言っていたことか?目の前に見えていた建物がいきなり爆発を起こし、炎が勢いを増す!すると炎が上がった場所からたくさんの人の悲鳴が聞こえてくる!今までは家屋で息を潜めていたのか?クソッ!考えている場合か!
「待ってろ!すぐに助ける!」
家屋で震えている住人を外へ連れ出す。まだ燃え始めたばかりなので燃え落ちる事はないが、このままではいずれ……
「とにかく安全な場所へ!他にもあんたらみたいに屋内にいるのか?」
住人はコクコクと頷き王宮の方向へ走っていく。よく見れば様々な場所から屋内に隠れていた人達が蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う。とにかく助けに行かないと!避難の応援を頼む為冒険者ギルドへ走る。何が起こったんだ?これがリグハルトの言っていた事なのか?
上手く頭が回らない。だが一人でも多く救わなければ!余計な事は考えずひたすらにギルドを目指す。




