第69話 悪魔の閃き
次の日の朝から私達はリースの案内で宿屋へ向かった。時折見るローブを着た亜人達は、私たちを見るや否や直ぐに姿を隠していく。だが、そんな光景も見慣れたもので特に不信感は無い。やはりミラの言う通り考え過ぎなのではないか?それでも、もしかしたら、そんな思いもある。私の知っている未来とは違ってきているのだから……
街の外へ行く予定もないし、下手に不安がらせないために武装は全て置いて行き、格好も普段着を更に地味にしてある。ミラだけは黒いローブを頭からスッポリ被り見間違いかどうか聞いて見たいと、一人だけ格好が違う。
「ここです。宿屋兼食事所ですからこの時間でも正面から行けます」
リースを先頭に宿へ入っていく。正面に受付のカウンターがあり左手奥に食事所、酒場も兼ねているのだろうテーブルが多く置いてある。
「こ、これは聖女様に、勇者様方!?こんな場所へどのような御用でしょうか?」
亭主がやたらと驚いてカウンターより出てくる。それもそうか、勇者一行が宿に泊まる事はあっても、王都ではまずそんな事はしない。しかも一緒に居るのはこの国の第一王子だ。
「その後のお加減は如何ですか?今日はご子息、ジオットさんに聞きたいことがあって足を運びました。いらっしゃいますか?」
亭主の顔がみるみると青くなっていく。リースももう少し具体的に言えばいいものを……これではまるで息子を捕まえに来たみたいだ。オリアンが後に続く。
「驚かせて申し訳ない。実は今、王都で噂になっている事について調べているんです。リースがご子息から聞いたと言う黒いローブの亜人についてもう少し詳しく話を聞きたくて、こうして来たのです。出来たらお話を聞かせて頂けないかと思って」
どうも亭主の様子がおかしい。何かそわそわしているようで落ち着きが無い。
「ミラ、この一体に魔法の痕跡はある?どうもあの亭主様子がおかしいわ」
小声でミラに依頼すると目を閉じ集中していく。魔法を使えば少なからず痕跡が出る。もしあの亭主、いや、この辺り一体に魔法で罠が仕掛けられていたら?
「痕跡は無いわ。様子がおかしいのは何かを知っていて話すべきか迷っているんじゃないかしら?」
息子を庇っているのかもしれない。ひょっとしたら今の内に逃げられて……それはないか。王家に逆らうのは得策じゃない。商売をしているのなら尚更だ。
「ジオットが何か仕出かしたのでしょうか?アイツは勇者様方のご迷惑になるようなことを出来る男じゃありません」
オリアンがゆっくりと近づき、亭主の両肩に手を乗せる。
「安心してください。我々はそのような目的はありません。本当にお話を聞くだけです。今の立場では言いたくありませんが、オリアン=フォン=バルトの名において決して嘘は言いません。ですから知っている事を話してください」
男でもこれをやられたら、話すだろう。オリアンを形容する言葉は幾らでもあるが、神に愛された者というのが正直な感想だ。
「今は部屋にいます。呼んできますので汚いですが、食堂でお待ち下さい」
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亭主に連れられて来たのは、私達と同じくらいの男性だ、茶色の髪は短く緑色に染色された服を着ている。何処にでもいそうな言葉は悪いが平凡な男。私達を見て非常に驚いている、有名な勇者一行が訪れて来たのだそれはそうだろう。
「ジオットさんだね?僕は天啓を受けた勇者オリアンだ。同じく勇者のアリシア、仲間のリースとミラ、君がリースに言った、黒いローブを着た亜人についてもう一度話を聞きたくてね。君が見た黒いローブの人物は間違いなく亜人だった。そうだね?」
ジオットはビクビクしながら、リースをチラチラと見ている。自分が言った事でリースに迷惑がかかっていないか、心配なのかもしれない。リースは優しく微笑む。
「ジオットさん、大丈夫です。私に話してくれた事をもう一度話して下さい、貴方のお話で王都が救われるのかも知れません。どうかご協力を」
落ち着いた様子で漸く口を開く。
「聖女様にお話した通り、以前……と言っても子供の頃ですが王都の入り口で騎士様が倒れた事がありまして、多くの人だかりが出来ていました。背も低かった私は大人達の足元から様子を見ようとした所に黒いローブを着た人が人だかりを気にも止めず、歩く姿が見えたのでそちらを見ました。一瞬だけ人だかりで止まると薄気味悪い笑みを浮かべて、そのまま亜人の居住区に入っていくのを見たのです」
「ジオットだったわね、私はミラ。今も黒いローブを着ているけど貴方は私が亜人かそうでないか区別できる?」
「え!? 先程勇者様が仲間と仰いましたよ?」
「勇者に仕えている亜人と考えないの?」
「え?」
彼が戸惑っていると、ミラはフードだけを取り顔を見せる。艶やかな黒髪は、研究の邪魔だと短く揃えられ薄い茶色の瞳は真っ直ぐに相手を見ている。線が細い感じのミラだが真剣になった時の眼差しはキツく見える。
「ごめん。私が言いたかったのは何でその黒いローブの人物が亜人と断言出来たのかって事。顔まで覆っていれば、区別がつきにくいじゃない?でも貴方は断言した。それが不思議でね」
「なんだ、そういう事ですか。これは僕の言い方が悪かったですね、確かに顔は見ていませんし見た目だけでは判断できません。僕が断言出来たのは、薄気味悪い笑みを浮かべた時に、口元から伸びる二本の牙が見えたからです。それなりに離れてはいましたがハッキリと見えました」
その言葉を聞き私達が一斉に立ち上がると、宿の親子は驚いたようで座り込んでしまう。口元から伸びる牙、黒いローブ、そうか亜人の中でも独立した種族がいる。悪魔に分別されるが血筋を重んじ、女性の生き血を好んで啜る亜人。吸血鬼
「意外と大物がいたようね。ミラ、リース、オリアン。急いで装備を整えましょう。噂は恐らく事実よ、何か起こされる前に行動を起こさなきゃ」
「そうだね、そうしよう。ありがとうジオット君。リースの言うように君の話は王都を救うかも知れない。後で使いを出そう。褒賞を用意する、好きな額を言うといい、皆急ぐぞ!」
私達は一斉に走り出す。夜に行動を起こされると非常に厄介だ、リースとミラは教会へ向かい有効な武器を用意してもらい、応援を冒険者ギルドに依頼をする。オリアンと私は王家に報告。出来れば亜人の区画を全て破壊してしまえば楽なのだが、亜人の所有者全てに根回しをしている余裕もない。できる限りの亜人を一区画にまとめて置きたい。
「オリアン、連携の訓練はしてきたけど、今回は結構手強いわ。大丈夫?……いいえ、これは適切じゃないわね。一緒に戦ってね、頼りにしてるから」
「ああ、任せてくれ。自分で言うのもおかしいが仲間を、そして愛する君を守る為に、僕はまだまだ強くなるよ」
周りを伺えば、今は人気がない。柱の陰にオリアンを連れていくと、目を閉じる。彼の手が肩に触れ、唇が重なる。お互いに残念そうに離れると、笑い合う。
「今日の君は積極的だな」
「ダメ?せがむ女は、キライ?」
上目遣いでオリアンを見つめる。次の言葉も当然判る。例え唇が触れようが、身体を重ねようが、私は何も感じない。利用出来るのなら幾らでも演じよう。その為に必要とあれば……
「そんな訳はない。僕はどんなアレシアだって愛している。必ず守って見せる」
力強く宣言するオリアンの抱擁を受ける。普通の女性ならウットリとするのだろう、だがもう私には……
吸血鬼。夜に連なる亜人の一族で何より血筋を重んじ、女性の生き血を好んで啜る。主に夜に活動するが昼間に行動できる種も確認されている。力も強く、冒険者であればAクラスが数名必要となる。
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「手筈は如何ですか?そろそろ準備が出来ていると思います」
「はい。リグハルト様のご意思の元今すぐにでも。しかし勇者一行が感づきました。奴らも動き出しています」
「その為の駒は用意してあります。最強の王にぶつけるのは、最強になれるかも知れない兵士。楽しみですね、演武の開始は明日、日が沈む頃。変更はありません。私は兵士の機嫌でも取ってきます、貴方も準備を怠らないでください」
配下が消えるのを確認すると、手を口元へ当て笑いを堪える。これが笑わずにいられるか。
「人間は捕らえられる。勇者は消える。私は力を手に入れる。まさに悪魔の閃きですね。懸念は魔王様と彼ですが、力を手に入れれば、恐れることはないですね。散々待ったのです今更焦っても仕方ありません」




