第53話 企み
ここか、あの人間が言っていた村は。すでに焼け落ちており人も亜人も気配は無い。注意深く辺りを観察する。やはり誰もいない。そろそろいいか・・・
「クックック・・ハッハッハッハ・・ハーッハハハハ。漸くだ、漸く見つけたぞ!強さの秘密を!そうか、神の使徒か。ならばあの強さにも納得が行く、私が勝てない理由も判る。だが手に入れた、その秘密を暴く鍵を!今回は必ず私が貴様を塵に変えてくれる!待っていろ、アレシア=ベイウッド!!!」
一頻り喜びを表し、あの人間が言っていた十字架を探す。小さい村だ、それ程苦労なく見つけると根元に転がっていた赤と青の破片を手に取る、調べては見るものの特別な力は感じない、むしろ龍族にしか判らないかもしれない。となれば龍王に見せてその結果を聞くほか無い。
しかし、今回はツイている。まさかあの勇者と同じような境遇の男が魔王城に来るとは。この機会を逃す手は無い。先ずはあの男を魔王城へ留めておき、色々聞きだそう。その為には多少でもあの男の手助けをして恩を売っておこう。人間は恩義のある者への敵対心は薄いはずだ、あの奇妙な言い回しも興味を持って貰うための事。
積年の怨みが晴れるのであれば、どれほどの時間を掛けても惜しくない。そして亜人狩りに来た人間共には悪夢を見てもらおう。勇者の仲間や王都の情報、囚われの亜人の情報も貰わないといけない。忍び込ませた影にはもう少し後に控えている盛大な祭りの準備に取り掛かってもらおう。
「やれやれ、忙しいのは良い事ですが、魔王様の忠実なる僕は休む暇も無いですね、ですがもう少しの辛抱です、待っていて下さいね必ず貴女を喰らってやりますから」
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「確かにルシアと名乗る女性と旅をしたのは間違いない。北の街メクレン迄は一緒だったが、其処からは1人で旅をすると言って別れたから、それ以降の足取りは判らない」
魔王に吹き飛ばされ、漸く落ち着きを取り戻した様で手を差し出され、しっかりと握り返す。単純というと言葉は悪いが非常にわかり易い。娘を心配する気持ちは解る、俺もそうだったからな。
「そうか、人間と旅を・・・行方が判っただけでもいい。娘が世話になった様だな、恩は必ず返すのが獣人の掟だ、なんでも言ってくれ俺にできる事ならな」
恩というよりは、俺の方が彼女に救われた様に思う。後は、シュベルトさんにエルフの事を伝えよう。以前の様子だと、驚いた様だったのでひょっとしたら良い切欠なるかも知れない。
「後は、エルフに遭った事はお伝えしましたよね?俺が遭ったのは20人程の小さな村でした。今もその場所にいるかは判りませんが、確か王がいなくて加護が受けられないとか」
そこまで言うと彼が近くまで寄って来る。
「そうですか、数が少なって来ているのは事実ですし、王が不在なのも事実です。私も呼びかけてはいますが中々返事を貰えないのです。代替わりしたばかりで色々と対応が遅れてしまったのは・・これは直接謝罪すべきでマコトさんには関係ありませんでしたね」
族長からは魔王が力至上主義で力の無い者は淘汰されるのが当たり前だと聞いていたが、実際に会って見ると、そんな感じには見えないな。所々勢い任せではあるが臣下からの信頼も厚く、良い・・・のかは判らないが世界を滅亡へと追いやる風には見えない。寧ろそんな敵がいたら真っ先に飛び込んで行きそうだ。
「どうした?我の顔に何か付いているのか?見惚れるのは構わないが惚れるなよ?この身は既にシュベルトの物だ、意外と嫉妬深いぞ、我が側近は」
「魔王様!何を言っているのですか!今は公務中ですよ!公私を使い分ける様にとあれ程申し上げましたよね?もう忘れたのですか?」
そういった気持ちは全く無かったが、魔王を見つめ過ぎていたかも知れない。
「そう言う気持ちはありませんよ。ただエルフの村で聞いていた印象とは大きく違っていたので気になっていました。力の無い者は淘汰されて当然と聞いていましたが、見ている印象だとそうは思えなかったもので、申し訳ありません」
「力の無い者は淘汰されて当然だとは思う。だが、その境遇に甘んじて行動しない者はそうなって然るべきだ。力が無ければ、対抗できる様に考えれば良い。力のある者に庇護されるのもいいだろう。だがそれを逆手にとって横暴をするのであれば黙認できないがな、魔王の庇護下にある者は全て私が守る、だが庇護下にある者も様々な方法で私を守ってくれる。これが魔国の在り方だ」
正直驚いた。腕っ節だけで魔王になったとばかり思っていたが、色々と考えているのだな。全てを守るか・・規模の違いがあるとはいえ、まるでクロノスと話している様に感じた。
あの女神様は本当の意味で全ての命を護ろうとしている。俺が協力するのはこちら側じゃないだろうか?目星は付いているが、念の為に魔王、側近、獣王、龍王に記憶のカケラを持ってもらうが、反応が無かった。後は悪魔王だけだが・・・きっとそれはないだろう。
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一瞬空間が歪んだかと思うと、悪魔王が現れる。こちらを見ると怪しそうに口角を上げる。何かを企んでいそうな顔だ、赤と青の破片を指で挟み、俺に渡してくる。
「お待たせしました。その破片で間違いないでしょうか?とはいえあの周辺にはほぼ何も残ってませんでしたので、間違いないと思います」
十字架の元にあったのならそうだろう。宙に翳すと両方とも輝きを放っていてる、まるでまだ使命が終わっていないと言わんばかりに。
「マコトさん、それをジルク・・龍王に渡して貰えますか?私も見て見ましたが破片以外には見えません。もしかすると龍族になら判るかも知れません」
1度は眠りについてもらったのだ、わざわざ起こすことも無いだろうに。龍王に破片を2つ渡す。翳してみたり1つ1つを手に持ってみたりと色々と考えている様だが、恐らく何の力も感じないのであろう。腕組みをしたまま目を伏せ何かを考えている様だ。
「ジルクよ、何か判るか?」
魔王からの問いに伏せていた目を開ける。
「1つ、確実に言える事があります。それは、この破片からは確かに龍の力が感じられると言う事。だがそれも風前の灯火。今にも消えそうな程弱い。ですがこの龍の力は我ら龍族と似ていますが全くの別物であり、それが何故なのか、解り兼ねます」
龍王から破片を返却される。そうか、今度こそお別れの時か。自然と胸が熱くなってくる、この剣に助けられた事なんて1度や2度じゃ無い。
「人間よ、出来る出来ないでは無く、龍化して見せよ。その破片を持って引き金となる魔法を使って見せよ。この力がなくなってからでは遅い」
「出来ないと言いましたが、そう仰るのであれば失礼します」
2つの破片をそれぞれ持ち、大きく深呼吸する人前でやるのは変に緊張するな。
「固有魔法 龍皇降臨」
すると2つの破片が輝き出す、だがその輝きも徐々に失われて行く。やはりこの2つだけでは無理があるか。
「成る程、固有魔法まで使うか。この破片は預からせて貰おう、構わないな?」
「ええ。同じ龍に看取られるのであれば、きっと満足して休めると思います。どうか宜しくお願い致します」
これで魔王城に来た理由も終わったな。後は無事に帰れるといいが・・・またあのジェットコースターに乗るのは勘弁してもらいたい。何なら歩いて帰ってもいいんだ、特に待っている人もいない事だし、やることも無い。
「これで、私が魔王城に呼ばれた理由も終わりましたね。早速ですが、帰らせて貰います」
深く頭を下げ、ゆっくりと背を向け出口に向かい歩き出す。どの方向だろうか?いや、気の向くまま旅をして行こう。そう考えていると、肩を掴まれる。振り返ると魔王がニヤニヤと笑っている。後ろではシュベルトが頭を下げている。
「これで帰れると思うな。異世界の事にも興味がある、メデューサを倒した時に言ったであろう?『いつか戦おう』と折角来たのだ、暇と言っていたな?もう暫く魔王城にいて貰おう。当然・・・」
次のセリフは容易に判る。魔王と同時に口に出す。
「「拒否権はない」」
「さあ!客人の為に宴を開くぞ!準備を急げ!」
魔王の一言で、一斉にメイドたちが動き出す。こうして、暫く魔王城に世話になるのだった。




