第51話 世界を渡る者2
楽しい時間はあっという間に過ぎる。昔の偉人はよく言ったものだ『光陰矢の如し』
期限最後の夜、不思議な夢を見た・・・
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俺は小さな部屋の中にいた。質素な机と座りにくそうな椅子、窓の外は暗闇で何も見えない。そして木で出来た扉・・・そうだ、ここは・・・
「こんばんは。影神 誠さん、覚えていますね?女神クロノスです、残り期限が過ぎようとしています。お迎えに上がりました、申し訳ないのですが、私の力ではこれが限界なのです」
深々と頭を下げるクロノス、そうか、すっかり忘れていた。今日が期限の1週間か。欲深いものでアレもコレもやり残した事は多い。だが・・・あの子が治ってくれた、妻も笑顔を見せてくれた、退院した夜は家族で川の字になって寝たな、旅行も行けた、どっちのベットで子供と寝るかでくだらなく言い争った、自分で望んだ事だ、何処かで折り合いをつけなければならないのだろう。
「いや、女神様にはお世話になり、いい思い出になりました。心残りが無いといえば嘘になりますが、大丈夫です。わざわざ泣いてくれてありがとうございます」
クロノスの両目からは涙が流れていて、床に落ちる涙は一粒の宝石のような輝きを放っていた。
そして、いつの間にかもう一つの椅子が現れており、そこに座るように手を取ってくれた、彼女は向かいの座りにくそうな椅子に音も無く腰掛け、ゆっくりと口を開く。
「では、取決め通りにお話させて頂きます。貴方を此処に呼び、願いを叶えた代償を払ってもらう内容を。
色々聞きたいこともあるでしょう、理解できない事もあると思いますが、先ずは聞いてください」
クロノスの話は、到底理解出来るものではなかった。だが、娘の病気を治してくれた事は紛れも無い事実、ならば、信じるほか無い。
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話はおおよそ理解は出来た。一部納得出来ない所もあるが・・・様々な世界を渡るのであれば、重要になってくるのが言葉だ。理解出来なければ1から覚えなおしというのも面倒だが、そこは神様と言うべきか言語適応能力というのを貰った。オープンの一言でその世界のあらゆる言語が理解できると言ったものだ。これは助かる。
「娘と妻はどうなるんですか?笑って余生を暮らせるようにとお願いしたはずです。それを教えて貰えないでしょうか?」
「安心してください。貴方の死を受け入れています。この先も、ご家族が不幸になる事はありません。お約束します。ですが、父親がいた、そして亡くなった。その事実は覚えていますが、貴方本人、影神誠という人物の事はどうあっても思い出すことはありません」
すでにそこからなのか、出来ればもう一度呼んで欲しかったな・・・
「様々な世界を渡ると言っていましたが、その・・剣と魔法のファンタジーみたいな場所もあるんですよね?その・・・特別な力とか、そう言った物は・・・ないのですか?」
散々見てきたアニメの影響だろうな、こんな事を言うのは非常に恥ずかしい・・が、聞いておきたい内容でもある。特殊な力があれば、その回収だって楽になるはずだ。
「申し訳ありませんがそういった力を授ける事はできません。言ってしまえば、世界を渡ること自体が特別な力と思ってください。そして、出来るだけ他の世界の知識や技術を使うのは止めて下さい。その世界にはその世界の進化の手段があるのです。一生同じ世界に居るなら判りますが、貴方の役目は、様々な世界を渡ることです」
だよな・・・中々そう上手くは行かない物だ。判っていたのにな・・・それでは、もう1つ聞いておこう。願いを叶えて貰って、ヤッパリ止めますなんて言うつもりは無いが、コレが判らないと行動ができない。
「では、もう1つ。力を集める目的は何ですか?今更止めると言うつもりはありませんが、これも知っておきたいので」
クロノスは目を伏せる、言いたく無いのだろうか?ほんの僅かな時間を無音で過ごす。ゆっくり語り出すその目的。
「私は、此処から全ての世界を始まりから見守って来ました。1つ1つの世界を見守る為自分の力を分け、それぞれの世界で、もう1人の私として常に中立で何者にも属さない、見守るだけの存在でした。ですが、ある時、神々から声が上がりました。『世界は増え過ぎた、1度0に戻してまた創り直そう』ほぼ全ての神々は賛成しました。数えるのも無謀に思えるほど増え過ぎた世界、ですが、私は反対しました。増えたから、それだけの理由で今ある世界の全てを壊す理由になるのか、そこで生きている生命はどうなるのか、答えに呆れました。
『我々が創った物を我々の意志で破壊する。何処に矛盾がある、生命?我々を模して創った物では無いか』
散らばった力を全て集め、対抗できる力を身につけようと思いました。ですが私はこの場所から動くことが出来ません。ですから、貴方の様な人を頼ることにしたのです。始まりから見て来た私にとっては、どんな世界であろうと、全てが愛おしいのです。どうか、全ての世界を守るために、お願い致します。どれだけの猶予があるかも判りません。気紛れな神々ですから、忘れているのかも知れませんし、突如行動起こすかも知れません」
何だか壮大になって来たな。1つならず全てときたか、神々を愚かで傲慢と言っていた訳も此処から来るのか。全てを救うなんて、俺には無理だ。だがそれを成し遂げるのが神様なら、ほんの少しでもその役に立てるのなら、せめてこの命が終わるまでは役目を全うしよう。
「何処までお役に立てるか判りませんが、精一杯努力しますよ。女神様にはあの子と妻の今後を約束してくれました。なら、俺はその役目を全うする迄です」
「そう言って頂けると、助かります。ありがとう、辛い事を押し付けてしまって、申し訳ありませんが宜しくお願い致します。最後に、特別な力と言っていましたが、こればかりは貴方自身が気づくべき事なのです抽象的でわからないかも知れません。ですが、必ずわかる時が来ます。そのドアから出れば最初の異世界へと繋がっています。月並みなことしか言えませんが、期待しています」
薄い茶色のドアの前に立ち、ノブをゆっくりと回す。ギィと古めかしい音を立てながら扉が開かれる。その先は光に支配されており、全く先が見えない。だが、役目を引き受けたからだろうか、先に進むべきだと判る。ほんの少しの期待感を胸に光の中を進んで行く。
ふと、ポケットに小さな小石が入っているのに気がついた。これが記憶のカケラかな?丁寧にネックレスの様に細工が施されており、首にかける。こうして、異世界旅行者となった俺の最初の一歩が始まる。
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「クロノス様、あいつは大丈夫ですかね?前回の女性程能力は高くなさそうですけど」
「彼が最後の適応者です。そこに賭けるしかありませんが、大丈夫ですよ。例え自分の子供のためとは言え命を捨てる覚悟は本物です。後は気付いてくれるかどうかですね。私達は信じて待つしかありません」
クロノスは立ち上がりもう一度扉を開く。そこには見渡す限りの草原と穏やかな日差し、緩やかな風が吹き、其処がまるで天国かの様な空間が何処までも広がっていた。ゆっくりと歩を進める、途中には清らかな水が流れている小川があった。ただ唯一異様なのは音がない。風の音、小川が流れる音、何もかもの音がない。
「時を司る女神・・・ですか、何も出来ない、見守る事しか出来ない神が何を偉そうに・・・どうか気付いて下さい。なぜ記憶のカケラを持っているのかを、いつか貴方の断罪の刃が私を貫く日を待っています」




