第29話 ルシア
二人の男は同じ顔、同じ防具、違うところと言えば持っている武器位だ。迫って来る火球は赤い刀身の剣で受け止める。少しの衝撃を受けたが火球は刀身に吸い込まれていった。思わぬ所で攻撃用の魔法を視認出来たのは嬉しい誤算だった。
「何をしやがった!魔法が消えるなんて聞いてねえぞ!」
言ってないしな。解説してやる義理もない、精々頑張って考えてろ。しかし並ばれると本当に区別がつかない。なるほど、馬車で対峙したのは魔法を使う男、剣を持っている男が不慣れなのは本来は弓を使うからか。双子なら息もピッタリ、連携も容易いのだろう。
「同じ顔とはビックリしたな。今度は逃さないぞ?さっさと終わらせてやる」
右手を剣を持っている男に向ける。
「燃えろ!業火の中で下級火炎魔法」
拳大の火球が男を襲う。……が楽々と避けられてしまった。スピードも大して速くないし真っ直ぐしか飛ばないのであれば避けるのも容易だ。
「魔法まで使えるのか!面倒だ、一旦下がるぞ!」
男二人を追おうとした時、急に足の力が抜ける。どうした?うまく立てない。魔力を身体全体に行き渡る様に練り上げる事で気がついた、魔力がかなり減っている。さっきの魔法のせい・・でもないはずだ、仔犬に治癒魔法を使っている。ということは、俺の魔力は魔法2回で限界なのか?情けない。
少し休めば立てるくらいにはなるだろう。床に座り込むと、壊した入り口から仔犬が走って、奥の部屋で鳴いている。ご主人様と対面か。ゆっくりと立ち上がれば何とか立てるまでには回復したようだ。鳴き声のする部屋へ向かう。
奥の部屋は寝台のみが置いてあり、その上には女性が仰向けで倒れている。破かれた服からは盗賊達が言っていたように横になっていても、重力に逆らうように二つの双丘が自己主張をしている。髪は茶色で長い。
寝台の下では仔犬がキャンキャン鳴いており、寝台の上へ上げると、女性の顔を舐め始める。見続けるわけにもいかず、ここは犬任せ小屋の中を探索する。最初に入った部屋が一番大きく、後は寝台と同じような大きさの部屋が2つあるだけだ。休息を目的とした小屋のようだ。
誰も使わないから盗賊達のアジトなっていたのか。傷を与えた盗賊達も逃げ切っており、部屋には血の匂いが漂っていた。小屋から出て馬を引き連れて来る。今日はここで休まないと、魔力が回復しない限りロクに戦えないのは困る。
「貴方が助けてくれたのですね。ありがとうございます」
声に振り返ると、破れた服の代わりに寝台の布を器用に巻きつけているが、自己主張が強い胸が目立つ。
仔犬を抱えており、長い茶色の髪は腰のあたりまで伸びている。助けたのは事実だが、違ったらどうするんだ?
「決めつけていいの?偶々ここに来ただけかも知れないだろ?」
「チェロが言っていましたので」
仔犬を離すと、こちらに寄って来て周りを走り回る。女性は穏やかに微笑む。他の女性もそうだが、美人が多いな。
「チェロってこの犬の事?君は犬の言葉がわかるの?」
というか、犬が喋るのか?
「チェロは犬ではなく、狼です。まだ小さいので区別がつきにくいですが、立派な狼ですよ。私はルシアと言います。助けてくれてありがとうございます」
「俺はマコト、礼はチェロに言ってくれ。コイツが動いてくれたから助けられたんだ」
「はい。それにチェロも助けてくれたのでしょう?ダークウルフを倒してくれて干した肉を貰ったと言っていましたから、やはりお礼をすべきです。」
ルシアは狼の言葉がわかるのか、稀な才能なのだろう。
「言っていたって、まるで会話が成り立っているみたいじゃないか?そういう才能なのか?」
ポカンとしたルシアはややあって、ポンッと手を打つ。
「ああ、そうですね、私は獣人ですから同族の言葉がわかるのです。人間ではわかりませんものね」
亜人の女性だったのか。それにしても随分と友好的だな、獣人がそういう気質なのかも知れない。彼女の顔をよく見れば、耳が頭上にあり以前王都で見た少年と同じようなモノだった。
「そうなのか、色々と失礼した。他種族は人間嫌いだと思っていたから君のような態度で、てっきり勘違いをしてしまったよ」
「私も変わりませんよ?人間は嫌いです。ですが、私にはこれがありますので」
そう言うと布と取り始める、大きな二つの丘の奥、所謂谷間に烙印があった。
「見覚えがないな。何か聞いても?」
「隷属の魔法の烙印です。私達獣人は人間より腕力や体力に優れていますから隷属の魔法で奴隷とされ、人間に抵抗出来なくなるのです」
王都で判った事だが隷属の魔法自体は初めて見たな。効果は切れないのか?
「術者は一緒にいた奴らの中にはいなかったのか?君を運んでいた者達は盗賊によって殺されていた。術者が死ねば解除されるのではないのか?」
彼女は黙ったまま首を振る。
「術者は王都にいますので……解除の方法は私も知りません。」
惜しげもなく、谷間を見せてくれたのは嬉しいが、いろいろとマズイ。
「申し訳ない……その……そろそろしまってくれないか?正直目のやり場に困る」
「あら、申し訳ありません。お目汚しを」
いや、寧ろ保養になったから!
「さて、君はどうするんだ?俺はメクレンに行く途中だ。今日はここで休むがこのままという訳にもいかないだろ?」
助けるまでは良いが、その後はいつもこうだ。旅に同行させるにしてもリスクが伴うし、このまま、さよならっていうのも違う気がする。何処かの街に置いて行くのが適切だろうが彼女が獣人と判れば、先ほどのような事になってしまうかも知れない。
目立つしな……特に胸が。せめて隷属の魔法が解除出来れば人間より強いのだ、どうにかなるだろう。ルシアも考えているようで、急がせることもないか。
「今すぐじゃなくてもいい、明日までに決めて置いてくれ。今日は小屋から出ないことだ。周りは俺が見ておくから、ゆっくりすると良い。でも、あんな事があった後じゃ一人っていうのもな……」
クスクスと笑うルシア、何が何だか判らない。おかしい事でも言ったのか?
「申し訳ありませんがマコト様っておかしな方ですね、本当に人間ですか?もしかして魔族とかではないですか?」
失礼な、一応人間だ。所々そうじゃない場所もあるが……
「悪いが人間だ。何故そう思う?」
「私を見る人間は皆、下卑た目で見てきます。私を運んでいた者達、盗賊も同じです。隷属の魔法も効いてますし、幸い大事には至りませんでしたが、それなのに私の身を案じてくれるのですか?無理矢理でも抵抗出来ないのです。何故だかそれがおかしくて、申し訳ありません」
なるほどな、ならばこちらも正直に言うか。別に隠す事でもないし。
「それはそうだな。じゃあ正直に言うよ。ルシアは好みだし、そうしたいって気が無い訳じゃ無い。けど、どうせ綺麗な女性と共にするのなら、心を通じ併せてしたいと思うって言うだけだ。」
「お世辞でも、嘘でもそう言ってくれるのは嬉しいですね。お言葉に甘えて休ませて頂きます」
そう言ってルシアはチェロを伴い小屋へ入っていった。
近くを散策している時に泉を見つけた。明日はルシアを連れて来てから出発だな、なかなか先に進めないのが気がかりだ。アンデットが発生しているのなら一刻も早く到着しなくてはならないが色々とトラブルが続くな。それでも、助けられた命があるのなら満足するべきだろう。
明日も晴れることを祈って、見張りを続けよう。




