「其の二」
雫に対する嫌がらせは、翌日更に悪化していた。クラス中の女子生徒が雫に対してよそよそしくなってしまっており、すれ違いざまに肩をぶつけられたことも何度かある。元々あまり社交的な方でもなく、香織以外とは特別誰かと仲が良いわけではなかった雫は、クラス内でほぼ孤立した状態になってしまう。その日はあまり香織とも話が出来ず、休憩時間にうかない顔で歩いているところで、偶然勤と出会った雫は、促されるままに勤へクラスで受けている嫌がらせについて話した。
最初こそ顔をしかめて聞いていた勤だったが、すぐに冷静になったのか怒るよりもまず雫を慰めることを優先し始める。
「……今の話で君に悪い点は見つからないな。気にすることはない、悪いのは嫌がらせをしている連中の方だ」
嫌がらせを受けている以上、雫側にも何かしら問題があったのではないかと考えていた雫にとって、勤のこの言葉は嬉しかった。第三者から悪くない、と言ってもらえるのなら雫もある程度は安心出来る。嫌がらせを受ける理由はよくわからないが、とにかく今は勤が味方になってくれているのが素直に嬉しかった。
「犯人は必ず俺が見つけ出す。何も心配しなくて良い」
「ううん、大丈夫……聞いてくれただけでもすごく嬉しいよ。ホントは、こんなとこ見られたくなかったんだけど……」
雫を安心させるように雫の肩を叩きながら、勤はギロリと雫のクラスの教室を睨みつけた。
その日の昼休み、勤は屋上へ呼び出された。
屋上へ来て欲しい、という旨の書かれたメールを再確認しながら、勤は眉根をひそめてメールの差出人が現れるのを待っていた。
「……君か。急にどうした?」
屋上へ現れたのは、塔野香織だった。勤の言葉に、香織は答えないままくちごもり、ただ勤を見つめ続ける。
塔野香織は一ヶ月前勤に告白していた。元々それ程接点はなかったが、香織と雫の仲が良かったため、その関係で何度か香織も含めて超常現象研究会の面々で遊びに行ったりなど、ある程度交流はあった。その中で香織は勤に好意を寄せたようだったが、勤が雫へ好意を寄せている以上、香織の告白は当然断られる形になってしまう。
しかしそれでは諦めきれなかったのか香織は何度か勤へアプローチしており、次第に勤も香織をなるべく避けるようになってしまっていた。
「何か用があるんじゃないのか?」
何も言わない香織を訝しみつつ勤がそう問うと、香織はやっとのことでその口を開く。
「その……違うの。私、犬飼君の力になりたくて……」
「……何のことだ?」
純粋に言葉の意味がわからず、勤は顔をしかめる。
「雫は、今、いじめられてるから……犬飼君に助けてあげて欲しいの」
香織がそう言った瞬間、何かに気づいたのか勤の表情が一変する。
「犬飼君は、雫のことが好き……なんだよね? だから、いじめられてる雫を犬飼君が助けてあげれば、少しは雫も犬飼君のことを――」
香織が言葉を言い切るよりも、激情を露わにした勤が香織の胸ぐらを掴み上げる方が早かった。憤怒の表情を浮かべた勤は、今にも殴りかからんばかりの勢いで香織を睨みつけた。
「余計なことをするな……ッ!」
勤の形相に怯える香織だったが、それでも勤の勢いは止まらない。奮える香織を強く睨みつけ、更に語気を荒らげて言葉を続けた。
「君は雫がいじめられるように仕向けたのかッ!」
「そ、そう……だから、犬飼君が助けてあげれば……」
次の瞬間、勤は香織の頬を平手打ちする。それ程力が入っていたわけではないようだったが、たまらず香織はその場に膝から崩れ落ちた。
「二度と雫を傷つけるな」
その場で泣き崩れる香織に容赦なくそう言い放ち、勤は香織へ背を向ける。
「そしてもう二度と俺に近づくな。君の顔はもう見たくない」
香織の泣き声を背にしながら、勤は静かに屋上から去って行く。残された香織は、ただその場で泣き崩れることしか出来ないでいた。
マスク女の事件から二日後の夜、再び三人は和弥の部屋に集まっていた。
和弥も勤も当然前回の傷は残ったままだが、早く解決してしまいたい、という思いは三人共同じだ。勤はなるべく関わりたくない様子ではあるものの、関わる以上はさっさと解決して終わらせてしまいたい、というのが本音だろう。結果的にマスク女の事件から、あまり間を空けないまま再び旧校舎へ向かうことになった。
三人共この二日間で事件のことをある程度調べており、殺された女子生徒と行方不明になった女子生徒についてある程度の知識を持っている。殺された女子生徒の名前は佐田美津子と言い、いじめていた方の女子生徒の名前は藤崎佳菜子と言う。佳菜子は美津子のことをブサイクだなんだといじめ続けており、いじめの原因は美津子の顔にあったという。これらの情報のほとんどは、和弥の従兄弟である当時の蝶上学園の卒業生から聞いた情報で、同じクラスではなかったものの美津子と佳菜子の事件は当時かなり騒がれていたため、それなりに詳しく話を聞くことが出来ていた。
前回のマスク女の場合、弱らせる方法がそれなりに明確だったため作戦を立てるのは容易だったが、今回の場合はイマイチ手段が判然としない。マスク女のように物理的なショックと死亡時のトラウマを同時に与えるような手段はそう簡単には思いつかないし、あったとしてもかなり後味の悪いものになる。マスク女を窓から叩き落とすのもかなり気分の悪いものだったし、今回も相当の覚悟をした方が良いだろう。
そんな風に弱らせて封じる方向で考えている和弥と勤だったが、それに対して雫は別の方法で封じることが出来ないかと提案する。
「私、ちゃんと話してあげた方が良いと思う。その佐田さんって子だって、きっと辛いハズだよ……。弱らせて無理矢理封じなくたって、きっと成仏する方法、他にあると思う」
マスク女についても言えることだが、怨霊となってしまった彼女達も言うなれば被害者だ。いくら他人を巻き込む危険性があるとは言え、生前悲しい目に遭っている彼女達を更に傷めつけた挙句封じてしまうのはやはり気持ち的には抵抗がある。
「……その方が良いよな」
出来れば佐田という女子生徒も傷つけずに解決したい、その思いは和弥も同じだった。雫の提案に頷くと、何か良い方法はないかと考えを巡らせ始める。
「それはどうかな。話して解決すれば一番なのはわかるが、こちらの話が向こうに通じるのかどうか怪しいものだ」
「そりゃ、そうかも知れねえけど……」
マスク女の場合、ああして襲い掛かってくる以上話し合いどころではなかったのは確かだ。ナイフをこちらに向け、襲い来る彼女と話し合って、彼女を成仏する方向へ導くなんてことはとてもじゃないが出来そうにもない。きちんと話して成仏させる、言葉で言うのは簡単だが、こちらに対して理不尽な悪意や憎悪を持って襲い掛かってくる相手が、こちらの話に聞く耳を持つのかと言われればかなり怪しいものだ。
「万が一の時はどうする? 俺達でよってたかっていじめて弱らせるのか?」
「それがしたくねえからなんとか対話出来ないかって言ってんだろ!」
語気を荒らげる和弥に対して、勤はどこか呆れたように溜息を吐く。
「君や雫の言うことは間違っていない。だがな、それが通じる相手ならそもそもこんなことにはなってないんじゃないかな」
「そ、それは……」
言い返せずに言い淀む和弥へ、勤は畳み掛けるように言葉を続ける。
「相手は死人だ。一々気にかけていればミイラ取りがミイラになる」
相手は死人、その部分を強調する勤に和弥は顔をしかめたが、勤の言葉に反論することは出来なかった。
「話して解決出来るようならそれで良い。だが、失敗した後のことも考えるなら、弱らせる方法は明確にしておくべきなんじゃないかな」
話して解決出来るにせよそうでないにせよ、失敗した後のことを考えておいた方が良いのは間違いない。雫や和弥が怨霊と話して成仏させられるなら何も問題はないが、そうでなかった場合対応策がなければ三人共が怨霊の餌食になりかねない。
「だがよってたかっていじめるなんてはしねえぞ」
「そんなことは俺だってするつもりはない。言葉の綾だ」
息を吐きながらそう答えた勤を見て、和弥は小さく笑みを浮かべる。勤は言い方こそ悪いものの、特別怨霊に悪意を持っているわけではない。それを再確認出来ただけでも、和弥は少し安心出来た。
「……っと、こんなモンで大丈夫か?」
「ああ、十分だ」
場所は変わって旧校舎、例の怨霊が出現する女子トイレの入り口に、和弥と勤は水の入ったバケツを運び込んでいた。バケツの数は全部で五つ、どれも校舎内から探してきたもので、問題の女子トイレ以外のトイレから持ってきたものである。
「ほんとにこんなんで大丈夫なのか? ただの水だぜ?」
「死んだ時と同じショックを擬似的にでも与えるならこれで十分だ。怯ませるくらいは出来るだろう」
怨霊――佐田美津子の死因が溺死なら、水をかけるだけでも十分なショックになり得るのではないか、というのが勤の弁だ。勿論これは雫が怨霊との対話に失敗した場合の保険だったが、勤は最初から雫が対話に成功出来るなどとは考えていない。怨霊が襲い掛かってくるかのような動作を少しでも見せれば、勤はこのバケツの中の水をありったけ怨霊にぶちまけるつもりでいる。
マスク女の場合は、窓から落とすことで物理的なショックと同時に精神的ショックを与えることが出来たが、今回は精々怯ませるくらいが限界かも知れない。もし水で弱らせることが出来ないようなら、怯んでいる隙に雫も和弥も連れて一目散に逃げ出す心づもりでいる。そもそもこんな水だけで弱らせて封じることが出来るなどとは考えておらず、かなりの確率で逃げ出すことになるのではないだろうか、というのが勤の予想だった。
「本当に封印する必要はあるのか? 前にも言ったが、こんな所にわざわざ入るような奴はいないだろうに」
そう言って、勤は小さくため息を吐く。誰かれ構わず襲いかかるマスク女は確かに急いで封じるべきだったが、犠牲者がほとんど出なさそうなこのトイレについては本当に自分達が急いで解決する必要があるように勤には思えない。そもそも破れてしまった半端な札を使って、霊能者でもなんでもない学生三人が無理に封じるよりも、怨霊を封じるにはもっと適した人間がいるハズだった。
「いや、ダメだ。最初の二人みたいに誤って中に入ったらどうするんだ」
「だから、そんな奴はほぼいないんじゃないかと言っているんだ。急いで俺達がやるよりも、もっと能力的に適した人間がいると思うんだがな」
「そんなのわかんねえだろ。とにかく急がねえと、誰が犠牲になるかわからねえんだ」
やや怒気を込めた口調で和弥が答えると、勤も表情を強張らせる。
「一体君は誰を助けたいのかな……? 不特定多数の、いるかどうかもわからない『誰か』を助けて何になるんだ。君のその熱意はどこから来る?」
和弥は顔をうつむかせたまま、答えようとしない。剣呑な雰囲気を感じておろおろする雫だったが、二人を仲裁することは雫には出来なかった。
「助けられなかったものは、他の誰を助けたってもう助からないんだ」
「……行くぞ」
勤の言葉を無視するかのように、和弥はバケツを持ち上げるとトイレの中へ一歩踏み出す。勤は呆れたような顔を見せていたが、すぐに残りのバケツを持って和弥の後ろをついていく。そしてその後ろを、どこかやり切れない表情のまま雫がついて行った。
中は薄暗く、スイッチを操作しても電気がつく気配はない。薄暗いトイレ、というだけでかなり不気味だというのに、中に怨霊の類が存在するとなれば思わず震えてしまいそうになる程だ。マスク女と違ってあまり能動的ではないようで、中に入っただけでは何の反応もないのが余計に不気味だった。
恐る恐る三人で三番目のトイレまで近づくと、そこにバケツを置いた。
トイレのドアには使用禁止とマジックで書かれたプリントが貼り付けられているが、当時からずっと貼り付けられていると思しきそのプリントはもうかなり黄ばんでしまっている。何かが散ったような後がついているが、黒ずんでしまっていて何なのかわからなかった。
「……開けるぞ」
やや震えた手でドアノブに触れて和弥がそう言うと、後ろで勤と雫は小さく頷く。チラリとそれを確認した後、和弥はトイレのドアを押す。しかし、鍵でもかかっているのかドアは少し揺れるだけで開こうとはしなかった。
「なんだ、鍵でも――」
言葉を言い切るよりも、足に違和感を感じる方が早い。慌てて足元を見るとドアと床の隙間から細い腕が伸びており、和弥の右足をガッシリと掴んでいた。
「――――ッ!?」
ドアと床の隙間から見えているのは腕だけではない。隙間から青白い顔が半分だけ覗いており、バサバサになった黒髪を地面に垂らしたまま生気のない目でこちらを見つめている。
三人共が息を呑み、目を見開いたまままともに言葉を発することが出来ない。和弥はすぐに振り払おうともがいたが、ガッシリと掴んだその腕は和弥の足を離そうとはしない。
当時この校舎が小学校だったことを考えれば、怨霊と化してしまったのは女子小学生ということになるが、この少女の足を掴む力強さは女子小学生のソレを遥かに超越している。
「和弥ッ!」
ある程度落ち着きを取り戻したのか、勤はハッと我に返ったかのように慌ててバケツを持ち上げる。そんな勤を、雫はすぐに右手で制止した。
「待って! 乱暴しないで!」
「この期に及んで――」
勤の言葉を待たず、雫はどこか怯えるような様子を見せながらも屈んでトイレの向こうの少女と目線を合わせる。その少女は、明らかに生きた人間の目つきではなかったが、雫は逃げ出したくなる程怖いのをどうにか押し殺して口を開く。
「だ、大丈夫だよ……。私達は、あなたをいじめに来たわけじゃ……」
「こ、来な、い、で……来ない、来ちゃ、こ……駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目」
か細い声で「駄目」を繰り返す少女に、雫も、勤と和弥も呆気に取られている。しかし一体何を言いたいのか、それを三人が考え始めるような猶予は既になかった。
ひとりでにガチャリとドアが開き、閉ざされていた三番目のトイレの全容が露わになる。そこにいたのは、寝そべった状態で和弥の足を掴む青白い少女と、顔をうつむかせたまま便器の隣に立っているもう一人の少女だった。
「二人……目……!?」
「もしかして一人目の子って……!」
和弥の足を掴んでいた少女は、悲しそうな表情を浮かべた後静かに空気へ溶けるかのように消えていく。そこで和弥達はやっとのことで、彼女が和弥達に敵意がなかったことに気がついた。
彼女は和弥の足を掴みこそしたものの、決して引っ張ったり強く握ったりはしていない。あくまで掴んでいただけで、もがいていたのは和弥だけだ。
「来ないで、駄目って……」
彼女が伝えたかったのは「警告」ではないだろうか。ここに来てはいけない、危険だということを必死で伝えようとしていたのではないだろうか。しかしそれが今更わかったところで意味はない。既にその危険は目の前に姿を現してしまっているのだから。
ゆっくりと。少女はうつむかせていた顔を上げる。長い前髪で隠れていた顔が少しだけ露わになって、赤黒い肌が少しだけ露出する。普通ではあり得ないその色合いが、見ている和弥達に恐怖を与えた。
まるで少女の周囲だけ歪んでしまっているかのような錯覚さえ覚える。マスク女の時と同じで、少女が纏う雰囲気は禍々しい。何を根拠にそう感じたのか、和弥達は自分でもうまく説明出来なかったが一目で「この世の者ではない」と感じてしまっていた。
「和弥!」
勤が叫んだ頃には既に遅く、赤黒い少女は和弥へ飛びかかるとその首を強く両手で閉め始めていた。そのまま勢いで後ろに倒れた和弥に馬乗りになり、少女は強くその首を締め上げる。
「かッ……は……!」
声を上げるどころか呼吸もままならない。身悶えながら和弥が少女へ目を向けると、赤黒い顔をぐにゃりと憎悪で歪ませた少女の顔がそこにあった。
ゾクリと。寒気立つ。理由のない悪意が、本来和弥に向けられるべきでない憎悪が、一心に和弥に対して向けられている。それがあまりにも恐ろしくて、和弥は早まり続ける動悸を抑えることが出来なかった。
「このッ……!」
数瞬呆気に取られていた勤だったが、すぐに慌てて少女へ和弥もろともバケツの水をぶちまける。すると、勤の推測は正しかったのか、少女は身体をびくつかせて反応を示した。
「つと……むッ……」
今ので少し手が緩んだのか、和弥はかすれた声をどうにか吐き出しながら少女から離れていく。
「和弥君っ!」
咽る和弥の元へ雫が駆け寄ると、少女は雫の方へ視線を向けた。
「しず、く……離れ、ろッ……!」
和弥の言葉も虚しく、今度は雫へ飛びかかっていった少女は和弥と同じように雫の細い首にも手をかける。
「雫ッ!」
この瞬間、勤の中で恐怖よりも怒りが勝る。凄まじい形相でバケツを手に取ると、今度は少女の頭にバケツをかぶせるようにして叩きつける。
その乱暴な一撃でのけぞった少女の頭からバケツを外し、首根っこを掴んだ勤は苦虫を噛み潰したかのような表情を浮かべて少女の顔を残っている水の入ったバケツの中に強引に突っ込んだ
「クソが……ッ!」
こんな行為は勤としては本意ではない。心底不愉快そうな表情を浮かべたまま、もがく少女の頭をバケツの中へグイグイと押し込んでいく。
もがき苦しむ少女の姿が嫌でも目に入り、勤の不快感を促進させる。しかしそれでも、ここで手を緩めるわけにはいかなかった。このまま放っておけば雫や和弥に再び危険が及ぶのは明白だったし、勤自身にだって襲い掛かってくるだろう。こんなやり方はしたくなかったが、例え自分が一番の汚れ役を買ってでも、雫を守らなければならないという使命感が……執念が勤をそうさせていた。
「や、やめて勤君! やめて!」
雫がそう叫んだ頃には、既に少女はグッタリとしてしまっており。先程のような勢いは感じられない。そんな少女の頭を乱暴に放すと、勤はすかさずもっていた札の切れ端を少女へ押し付ける。
「ハァ……ハァ……」
肩で息をしながら勤が少女へ切れ端を押し付けている内に、少女は札に吸われるかのようにしで徐々に姿を消していく。そして数十秒と経たず、マスク女の時と同じように少女の姿はその場から掻き消えてしまった。
「……これで、わかっただろ……」
呼吸を整えながらそう言って、勤はそのまま言葉を続ける。
「既に死んだ者に、話が通じなどしない……!」
「……でも……」
悲しげな表情を浮かべて何か言いたそうに勤を見つめる雫へ、勤はかぶりを振った。
「死んだ人間のことなど一々気にかけるな! 俺は……俺は、生きている君の方が大切だ」
まっすぐに雫を見つめてそう言った勤に、雫はどこか複雑そうな表情を浮かべて目をそらす。それを見て少しだけ顔をしかめた後、勤は和弥へ視線を向けた。
「和弥、君もだ」
「……何がだよ?」
「俺達は生きている。死んだ人間のことは、忘れはせずとも引きずるな」
ぶっきらぼうに答えた和弥へ、諭すように勤はそう言う。そんな勤の顔をジッと見つめた後、和弥は面白くなさそうに視線をそらした。
「……自分に言い聞かせるみてぇに言いやがって」
三人共が、バラバラの場所を見ている。一つも噛み合わない視線に嫌気がさしたのか、静かに雫は二人に背を向ける。
そんな三人の姿を、トイレの外からあの白い少女がジッと見つめていた。




