「其の一」
蝶上学園部室棟の一室にある、超常現象研究会の部室は、静かに時間が流れていた。窓からは温かい日差しが差し込んでおり、のどかな昼下がりと言った感じで、長テーブルを挟んで二人の部員がゆったりと時を過ごしていた。
部員の一人は蘭堂雫という少女で、先程から静かに読書を続けている。長いストレートの黒髪のせいか清楚そうな雰囲気が強く、読書という行為がその印象を更に強くする。そんな彼女のことを正面から黙って見つめているのはこの部屋にいるもう一人の部員、犬飼勤である。やや長めの前髪を左右に分けており、少し濃い目の男らしい眉毛を晒している。彫りの深い顔立ちで、やや特徴的なため顔は覚えられやすいタイプだろう。
勤はジッと雫の方を見つめているが、雫の方は気づいているのかいないのか、時折長い髪を撫でながら、読書を続けるだけだった。
そんな部室の中にノックの音が転がり込み、中にもう一人の部員が入ってくる。
「あ、和弥君!」
その部員が入ってくるやいなや、今まで読書に集中していた雫はすぐに顔を上げる。
「……なんか久しぶりだな、こうして集まるの」
感慨深そうにそう言ったその少年は、新藤和弥である。ワックスか何かで固めたツンツン頭がまず印象に残る少年で、食が細いのかその体躯は平均的な勤と比べると細めに見える。
「部長の君が今まで部活に現れなかったからな」
そんな勤に和弥が苦笑していると、雫は本を閉じ、微笑んでから口を開く。
「……仕方ないよ、和弥君も大変だったんだし」
「まあそれはわからんでもないが……」
和弥がこの部室に現れなくなったのは、同じ超常現象研究会の部員である新藤桜が亡くなったからだ。桜は和弥と一つだけ年の離れた妹で、彼女が亡くなってから塞ぎこんでいた和弥は部活に来なくなり、次第に勤と雫も来なくなってそのまま数ヶ月部活は実質的に停止したままになってしまっていたのだ。
「悪かったな休みっぱなしで。でもまあ、こうして久々に集まれて良かったよ」
そう言いつつも、どこか和弥の目は遠い。それが気に障ったのか、勤はどこか面白くなさそうに眉間にしわを寄せた。
「どうかな。君が本当に会いたかったのは俺達じゃないだろう」
どこか睨むような視線を向ける勤に、和弥は少しだけ目線をそらして口ごもる。それから少しだけ厭な沈黙が流れていたが、それを遮るように慌てて雫が口を開く。
「やめようよそういうの……。折角集まったんだし……」
「つーか集めたのはお前だろ? 何か話があるんじゃないのか?」
和弥がそう問うと、勤はコクリと頷いて足元に置いていたバッグから一冊のノートを取り出す。
「まあ話題になったから知っているとは思うが、先日うちの旧校舎で行方不明者が出た」
「そういやあったなこんな事件……まだ見つかってないんだろ?」
「ああ。何度捜してもいないらしい。旧校舎の中にも外にもな」
そう答えつつ、勤はノートを開くと、机の真ん中辺りへ置き、ノートを見るように二人へ目線で促す。
そのページには新聞の切り抜きが貼り付けられており、二人は静かにその新聞記事を黙読していく。
「所謂神隠しというやつかも知れん。いなくなった二人は、俺達の一つ下の学年だな」
行方不明になったのはこの蝶上学園に通う一年生の男女で、警察側は捜査を続けているが、未だに手がかり一つ掴めないでいるらしい。二人が行方不明になる前日、肝試し感覚で夜の蝶上学園旧校舎に忍び込む、と言っていたと友人が供述していたそうだが、旧校舎を警察が捜索しても手がかりは掴めなかったとのことだった。
「あ、これ、祠が開いてたって……」
雫の言う通り、その記事には「旧校舎裏にある祠が何者かによって開かれていた」と記述されている。警察側の推察では行方不明になった二人が開いたのではないかとされているが、事実は不明のままである。その祠に関しては、生徒達の間で様々な噂が飛び交っており、やれ呪いの祠だのやれ封印の祠だのと言われており、旧校舎自体の不気味さもあいまって近づく者はあまりいない。恐らく、この事件について調べた生徒の大半はあの祠が開いたことにより、呪いか何かで行方不明になったんじゃないかと考えているかも知れない。
かくいう雫もその一人で、やはり彼女の超常現象研究会のメンバー、このような不可解な事件にはやはり超常的な何かを関連付けて考えがちだった。
「なるほどな。超常現象研究会としては、この祠と行方不明者の関連性を考えていきたいものだ。どうする和弥」
「どうするって、何をだよ?」
キョトンとした表情でそう答える和弥に、勤はわざとらしく溜め息を吐いて見せる。
「うちの部はこの件について調査はするのかって聞いてるんだよ部長」
ああそういうことか、と頷くと、和弥は言葉を続ける。
「だったら、昔学園の七不思議を追いかけたみたいに、夜中に調査しに行ってみる、というのはどうだ?」
そんな和弥の提案に、わかりやすく表情を明るくさせたのは雫だった。
「うん、それ良いかも! 最近部活らしいことしてなかったし、久しぶりに皆でそういうことしたいね!」
「事件があったのは夜だ。同じ時間帯に行けばどんな目に遭うかわからんぞ」
雫は嬉しそうに表情を明るくしていたが、勤の方はあまり賛成ではないのかやや難色を示す。
「そりゃそうだけど、この話持ちかけたのお前だろうが」
「俺は調査するのか、と聞いただけだ。別に昼間に行くなら止めはせん」
勤の言うことは正論だ。実際に人が行方不明になった場所へ、最も危険な夜中に忍びこむことがどれほど危険か、和弥だってわからないわけじゃない。
「人がいなくなってンだ。原因突き止めねえと」
「……彼らは君の友達だったのかな?」
「そういうわけじゃ……ねえけど」
やや威圧的な勤の問いに、うまく答えられず和弥は口ごもる。そのまま部室内にはどこか重い沈黙が訪れた。
「随分と献身的だな。友達でもなかった奴らのために原因を突き止めたいだなんて」
「だからってほっとけるわけねえだろ! お前は目の前で人が死んでも、友達じゃなかったらどうでも良いのかよ!?」
語気を荒げた和弥を、勤は静かに睨みつける。
「そういうわけじゃない。ただ危険な場所に踏み込む動機が不十分に感じただけだ」
そんな勤を、和弥も同じように睨みつける。今にも喧嘩になりそうな一触即発の雰囲気が訪れて、雫は一瞬悲しげに目を伏せた。
「まあまあとりあえず、今晩は三人で旧校舎に行ってみようよ! ……ね?」
空気に耐え切れず雫が仲裁に入ると、ピリピリしていた二人もとりあえず落ち着いたようで、雫はほっと胸をなでおろした後、小さく溜息を吐いた。
昔はこんな風に和弥と勤が喧嘩しかけるようなことなんてなかったことを思うと、昔のことを思い出して少しノスタルジックな感覚に陥ってしまう。前はもっと楽しくて、毎日部活に来るのが楽しみで、七不思議だの心霊写真だのUMAだの、そんな他愛もない会話に花を咲かせていた。あの時期が一番楽しかったように思うけれど、過去を想っても今は変わらない、そうはわかっていても思いを馳せずにはいられなかった。
そうやって一人で昔を懐かしんでいると、不意に視界の隅に人影が映る。見ると、部室の隅に一人の少女が佇んでいた。
「えっ……?」
真っ白な出で立ちの少女だった。白いワンピースを着た、白いセミロングヘアの小さなその女の子は、無表情なまま雫をジッと見つめている。どこか浮いているような雰囲気で、まるで幽霊か何かのようにも感じてしまう。特に雫や和弥達に干渉する様子はなく、ただそこにいて、ジッとこちらを見ているだけだったが、雫は小さく身震いする。この部室が開いた形跡はない、今まで雫達三人しかいなかったのだから、気づかない内に四人目がいるなんてのは明らかにおかしい。
ゴクリと。生唾を飲み込む。いくら超常現象の類に憧れがあったとしても、雫が怪奇現象を体験したのは今が初めてだ。
次第に感覚が張り詰める。厭な汗がじっとりと額を流れる。ただただ、驚愕と緊張で思考が埋め尽くされる。だが恐怖はなく、何故か悲鳴を上げる気にはならなかった。
ゆっくりと口を開いたが、言葉は出ない。彼女に対して何か声をかけるべきなのか、それとも和弥達にこのことを伝えるべきなのか。
「おい……おい!」
決めあぐねている内に、勤の声が雫の思考を遮った。
「おい、雫! どうした?」
「え、あ……あれ……?」
和弥にそう問われた頃には、いつの間にか少女の姿はその場から消えていた。どういうことなのかわからず訝しげな顔を見せる雫だったが、すぐに平静を装い、二人の方へ視線を戻す。
「雫……疲れているのか? 今日はやめておいた方が良いんじゃないか?」
「う、ううん何でもない……大丈夫……」
そう答えた雫に、勤は少しだけ怪訝そうな表情を見せるが、すぐに話題の路線を元に戻す。
「大丈夫なら良い……。それで、集合時間はどうする」
そのまま部室で集合場所、集合時間について話し合ったが、あの少女がもう一度現れる気配は少しもなかった。事あるごとに部室の中を見回す雫だったが、少女らしき姿はもう一切見受けられず、ハッキリと視認した雫自身でさえも、幻覚か何かであるかのように思い始めてしまう。
夜の十一時頃に現地集合。そうして話がまとまってからも少女の姿を見つけることは出来ず、結局彼女が何だったのかわからないまま、雫は部室を後にすることになった。
部室で一通り話し合いを終えた後、雫は帰路に着いていた。隣には生徒会役員の仕事をこなしながら雫を待っていてくれていた友人、塔野香織がおり、今日の部活のことや生徒会でのことを談笑しつつ、二人共のんびりとしたペースで歩を進めている。
大人しそうな雫とは対照的に、香織は活発そうでボーイッシュな印象を受ける少女で、ショートヘアがよく似合っている。転校してきた雫にとって初めて出来た同性の友人は香織だったため、彼女とは特別仲が良い。
「ていうかホントに行くの? やばくない?」
雫の身を案じているのか、夜中に旧校舎を探索する話をすると、香織は不安げな表情でそう問うた。
「うぅん、多分、大丈夫……かな。和弥君や、勤君もいるし」
「あ、そっか……犬飼君も一緒なんだ……」
ほんの一瞬だけ香織の表情が曇ったが、それに雫が気づくよりも、香織が再び元の調子で雫に声をかける方が早かった。
「それなら……まあ、大丈夫かな。でも気をつけてね」
「うん、ありがと。一応お母さんには香織の家に泊まるって言おうと思ってるんだけど、良ければその後泊めてもらえないかな?」
それは急な話で、雫はかなり申し訳なさそうな表情で香織を見ていたが、香織の方はそれを快く承諾する。
「それなら大丈夫だよ。一応親に聞いてみるけど多分大丈夫だから、後で連絡するねー」
「なんか急にごめんね……」
「いいよいいよ気にしないで。むしろお土産話楽しみにしてるから!」
そう言って快活に笑う香織に、雫は何度もお礼の言葉を告げた。
午後十一時、蝶上学園の旧校舎前に、三人は一人も遅れることなく到着していた。古い木造建築の旧校舎は昼間も人気がなく、それが夜ともなると昼間の比ではなく、立派な心霊スポット並の不気味さを醸し出す程になっている。正直なところ、普通ならこんな場所へわざわざ夜中に入り込むようなことはまずしない。
「不気味だね……」
暗闇の中、その不気味さを遺憾なく発揮する旧校舎を眺めつつ、ボソリと呟いたのは雫だった。
「……だな。前はよく夜中に入り込んでたんだけどなぁ……」
まだ超常現象研究会が出来たばかりの頃はよく面白半分に旧校舎に忍び込んでいたが、あの頃からかなり日が経っているせいか、旧校舎が当時より不気味に見える。否、実際当時より不気味なのかも知れない。
前に来た時と空気が違っているような気がするし、雰囲気もかなり薄気味悪い。そういった前との違和感が和弥に今回の調査を躊躇わせていたが、こうして人が集まってしまった以上は入らずに解散というわけにもいかない。
「本当に心霊現象の類が起きかねん雰囲気だな」
「そうだね、やっぱりちょっと怖いかも」
「心配するな。何かあっても俺がいる」
そう言って勤は雫の肩を叩きながら微笑むが、雫は困ったような笑みを浮かべて視線をそらすだけだった。
「……目をそらさないでくれ。俺を、俺を見るんだ」
雫の肩を両手で掴み、勤は真っ直ぐに雫に視線を向ける。しかしそれでも、雫は視線をそらしたままで勤と目を合わせようとはしない。
「雫、何故――」
言いかけ、勤は不意に言葉を止める。勤の視界の隅に、突如白い人影が映ったからだ。
「――ッ!?」
驚いて目を凝らして見ると、雫の後方に白いワンピースを着た少女が立っていた。彼女はこちらをジッと見つめているだけで、何かする様子も、何か喋る様子もない。
「なんだ……?」
「勤君……?」
既に勤の視線が明後日の方向に向かっていることに気がついて、雫は訝しげに勤を見つめる。既に勤は雫の肩から手を放し、ジッと白い少女を見つめていた。
「……二人共、あそこに誰かいるぞ」
白い少女を指差し、勤はすぐに和弥と雫へ白い少女の方を見るように促したが、その頃には既に少女の姿はいつの間にかかき消えてしまっていた。
「……誰もいねえぞ……?」
「何か見えたの?」
和弥も雫も少女のことは見えなかった様子で、二人共訝しげな表情で勤を見ている。
「ああ、確かにあそこに誰かいた……」
確かに見えていた。勤の目には、あの白い少女はハッキリと映っていたが、いつの間にかいなくなっている以上、そこにいたことを証明する術を勤は持たない。
「どんな奴だ? いなくなった二人じゃないのか?」
和弥の問いに、勤は首を左右に振った。
「いや、まるで違った。白い服を着た少女だ」
勤がそう言った瞬間、雫が表情を一変させる。
「それって、白いワンピースで白い髪の……」
「見たのか!?」
勤の言葉にうなずき、雫は昼間に部室で白い少女を見たことを二人へ話す。和弥は半信半疑と言った様子だったが、今丁度白い少女を見たばかりの勤は雫の話が真実であり、同じ人物を見たのだと確信した。
「特徴も一致している、一体何なんだ……」
「まさか幽霊の類じゃねえだろうな」
和弥としては軽い気持ちで口にした言葉だったが、勤と雫の表情は深刻だ。雫が見た時、突如部室に現れた、というのがあの少女を心霊現象たらしめている。
「悪い、真剣に考える」
「いや、別に間違った推測じゃない。雫の話もそうだが、俺が今見た時も急に現れて急に消えている」
旧校舎の不気味さもあいまって、あの白い少女の存在がどことなく恐ろしいものであるかのように思えてしまう。本当に彼女が心霊現象の類なのだとすれば、消えた二人組のこととも何か関係があってもおかしくない。
「何か手がかりが掴めるかも知れないな」
和弥の言葉に、勤は静かに頷いた。
その後すぐに三人は校舎裏の祠の元まで向かった。記事に書いてあった通り祠は開け放たれており、中には何も入っていない木箱が、これまた開け放たれた状態で放置されていた。もう随分と古い祠なのか、祠そのものも木箱も脆そうに見える。
祠の周囲は、和弥が旧校舎そのものから感じた気持ち悪さが特に色濃く、いるだけでどこか不快に思える程である。このどこか禍々しい雰囲気を感じているのは和弥だけではないようで、勤は腕を組んだ状態で顔をしかめており、雫は気分が悪そうな様子で顔を俯かせている。
「何だかここ、気持ち悪い……」
「……同感だな」
呟くようにそう言った雫に、勤は腕を組んだままそう答え、祠の中を覗き込む。
「何なんだこの薄気味悪さは……」
「本当に何かあったのかも知れないな……」
和弥の言葉に勤は小さく頷いた後、祠の周囲を探索し始める。それに習って和弥と雫も周囲をうろつくが、特に何か手がかりや特別なものは見つけられない。よくよく考えてみれば警察にだって見つけられなかったものを素人である三人が見つけ出せるハズもなく、途中でそれに気がついたところで、和弥は小さく溜め息を吐いた。
そのままどこを見るでもなくボンヤリとしていると、木陰に白い少女が立っているのが見える。それが勤と雫の言っていた少女だと気がつくのに、それ程時間はかからなかった。
「お、おいアレ!」
和弥が少女を指差すと、勤と雫もすぐに少女へ視線を向ける。
「……間違いない、アイツだ」
今度は三人共同時に少女を視認することが出来たようで、全員が少女を凝視している。それに対して少女は、今までと同じようにジッとこちらを見つめるだけだった。
「何なんだ……お前は」
恐る恐る和弥がそう問うと、少しだけ間を置いた後少女はゆっくりと口を開いた。
「呪いが、解き放たれた」
「……呪い? 消えた二人と何か関係があるのか?」
勤の問いに、少女は答えない。ただ黙ったまま和弥を見つめるだけで、それ以上何も言おうとはしなかった。
ゆっくりと、少女は歩き始める。それを追いかけようとして三人は駆け寄ったが、少女は木の影に隠れてしまってそのまま出てこなくなってしまう。すぐに三人はその木の元へ向かったが、その時には既に少女の姿は消えてしまっていた。
「何だ……何なんだ一体……」
和弥の言葉に、誰も答えることが出来ない。ただ間違いなく言えるのは、あの少女が普通の人間ではないであろうことだけだ。本当に何らかの心霊現象の類なのかも知れない。
「あの子、呪いが解き放たれたって……」
「一体どういう意味だ。言葉通りに捉えるなら……」
勤が視線を向けたのは、向こうにある開け放たれたままの祠だ。もし少女の言う「解き放たれた呪い」が本当にあるのだとすれば、あの祠と関連付けて考えずにはいられない。
「どうする、いよいよ危険かも知れんぞ」
「ああ……。だが俺はもう少し調べてみたい」
もしあの少女が何かを知っているのであれば、和弥は捜し出して聞き出したいと思ったし、何より初めて体験する超常現象らしきソレに、心が踊らないと言えば嘘になる。単純な好奇心が、和弥を妙に奮い立たせていた。
「……私も、気になる。もう少しだけ調べてみようよ」
「あまり賛成出来ないな。俺達まで消えた二人の二の舞いになってしまえば元も子もないぞ」
勤にも、和弥や雫と同じようにもう少し調べたいという気持ちがあるにはあったが、正直なところ恐怖が勝ってしまっていた。それに、今の和弥は少し無鉄砲な印象を受ける。止めても聞かないだろうとは思うが、黙って同意する気にもなれなかった。
「だったら俺一人でも行く」
「……その方が余計危険だ。俺も行こう、少し調べたら帰るぞ」
嘆息しつつ、渋々勤は同行することを決めた。
その後三人で話し合い、校舎の中へ入ってみることになった。正面玄関のドアは大抵鍵が開いたままになっているのだが、事件の後であるせいか鍵がかかっており、三人は一つだけ鍵の開いていた窓から中へ侵入する。
校舎の中は非常に薄暗く、木造建築独特の雰囲気が醸し出す不気味さは筆舌に尽くし難い。一歩ごとにミシミシと音を立てる廊下が更に三人の不安を煽ったが、それでも三人は校舎の中であの少女や手がかりを探して歩き回る。
しばらくウロウロしたが、一階には何も見当たらない。だが校舎の中に漂う異様な雰囲気は、外で感じたものよりも遥かに強い。何かあるような気がしてならなかったが、それが何なのかわからないのが不安だったし、恐ろしかった。しかしそれでも校舎の中で「何か」を探してしまう自分達の好奇心が恨めしい。
そうして一階を歩き回っていると、不意に上の階から足音が聞こえ、驚いた雫が肩をびくつかせた。
「今の……何?」
「……あの白いやつか!?」
「……さあな。行方不明の二人かも知れん。とにかく上に上がってみるか?」
二人が頷いて見せたのを確認すると、勤は先頭に立って旧校舎二階へと歩を進めた。
しかし二階へ到着したところで人の気配は少しも感じられない。足音は間違いなく三人共聞いていたのだが、誰もいないとなるとぞっと寒気がしてくる。神出鬼没で現れたり消えたりするあの少女が二階にいたのだとしたら、消えていることにも説明がつきはするが不気味なことに変わりはない。
「誰もいないね……」
「誰かいてくれた方が良かったんだけどな……」
そう言いつつ辺りを見回すが、やはり人の姿は見られない。
「教室の中に入っちゃったとか?」
「あり得るな……。手当たり次第に一部屋ずつ開けてみるか?」
勤の問いに雫が答えるよりも再び足音が三人の鼓膜を刺激する方が早かった。今度は上からではなく、確かにすぐ近くで聞こえていたのだが、辺りを見回しても足音の主は見つけられない。
「誰かいる……な」
ゴクリと。和弥は生唾を飲み込む。あの白い少女であれば色々聞きたいこともあり好都合だが、もしそうでなければ一体何なのか……。行方不明の二人組かも知れないが、もしそうだとしたら何故数日間の間この旧校舎の中に残っていたのかわからない。正体がわからない以上、得体の知れない不気味さが三人の背筋を凍らせた。
「教室の中からかも……とりあえず開けてみようよ」
そう言ってすぐに雫は、一番近い場所にあった教室のドアへ手をかける。そしてゆっくりとドアを開けようとした瞬間、背後から不意に気配を感じて肩をびくつかせた。
「和弥君……? それとも……勤君?」
それは、単純に雫の希望を述べたに過ぎない。背後から感じられる異様なまでの威圧感があの二人から発せられているとは思えない。
ゾクリと怖気が走り、じっとりと厭な汗が額に滲む。鼓動は雫を逃げろと急かすように早まり、肩は小刻みに震え始めている。
「……雫、俺達じゃない! 逃げろ!」
和弥が叫んだのとほぼ同時に、雫の首筋にナイフの刃先が当てられた。
「――ひっ」
背後にいるソレからは、息遣いが聞こえない。首筋にナイフを突きつけているその手も、生きている人間とは思えない程に青白いため全く生気を感じられない。
ゆっくりとソレが雫の顔を覗き込み、目だけでニタリと笑みを浮かべた。




