「始まり」
私立蝶上学園には、未だ取り壊されないまま残されている旧校舎が存在する。取り壊すと呪われるだとか、単純に当時の生徒が取り壊されないように学園側と交渉しているだとか、様々な憶測は飛び交っているが結局のところ現在の蝶上学園の生徒の大半は旧校舎が取り壊されない理由を知らない。そのせいか、飛び交う噂の中でも最も生徒目線で面白みのある、所謂「呪い説」ばかりが学園中に蔓延しており、それが影響して夜中に肝試しをする生徒が後を絶たない。
「ねえやっぱここマジモンっぽくない? やめようよぉ……」
今夜旧校舎の敷地内に入っていたのはカップルと思しき男女で、彼女の方は少し怯えた様子だったが、彼氏の方は旧校舎の不気味な雰囲気などどこ吹く風といった様子で、ヘラヘラとした笑みを浮かべている。
「いや普通にビビリ過ぎっしょ? 雰囲気楽しむには持ってこいの場所だと思うぜ」
彼女の前で強がりたいのかそんなことをのたまってはいるが、内心彼も怯えていないわけではなかった。未だかつて心霊スポットと呼ばれる場所には行ったことのない彼だったが、夜の旧校舎が放つ怪しい雰囲気にはやや圧され気味だったし、学園中で飛び交う「呪い説」がその怪しさ、不気味さに拍車をかけている。
「中に入る前にちょっと外も散策すっか」
「って、アンタも結構ビビってるんじゃない……? だったら帰ろ? それでアンタのことビビリとか思ったりしないから……」
「ンなわけねーじゃん。俺はメインディッシュは最後までとっておく主義なんだよ。お子様ランチもハンバーグは最後までとっとくタイプなの!」
その食べ方ちょっと意地汚いよね、という言葉をなんとか飲み込み、彼女の方は彼の後ろをおっかなびっくりついて歩く。
広いグラウンドを抜けて玄関までくると、そのまま二人は中には入らずに校舎裏へと向かっていく。その間ほとんど会話はなく、虫の声と足音だけが二人の鼓膜を刺激する。
校舎裏には、何やら曰くのありそうな祠が一つポツンと建てられており、それ以外は雑草や倉庫しか見当たらない。彼女の方はなるべくその祠には近づきたくないというのが本音だったが、彼氏の方はどこか嬉しげに祠の方へ近づいていく。
「お、それっぽいのあんじゃーん」
「ちょっとそれ絶対やばいって、マジで! 触んない方が良いって!」
彼女の止める声も聞かずに彼氏が祠を開けると、中に入っていたのは小さな木箱だった。木箱には古ぼけた札が貼り付けられており、漢字とも記号ともつかない文字が仰々しく書かれている。もう随分古いものなのか札はかなりボロボロになっており、丁重に扱わなければ今にも破けてしまいそうな程だった。
「ふ、雰囲気出てんな……」
木箱の放つ雰囲気に気圧されたのか、ついに彼氏の方も少しだけ声を震わせる。
その木箱が普通ではないことは、考えなくても二人には理解出来た。本当に何かが封じられているかのような禍々しさが箱全体から漂っていたし、貼り付けられた尤もらしい札は木箱が普通ではないことの裏付けであるようにも思えてしまう。中には何も入っていないかのように軽い木箱だったが、放つ雰囲気は重苦しい。
「あ、開けっぞ……」
「ハァ!? アンタあり得ない! 普通に考えてスルーでしょそういうの!」
彼女の意見はあまりにも正論だったが、ここまできて木箱を手にとってしまっては彼氏の方も引っ込みがつかない。内心ビビリながらではあるものの、既に彼はその木箱を開封することを決めていた。
ここでどう見ても曰くつきのこの木箱を開けることで、彼女に対して良いところを見せようという軽薄な下心が、彼女に見抜かれていることに彼は気づいていない。ここで彼氏を置いて逃げ出さない辺り、彼女が真に彼氏の身を案じていることがわかるが、あまりにも軽薄な彼には勿体ない優しさかも知れない。
「行くぞ……ッ!」
語気を強めて己を鼓舞すると、彼は木箱に貼り付けてある札を乱暴に破り捨てる。二つに分かれた内の片方は地面に落ち、もう片方は彼氏が木箱を開ける際に二枚に破れ、合計三つに破かれた札が地面で風に揺られた。
「………………」
意外にも、木箱の中には何一つ入っていなかった。拍子抜けしてしまう程に箱の中は空っぽで、先程まで木箱が纏っていた異様な雰囲気も、いつの間にか消えてしまっている。
「なんだよ……空じゃん、びっくりさせやがって」
「そ、それはそれで怖いと思うけど……。何だったんだろうね……」
空っぽの木箱を見ても、まだそんなことを言いながら怯える彼女に、彼は呆れたように溜め息を吐いて見せる。
「何も入ってねーんだから何もないんだろ。ビビってそんしたぜ」
心底安心したのか、彼は乱雑に木箱を放り投げると、あまり興味がなさそうに祠へ背を向ける。
「さ、次は校舎の中行こうぜ」
「ほ、ホントに行くの……?」
「そのためにきたんだろ」
結局校舎の中へ入って行く彼の後ろを、彼女は渋々ついていく。そんな二人の背中を、木陰から静かに見つめる目があったことに、二人は気づかない。
夜の闇に馴染まない、真っ白な少女だった。白いワンピースと、その幼い顔立ちには不釣り合いな白い(どちらかというと銀に近い)セミロングヘアを風に揺らしながら、少女はジッと二人の背中を見つめた後、地面に落ちた札へチラリと目を向け、悲しげに目を伏せた。
「じゃあまずは、トイレで花子さん探しかなー!」
「ちょっとだけ見たら帰ろ? ねえ怖いって!」
彼女の止める声も聞かず、彼は軽快な足取りで校舎の中へ入って行く。
数日後、行方不明になった二人を捜すポスターが町中に貼られることになる。




