「終わり」
旧校舎での事件が解決して以来、和弥達の前にあの白い少女が現れることはなくなった。
雫に対するいじめは完全に沈静化し、雫と香織はお互いに謝りはしたものの最初はぎこちなかったが、時間と共にその関係は元に戻っていった。
超常現象研究会は活動を再開し、特に大した活動はしていないものの毎日のように放課後部室に集まっては新部員の香織も混じえてオカルト話や他愛もない世間話に花を咲かすようになっていた。
あの一件以来距離が一気に縮まった勤と香織は急速に仲を深めていき、今となってはもう付き合っているのと変わらない。部活中だろうがなんだろうが大体べったりとひっついている。というか和弥と雫がよく知らないだけでもう付き合っているのかも知れない。
和弥と雫はまだ距離を測りかねている様子だが、少しずつ、少しずつ距離は縮まり始めている。
そんなこんなで、あの事件から数週間が経過した。
その日は、特に超常現象の話をするでもなく雑談だけで盛り上がっていた。担任の教師の悪口だとか、出された課題の進行具合だとか、そんな話をしながら四人で同じ時を過ごしていたが、午後四時過ぎくらいになったところで不意に勤が立ち上がった。
「さて、そろそろ俺は帰るかな。試験も近い」
「あ、じゃあ私も帰る!」
勤と、それに引っ付くようにして帰っていく香織に別れを告げ、和弥と雫はそのまま部室に残る。あの事件の間も含めて和弥と雫が二人きりになるようなことは今日までほとんどなく、雫に限らず和弥も少し意識しているせいかなんとも言えない微妙な沈黙が二人の間に訪れる。
隣に座っていながら、お互いに何も言わないまま時が過ぎる。見れば、二人共どこか気恥ずかしそうに頬を赤らめていた。
「そ、そういえば……」
そんな沈黙を、勇気を振り絞るようにして破ったのは雫だった。
「この間は大変だったね……」
「この間? ん、ああ……」
問い返しつつ、雫が旧校舎での事件のことをさしていることに和弥は気がつく。思えばあれからもう一ヵ月近く過ぎたのかと思うと感慨深い。雫の右腕のギプスも、次に病院へ行く時には外れるらしい。
今こうして平穏に日常を過ごしていると、あの事件がどれだけ非日常だったかを思い知らされる。無事こうして生きていられるのがありがたいくらいだった。
それに、あの事件でモヤモヤしていた様々なことが片付いたように思う。桜の一件以来バラバラだった研究会のメンバーも、今はこうして集まって騒げるようになっていた。
「こう言っちゃなんだけど、あの事件のおかげで色々さっぱりしたような気もするけどなぁ」
「……それもそうだね」
そう言って、お互いに笑みをこぼす。あの事件のせいで死にかけたり、何度も酷い目に遭いはしたが、今こうしていられるのはあの事件のおかげと言えるかも知れない。
「え、えっと……それでね……」
不意に、雫が顔をうつむかせてそわそわし始める。
「なんだよ……?」
「その、ちゃんと言っておきたいことが……あるんだけど……」
雫の様子とその言葉である程度察したのか、和弥は恥ずかしそうに雫から顔をそむけた。
「お、おう……」
鼓動が高まるのがわかる。顔はお互いに真っ赤で、自分が今どんな表情になっているのかもわからない。
思い切ったように雫が顔を上げて和弥を見つめると、和弥もそむけていた視線を雫へと戻した。
「わ、私……前から、か、和弥君のことが……」
ゴクリと。生唾を飲み込む。事件の時とはまた違うなんとも言えない緊張感が二人の間に走った――その瞬間だった。
「だーいすき」
ひょっこりと二人の後ろから顔を覗かせたのは、例の白い少女だった。
「な……っな……!?」
「……言っちゃった」
わけが分からず困惑する雫をよそに、少女は少しだけ頬を赤らめて和弥から目をそらす。そんな様子を、和弥はポカンとした表情で呆然と見つめていた。
「お、お前何で……!?」
「神出鬼没」
どこか嬉しげな少女のブイサインに、雫は思わず溜息を吐く。
「も、もう……台無しじゃない……!」
雫のその言葉でハッと我に返ったのか、再び和弥は恥ずかしそうに頬を赤く染め始める。
「あ、いや、その……なんというか……」
再び二人の間に微妙な沈黙が訪れる。そして今度は、和弥によってその沈黙は破られた。
「お、俺も……その……」
言い淀む和弥。顔を真っ赤にして言葉を待つ雫。そして――
「だーいすき」
割って入る白い少女。
「お前は黙ってろ!」
和弥に怒鳴られ、いたずらっぽい笑みを浮かべながら少女は顔を引っ込めた。
ほんの少しだけ非日常を交えながらも、和弥達の時はゆっくりと穏やかに進んで行く。きっとまた立ち止まることはあるのだろうけれど、またきっと歩き出せる。根拠もなく、誰もがそう思った。




