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アプローチのかけ方(2)

「なんですか。冷やかしに来たんですか。冷やかしではないというのなら人数×1000円先輩が払ってください」


 いらっしゃいませの声もなく俺にのみ催促が来ました。それ、どう考えても香夜ちゃんの時給より高いですよね。俺はそんなに金を持ち合わせていません。

 どこまでが冗談だったかはわからないが、香夜ちゃんの案内によりテーブル席に四人、腰掛けた。


「可愛いですね。東雲さんの制服姿」


 香夜ちゃんが去った後にぽつりと花菱さんが呟いた。


「しかも、わざわざ自分から案内に来るとは」


「たまたま近くにいただけじゃないのか?」


「甘いです佐原先輩」


「何がだよ」


「店員は他にもいます」


「そういえば、私たちが来るといつも香夜ちゃんが案内してくれるわね」


「他の人が気遣ってくれんじゃないのか?」


「忙し……くはなさそうですね」


 失礼な話でもある。確かにそう客がいるようには見えない。平日だし、別にテスト期間でもないから勉強ついでに利用してる学生もいなさそうだ。

 俺たちが来てる時がたまたまそうなのか、いつもこうなのか。こうも閑古鳥が鳴いてるようでは色々不安しかないのだが。主に香夜ちゃんの給料について。


「ご注文はお決まりですか?先輩は強制的に一番高いパフェを注文して私に提供してください」


「店員がバイト中に食べるな」


「じゃあ私それ頼むー」


「ちょっと待て。ここの一番高いのって……」


 みんなの視線があるポスターへといった。

『大食いチャレンジ』とデカデカと書かれたポスター。見るからに一人で食べるものではない。写真でそれなのだから実物なんて相当なものだろう。

 成功賞金5000円。失敗したら4000円。奇しくもなのか、知っていてあの発言だったのかは知らないがちょうど4000円なのだが。ちなみに今年から始めたらしい。未だ成功者はゼロとのことだ。なんでわかるかって、ポスターの下に成功人数が書かれてます。あくまでこの店舗の話かもしれんが。一応チェーン店といえばチェーン店なので、他にもあるのだ。行ったことねえし、この店舗だけ独自で行ってるのかもしれん。客増やしたいのか?全然宣伝されてねえけど。


「香夜ちゃん。頼んだ場合……」


「もちろん一人で完食してもらいます。監視で私が付きます」


「恵。メニュー欄に載ってるやつおごってやるから、そっち選べ」


「お兄ちゃん。私を疑っているね?」


 疑うも何もお前はそんな大食感ではないだろう。しかも、香夜ちゃん。監視とは言うがただのサボりです。それでいいのか。


「つーかお前の自信はどこから来るんだ」


「美沙輝さんの唐揚げ一気に食い尽くしたよ」


「比較対象がおかしい。揚げ物とデザートだろ」


「頼むんですか?どうするんですか?」


「負担はお兄ちゃん持ちだよ!食べきれなかったらみんなでシェアするんだよ!」


 食べきってください。俺の懐だってホカホカじゃねえんだよ。もう底は見えて冷え冷えだよ。

 今からそんな冷え冷えなデザートがここに送られてくるわけですが。


「ちなみに監視と言いましたが、そんなことは仕事があるので出来ません。めぐちゃん、頑張ってね」


「ありがと香夜ちゃん」


 香夜ちゃんはハンディを打ったあと、一礼をして再び去っていった。

 さて、俺はこいつが食べきれるか分からんからこれ以上頼むわけにもいかない。

 手持ちは五千円。樋口さん、どうか飛ばないようにしてください。

 適当に雑談を重ねてるうちに、注文していたものがきた。内容はよくわからないがとにかくでかい。アイスクリームやら生クリームやらフルーツてんこ盛り。仮に食えなかったとして4000円でも採算が取れるのかよく分からんな。俺が気にすることではないだろうけど。俺が気にすることは恵が目の前のパフェを食べきれるかどうかなんだが。


「制限時間は1時間です。タイマー置いておくので。いじったら分かりますからね?」


「わかってるよ……」


「四時ですか。では五時前ぐらいに見に来ます。もしそれまでに食べ終わったらベル鳴らしてください。私が行きますので」


「悪いな香夜ちゃん」


「友達の挑戦ですから」


「あ、私普通にこのチョコサンデーお願い」


「はい。あとはいいですか?」


「俺は見てるだけでお腹いっぱいというか、胃がキリキリしてるから」


「私もいいわ。ありがとね」


「はい、では失礼します」


 香夜ちゃんはタイマーをセットして戻っていった。

 さて、恵の挑戦が始まるわけだが、本当にこいつ大丈夫か?


「いただきまーす」


 そういや、こいつ前も来た時一人で食ってたな。

 そんなことを思い出しつつ、恵の挑戦がなんとか成功するようにと祈りを捧げた。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「ごちそうさまー」


「お会計5200円になります」


「……別でお願いします」


「先輩の方は消費税込みで4320円です」


「高い……高いよう」


「泣かないでください。チャレンジ失敗なんですから」


 この愚妹は普通に半分食べたところでギブアップしやがった。時間的にはそこそこ早かったのだが、いかんせん忘れていたことは、こいつはスタートダッシュだけは異常に早い。だが、持久力がなさすぎてすぐに失速する。

 結局、余った分は俺と美沙輝で完食しました。結構お腹いっぱいになったのだが、これを半分は平らげたのだから恵はかなり大食いだったのか?スイーツだけは別腹とかいうあれかもしれない。

 ちなみに花菱さんは一人優雅に自分のパフェを食べてらっしゃいました。なんで俺たちだけこんな四苦八苦してパフェ食べなきゃいけないの?


「しかし……本格的にピンチだ」


「ピンチはチャンスだよ!」


「そのチャンスはトリプルプレーで台無しにされたぞ妹」


「てへ」


「先輩。そんなにピンチなんですか?」


「まあ、正直貯金切り崩してる状態だ」


「店長に相談して雇ってもらえるように掛け合ってもらいましょうか?」


「そうだな……本格的に考えたほうがいいなこれは」


「……やった」


「なんか言ったか?」


「いえいえ。みなさんこれからどうするんですか?」


「今日は解散しましょう。ほら、花菱さん帰るわよ」


「なんで私だけなんですかー」


「まあまあ」


 カランカラン、と扉の音が鳴り二人が出て行くとまたカランカランと同じ音が響く。

 さらにその奥には花菱さんがひたすら後ろを振り返っている。だけど、小さいから軽いのだろうか、ズルズルと美沙輝の手によって連行されていた。


「バイト、いつまでだ?」


「20時までです」


「おう……思ったより時間あるな」


「なんなら今から面接でもさせてもらいます?」


「お兄ちゃん、本当にバイトするの?」


「こればっかりは仕方ないな。金が足りん。貯まったらお前にもなんか買ってやっから」


「私は一緒にバイトしちゃ……ダメかな?」


「……そいつは俺にはどうしようもないな。母さんか父さんに聞かねえと。好きなようにさせてやれって言うかもしれんけど、俺はあまり賛成できない」


 今勉強し始めて、いっぱいいっぱいのはずだ。バイトまでやってたら自分で自分をまだ管理できてないこいつでは両方片手間になってしまうのは目に見えている。まあ、香夜ちゃんがやってるのでやりたいということもあるのかもしれないが。


「一つ聞こう」


「なに?」


「お前、お金に困ってるか?」


「全然」


「ほら見ろ……」


「でも、別に香夜ちゃんだってお金に困ってないよね?」


「私は……ほら、あんまりお金使う時に催促されたくないから。自分で自由に使いたいし。……もしかして、先輩。私がバイトしてる理由でも知りたかったんですか?」


「なんでわかったんだ」


「いえ、なんとなく。私は私で親が放任主義なので、お金の頼み事はしにくいんで」


「……香夜ちゃん。今日家に行っていいか?」


「いや、あの……そんな急だとこっちも色々困るんですけど」


「じゃあ明日」


「明日勉強する日じゃ……」


「香夜ちゃんの家で実施します」


「……はあ、分かりましたよ。面接と言いましたけど、多分履歴書が必要だと思うんでまた書いてきてください」


「今日は?」


「私が話しして、明日詳細を伝えるんで帰ってください」


「じゃあ、帰っか恵」


「またねー香夜ちゃん」


「じゃあね」


 さすがにここから三時間も粘っては迷惑なので帰ることにする。

 ふむ、俺がここでバイトすることになれば香夜ちゃんの制服姿をプライスレスで拝めるのか。今からワクワクが止まらねえぜ。


「お兄ちゃん」


 外に出てから恵に話しかけられた。


「なんだ?」


「香夜ちゃんの術中にハマってる気がするよ」


「お前は難しい言葉覚えたなあ」


「いや……もうそれはいいや。香夜ちゃんもうまいというか……」


「なんの話だ?」


「結局、なんだかんだお兄ちゃんのことが一番好きなのは香夜ちゃんなんだと思うんだよ。でも今日みたいにバイトだと私に勉強教えに来れないし、部活も行けないからお兄ちゃんに会えないから」


「だから少しでも一緒にいるために誘ったってことか?」


「まあ、私を誘っても無理なことは分かりきってるし。美沙輝さんもわざわざアリサちゃんを連れて帰ったってことは何かしらお兄ちゃんから聞いて欲しかったんじゃないの?」


「深読みしすぎだろ。頭の容量オーバーするぞ」


「明日にはリセットされるのでいいです」


 だからこいつは馬鹿なんじゃなかろうか。知識が定着してないのか。


「ま、ともかくバイトするんだったらお兄ちゃんに頼ればいいよね?」


「お前は親からたかってください。俺は香夜ちゃんにプレゼント買うためにバイトすんの」


「私はー?」


「お前にも買ってやっから」


「よーし、私は友達とお兄ちゃんの恋路の応援するよー!」


「介入するやつは馬に蹴られて死ぬっていうよな」


「どういう意味なの?」


「介入っていうよりは邪魔者だけどな。恋路だから恋する道ってことだ。そこに例えば邪魔者がいたとしよう。昔の移動手段は車じゃなくて馬だったから、そいつが馬に蹴り殺されればいいのにっつうことだ」


「今だったら車にひかれて死ぬになるのかな?」


「そんなところに論点とおかなくていい。履歴書っつうことは証明写真も必要か。この辺あったか?」


「あれじゃない?なんかプリクラっぽい」


「編集機能はないからな。シェアするもんでもない」


「ほら、お兄ちゃん髪直して、襟整えて」


「それ、香夜ちゃんにやってもらいたかったな……」


「ありがとうぐらい素直に言えないの⁉︎」


「悪い悪い。ありがとな恵」


 頭を撫でてやるとえへへ、とはにかんで笑った。

 人の身だしなみを見れるほどには成長しているのか。

 しかし、証明写真というのは仏頂面になって仕方ない。俺、こんな顔だっけ?

 自分の写真映りが悪いことに辟易しながら、帰路へとついた。

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