07踊るのならあなたと
目が熱くなる。
「リトアム。あなたはどうしてそんなに私のことを信頼してくれるの?」
ふとリトアムに尋ねた。
「信頼、ですか?シャーリン様は、この王国にとってかけがえのない存在です。シャーリン様は、馬を誰よりも愛しどんな時も正直で強い方です。心から尊敬しています」
心の奥底に染み渡った。飾り気のない、真っ直ぐな言葉だ。
「ありがとう、リトアム」
顔を見つめ、初めて心からの笑顔を見せた。笑顔はビスカイと出会った頃の、無邪気な笑顔とは違う。過去の悲しみを乗り越えて強さと優しさを兼ね備えた、大人の女性の笑顔。
女の笑顔に少し照れたように俯いた男。手をそっと握れば。温かい手に抵抗することなく、そっと指を絡めた。
「これからもシャーリン様の隣にいさせてください」
声は優しく力強かった。
「ええ、もちろん」
答えた。
王都での生活にもすっかり慣れたリトアムとの関係が深まるにつれ、心に穏やかな幸福を感じるようになっていた。ある日の夕刻、訓練を終えたシャーリンに少し緊張した面持ちで声をかける。
「シャーリン様、少しお話ししてもよろしいでしょうか?」
「ええ、構わないわ。どうしたの、そんなに改まって?」
リトアムの様子に少しおかしな表情を浮かべた。
「あの、実は……来週、王宮で定期の夜会が開かれるのですが、もし、もしよろしければ、シャーリン様に私のエスコートでご出席いただけないかと」
顔を少し赤らめながら、おずおおずと切り出す。少し驚いた。
「え?」
今まで夜会には公的な立場として参加することはあったが、誰かのエスコートとして出席する誘いを受けたのはビスカイと別れて以来初めてのこと。
「えっと私が?あなたのエスコートで?」
「はい。シャーリン様はいつもお一人でいらっしゃいますし、ご一緒させていただければ、少しは気が楽になるかと……もちろんご迷惑でなければ、ですが」
表情を窺うように言った。彼の目はシャーリンへの純粋な願いを込めている。少し考える。夜会はビスカイとの思い出が詰まった場所。
煌びやかな装飾、華やかな音楽。隣にいたはずの笑顔。全てが心に深い傷を残していた。すでに過去に囚われてないからこそ、誠実な誘いに、心は動いた。
「分かった。喜んでご一緒させてもらう」
返事にリトアムの顔がぱっと明るくなった。
「本当ですか!ありがとうございます、シャーリン様!光栄です!」
心底嬉しそうに言う。
無邪気な喜びに口元には、自然と笑みがこぼれた。
夜会当日。私邸では侍女のミリアが、慣れない夜会用のドレスの準備に大忙し。
「シャーリン様、このドレスで間違いありませんか?私の腕では、これが精一杯で」
ミリアは、心配そうに顔を覗き込んだ。鏡に映る自分を見つめていた。淡いブルーのシルクドレスは、彼女の落ち着いた雰囲気に良く似合う。普段の訓練着とは全く違う優雅な姿を映し出していた。
「ええ、とても素敵、ミリア。ありがとう」
心からの感謝を込めてミリアに言った。ビスカイと別れて以来、自分を飾ることに興味を失っていたがリトアムとの夜会を前にして、少しだけ心が浮き立つ。
「シャーリン様、お迎えにリトアム様がいらっしゃいました!」
その時、使いの者が声をかけた。少しだけ胸が高鳴る。普段の訓練着とは違う、紺色の騎士服を身につけていた。こちらの姿を目にした途端、息をのんだように立ち尽くす。
「シャーリン様。な、なんて、美しい……」
リトアムの声は、心からの感嘆に満ちていた。頬は再び赤らんでいる。
「そ、そんなに、褒めなくてもいいから」
少し照れながらも嬉くなり微笑んだ。
「いえ、本当に……シャーリン様は、お星様のように輝いていらっしゃいます」
リトアムの真っ直ぐな言葉に少し気恥ずかしい気持ちが起こると、心を温かく満たしていく。
「行きましょうか、リトアム」
手を差し出した。手を大切に受け止め、優しくエスコートされる。王宮の広間は煌びやかな光と音楽、人々の賑やかな声で満ち溢れていた。リトアムのエスコートでゆっくりと広間に入っていく。
「シャーリン様、大丈夫ですか?人が多いですが……」
様子を心配そうに窺う。
「ええ、大丈夫。あなたは、初めての夜会ではないのでしょう?落ち着きなさい」
優しく語りかけた。ビスカイと出席した夜会では、彼の隣にいることが苦痛だった時期もある。今は違う。隣にいることがシャーリンには自然で、心地よい。
二人は様々な貴族や騎士たちと挨拶を交わした。聖なる蹄の守護者として、皆から尊敬の念を込めて迎えられる。リトアムもまた傍らで、堂々と挨拶を交わした。
「リトアム様、シャーリン様のエスコートとは羨ましい限りですな」
ある貴族が、リトアムに冗談めかして言った。少し照れながらも、はっきりと答える。
「はい!シャーリン様のエスコートを務めさせていただけるのは、私にとって最高の栄誉です!」
彼の言葉は偽りのない心からのもの。胸の奥が温かくなるのを感じた。ダンスの時間。多くの男女が音楽に合わせて踊り始めた。少し躊躇しながらシャーリンに尋ねる。
「シャーリン様、もし、もしよろしければ、私と一曲……」
少し迷った。ダンスはビスカイとの思い出が深く刻まれている。リトアムの真剣な瞳を見て、決意。
「ええ、喜んで」
リトアムの手を取り、ダンスフロアの中央へと向かった。不慣れなダンスステップで、少しぎこちない。しかし、リードで、二人はゆっくりと踊り始めた。
「リトアム、もっとリラックスして。馬を操るように、私を感じて」
優しくリトアムに語りかけた。言葉に集中し、徐々にリズムを掴む。二人のダンスは決して洗練されたものではなかったが、そこには信頼と温かい心が通じ合っていた。リトアムの腕の中で心から安らぐ。
「シャーリン様、私……今、とても幸せです」
耳元で、そっと囁いた。同じ気持ちだ。何も言わず、そっとリトアムの肩に頭を預けた。夜会も終わりに近づき、シャーリンと王宮のバルコニーに出ていた。夜空には満月が輝き、王都の灯りが美しく広がる。
「今夜は、本当に楽しかったわ、リトアム。ありがとう」
心からの感謝を込めて言った。
「私の方こそ、シャーリン様とご一緒できて、夢のようでした。あなたは、本当に輝いていました」
横顔を見つめながら言われた。頷く心の中には、もう影はない。苦い思い出が完全に消えたわけではないが、心を支配するものではない。リトアムの存在が心を新しい光で満たす。
「リトアム。私にとって大切な存在になってるの」
そっとリトアムの手を握った。彼は驚きと喜びの表情を浮かべる。
「シャーリン様……」
手を優しく握り返した目には深い愛情と未来への希望が見て取れる。
「これからも、シャーリン様の隣にいさせてください」
手の甲にそっとキスをされた。
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