魔術棟学生寮
轟音。
咄嗟に、音のした方を向く。
見ると、寮の壁面、その二階に位置するところに連なる窓の一つ。それが割れて、黒煙が昇っていた。
そして―—
「きゃぁぁぁ!」
一人の女性が窓から放り出されていた。
即時発動できる魔術の中で、この場で最適な組み合わせは―—
『脚力強化』『衝撃射出』『重力縄』
強化した足で蹴り出し、後方に衝撃を放って、勢いを加算する。
そして、さらに、物体を引き寄せる性質を持たせた、魔力の縄で、放り出された女性を絡め取り、手繰り寄せる。
「大丈夫ですか?」
女性を受け止めながら聞く。
女性は目をパチパチと瞬かせると、我に返ったように答えた。
「え、えぇ、大丈夫よ。助かったわ」
「それなら、良かったです。どうしたんですか?」
女性を地面に下ろして聞く。
「実験してたんだけど、魔力回路の調整に失敗しちゃってね。それより、君は……、もしかして、後輩君?」
女性は、こちらの装いを少し観察した後に言った。
「まぁ、そんな感じです」
「やっぱり! 見慣れない子だから、そうだと思ったのよ。君、名前は?」
「えぇっと、ウェネス・フォルヴェルネです。貴方は?」
俺が戸惑いながら聞くと、女性は、服を軽く整えてから、答えた。
「自己紹介が遅れたわね。私はフュエル・エレフセリア。魔術学部二年生よ。これからよろしくね、ウェネス君」
「よろしくお願いします、エレフセリア先輩」
「フュエルで良いわ」
「じゃ、フュエル先輩、よろしくお願いします」
そう言うと、フュエル先輩は満足そうに頷く。
「うん、それで良いわ。それより、入学試験が終わるのはもう少し先だと思っていたのだけど、もう終わったの?」
「少し事情がありまして。俺と義妹だけ先に学園長から合格を貰いました」
「へぇ~、優秀なのね。まぁ、良いわ。外での立ち話もアレだし、早く入りましょう?」
そう言って、フュエル先輩は寮の中に入る。
フュエル先輩を追いかけるように、俺も寮の中に入った。
「ようこそ、魔術棟学生寮へ。歓迎するわ。もっとも、歓迎会は人が集まらないからできないけど。みんな研究で忙しいの。ごめんね」
「いえ、大丈夫です。そういや、先輩も実験してて吹っ飛ばされたらしいですけど、どんな実験してたんですか?」
歩きながら、そう聞くと、フュエル先輩は少し考えた後に答えた。
「うーん、簡単に言うと、爆発魔術が使えない人でも、爆発を起こせるようにする道具、かな」
「爆発魔術を使えない人でも爆発を起こす? それなら、毎年冬になると、火の魔石の暴発事故が起こってますけど、そういうのとは違うんですか?」
「もちろん。それは、制御できていない爆発でしょ? 私が目指しているのは、制御された爆発なの」
「制御された爆発、ですか?」
「えぇ、爆発の範囲や威力を完全に調整して、安定して爆発を起こすの」
フュエル先輩は楽しそうに言う。
「これが実用化すれば、災害の復興時に瓦礫を吹き飛ばしたり、冒険者が魔物を倒すときに使ったり、色々な活用ができるわ。それに何より……、爆発ってロマンの塊じゃない! そんな爆発が誰でも使えるようになるのよ! 有用じゃないわけないじゃない!?」
興奮しながら言うフュエル先輩。
「それで部屋吹き飛ばして大怪我しかけたんですか?」
呆れながら聞く俺に、先輩は自信満々に答えた。
「えぇ。技術の発展に犠牲は付き物よ」
「それで自分が犠牲になってちゃ世話ないじゃないですか!?」
「大丈夫よ、君が助けてくれたじゃない」
「結果論じゃないですか。それに、部屋は犠牲になったままじゃないですか」
「……あ。マズイわ!早く片付けしないと、次の実験ができないじゃない! 後輩君、先輩からの初命令よ! 私の部屋の片付けを手伝いなさい!」
慌てて駆けだすフュエル先輩。
……ついていく義理は無いな。えっと、一年生は、三階なんだっけ。
「ちょっと、どこ行く気!?」
「グェッ!?」
服の襟を引っ張られ、変な声が出る。
そのまま、部屋の前まで引きずって来られる。
「さ、手伝いなさい」
「……はい」
文句はあるが、時間も余ってるし、断った方が面倒そうだし、手伝うことにした。
「お邪魔します。……うわ」
部屋に入って辺りを見渡し、思わず声が出る。
フュエル先輩の部屋は、とにかく散らかっていた。
まるで、ゴミ山で爆発を起こした後のように、四方八方に物が散らばっている。
おそらくは、元々研究資料や魔道具が山積みだったところで爆発が起きて、今の有様になったのだろう。
「さ、片付けましょ。まぁ、壊れてる物とそうじゃない物に分けてくれたらいいわ」
「……はい」
骨が折れる作業になりそうだ。
「この魔道具とか何ですか?」
「ああ、それは去年から置いてある失敗作。なんかに使えるかなぁと思って取っておいたの」
「なんか焼け焦げてますけど」
「それは、52回目の失敗の時に着いたやつ。今回のやつじゃないし、捨てないで」
「……何回失敗してるんですか」
「今回で122回目」
「……」
■□■□■□■□
そして、約三時間後。
「いやー、結構綺麗になったわね。手伝ってくれてありがとう」
整然として部屋で、ソファに腰かけながら、フュエル先輩が言う。
いや、ソファとかどこから出てきたんだよ。見当たんなかったぞ。
「んじゃ、俺はこれで……あ」
「どうしたの?」
「いや、そういえば部屋の鍵を貰ってなかったなと」
俺がそう言うと、フュエル先輩は少し不思議そうな顔をした後、合点がいったように頷いて、
「ああ、この寮、鍵ないわよ」
「え、マジですか? セキュリティガバガバ過ぎません?」
「安心して。鍵がないっていうのは、錠がないって意味じゃないわよ。この寮の扉は、ノブに自分の魔力を通すとロックが解除されるようになってるの。そっちの方が鍵を無くした時でも、部屋に入れるでしょ」
「なるほど。それなら安心……ん、あれ、不味くね」
フェルミナ魔力無いから扉開けれなくね?
俺の脳裏に、扉を開けれなくて、困り果てているフェルミナが思い浮かぶ。
「どうしたの?」
「いや、騎士学部受験した、俺の義妹が、魔力量ゼロなんですよ。その場合、鍵開けれなくないですか?」
そう言うと、フュエル先輩は驚いたような顔をした。
「魔力量がゼロ? それって本当? だとしたら、興味深いわね」
「俺の義妹を実験対象みたいに言わないでくださいよ」
「そんな言い方はしていないわよ」
フュエル先輩は、不服そうに言った後、続ける。
「ま、大丈夫なんじゃない?騎士学部の生徒は規律が取れることが前提だから、物理的な鍵で管理しているはずよ。魔術学部生と違って、魔術とかで鍵を作れる人もいないからね」
「それなら安心です。じゃ、俺は、自分の部屋に行きます」
「うん、部屋の片づけしてくれて助かったわ。それじゃ、またね」
「はい」
そう言って、フュエル先輩の部屋を後にする。
階段を上がり、三階へ。
さっきフュエル先輩の部屋を見た時、番号じゃなくて名前で管理されてるのは、確認済みだ。
えーっと、ウェネス・フォルヴェルネ……あった。
ドアノブに触れ、魔力を流すと、カチリと音がした。
扉を押すと、抵抗無く開く。
部屋の中は簡素な作りだった。中央にテーブル、横にキッチン。右奥には風呂場への、右手前にはトイレへの扉。左側に一つだけある扉は、寝室に繋がっていた。
寝室にはベッドが一つ。
そのベッドに俺は倒れ込む。
「疲れたぁ……」
朝から昼過ぎまで試験を行い、ソフィアと模擬戦をして、フュエル先輩の部屋の片付けを手伝わされて、と、今日一日、色々なことがありすぎた。
フォルヴェルネ家の屋敷にいた時は、本を読んだり、魔術を改良したり、訓練をしているフェルミナを眺めたりとしかしてこなかったので、疲労が多すぎる。
「ま、何はともあれ、入学試験は乗り切った」
明日から学園生活かぁ。どんな感じになるんだろう。今日学園で出会った人を思い返すに、面倒なことになりそうな予感がする。
ま、なるようになるか。
そこで俺は考えるのを止め、深い眠りに就いた。




