十六話
いよいよ終わりが見えてきました。
来月中には終わるかな?
中で何があったのだろうか。
続々と集まってくる魔獣は、最初のころよりも明らかに増えていた。
どの魔獣も、明らかに結界をめざしてやってきていた。
セレナ達の結界の効果を突き抜け、結界内部から魔獣を呼び寄せる魔法が使われたのだろうか。魔獣の集まり方は尋常でなくなってきていた。そこらにある木の本数よりも遥かに多い数の魔獣が、一斉にセレナ達の結界を目指して攻めたててきていた。
ウィルは既に息が上がっていたし、かく言う僕もかなり厳しくなってきた。僕の肺は、より多くの酸素を求めて、激しく活動し、それでも酸素が足りなくなってきて、視界がおぼろげになってきていた。足もだんだんということを効かなくなってきていた。ウィルが脱落したら、僕も数分と持たないかもしれない。そう思うほどに、激しく動きっぱなしだった。
レイだけは呼吸すら乱れていないが、表情には余裕が無い。明らかに魔法を使わなくなってきていた。
「ラルク……、もうそろそろ限界……」
「僕に言われても……」
僕とウィルが小声で弱音を吐きながら、ぎりぎりのところで魔獣が結界に攻撃するのを防いだ。
この時既に十発以上は、魔獣による結界への攻撃を許してしまっていた。セレナ達も相当に厳しいはずだ。
事実、時々結界が揺らぎ、中の音が一部聞こえてきたりしている。
結界は内部からの衝撃には強いが、外からの衝撃にはすこぶる弱いのだ。
「ラルクっ、左!」
セレナが呪文詠唱の合間に叫んだ。
見るとオーガが今にもその巨大な棍棒を結界に叩き込もうとしていた。
僕は慌てて飛び出し、呪文を唱える暇すら惜しんで切りかかった。が、もとより間に合う様な距離では無かった。
漆黒のドームとなっていた結界が大きくたわみ、叩かれたところから様々な光が漏れだしてきた。
「ああっ!」
シリアが短く悲鳴を上げた。
ずっと閉ざされていた結界が、大きくゆがみ、光を吸収しつくしていた漆黒のドームは、うすい茶色にまでなってしまった。
「くっ、崩れる……」
セレナが絶望の声を上げた。
確かに、この時結界は修復不能なくらいに傾いていたのだ。
それが、空から落ちてきた黒い魔法によって、一瞬にして、すっかり元通りになってしまった。いや、元より強度は上がっていたかもしれない。
「え……?」
真っ黒になり、結界内部の音すら完全に隔離した結界を見て、僕たちは訳が分からず、一瞬呆然となったが、すぐさま別の魔獣が結界を破壊しようとしたので、すぐに我を取り戻した。
そのあとも、何度か攻撃を防ぎ損ねて、結界がダメージを被ったが、明らかに強度が先程までより増していた。
先生は間違いなく結界内で魔王と戦っているはずだし、他に闇の魔法を使える協力者がいるとは思えなかった(黒い魔法は闇の魔法だけの特徴である)。闇の魔法は、基本的に人間は使えないはずなので(なぜだか教頭先生は使えるが)、魔法の発生源がさっぱり不明だった。まさか、そこら辺に先生の同類が来て、援護してくれているのだろうか?
それからどのくらいの間戦っただろうか。
四方から殺到する斧を弾き、或いは逸らし、飛び交う黒い魔法光を必死で避け、自分の愛剣を魔獣の血で黒く染めながら、いつしか僕は時間の感覚を失っていた。
ただ無心に剣を振るう。
生と死の狭間をいくつもくぐり抜け、それでも死ぬことなく、敵の数を減らしていった。僕の首筋を魔獣の鋭い牙がかすめた時は、もうだめかと思った。
僕たち三人に対して、敵の数は、十や二十では無い。百を超える魔獣の屍を踏み砕き、むっとするような死臭をこらえながら、新たな敵を、切り裂いてゆく。
結局、僕たちは先生と魔王との一大決戦が終わるまでの間、結界を無事に維持し続けた。そう、戦いが終わったのである。
ウィルが脱落し、僕とレイが倒れかけたところで、不意に結界が内側から破られたのだ。
と言っても、力ずくで破られたのではなく、あらかじめ決められていた結界を解く『鍵』のような魔法が内部で唱えられたというだけである。
そしてその『鍵』となる魔法の言葉を知っているのは、僕達と先生だけであった。
つまり、先生は魔王を無事倒したのであった。
なんともあっけない話である。
何十人と言う猛者達が挑み、そのことごとくが返り討ちにあい、ある者はほうほうの体で引き返し、またある者はその命を落としたと言うのに。討伐不可能とまで言われた当代の魔王達五匹のうち、一匹を、先生はわずか数十分の戦いで倒してしまったのである。
しかも結界が開くなり、僕達がさんざん手こずっていた魔獣たちを、ほぼ一瞬で消し去ってしまった。
僕達は安堵のため息をついて、その場に崩れ落ちようとして、そこで僕は先生の表情を見て、猛烈に違和感を感じた。
確かに先生は普段から暗い表情ばかりしているが、なにせこの時は歴史的な快挙を上げたばかりだ。それなのに、この時の先生の表情は、いつもにも増して暗かった。
「不味いことになった」
辺りに残っていた魔獣を蹴散らすなり、先生はそう言った。
「敵は既にほかの魔王を呼んでいたようだ。我々が知らないような魔法で、敵は警戒網を引いていたらしい」
その瞬間、僕の胸元で、光がはじけた。
ずっと形を保ってきていたペンダントが、跡形もなく消え去ってしまった。
ヘイドが、他の魔王がこの近くにやってきたのに気がついたということだった。