⑮
レオナルドとレティシアが記念広場に近づくにつれ、道は大きな荷物を抱えて逃げ惑う民衆で溢れていた。
「ここからは走りましょう!」
騎士団長の声で、全員が馬から降り、レオナルドとレティシアを囲う様に編成を組む。
先頭を歩く騎士団長が大声を出して、人々の間を大股で進んで行く。
レティシアはレオナルドと手を繋ぎ、ポニーテールを大きく揺らしながら、騎士達の歩みに送れないよう、小走りで付いて行く。
揺れるポニーテールや乗馬服のクラバットから、妖精達が飛び出してきた。
レティシアは、付いて来てくれた子達に小声で謝った。
「ごめんね、さっき。大声出して」
『平気~』
『レティとずっと一緒なの』
『わたしも~』
レティシアの頬にすり寄って来る妖精達に、レティシアは涙が溢れそうになった。
(王都が焼け野原になれば、人間だけじゃなく、この子達も消えてなくなってしまうんだ)
逸る気持ちを胸に記念広場に着くと、そこは多くの騎士によって、既に厳戒態勢が敷かれていた。
その広場の一角、オベリスクの足許に集まるのは、副騎士団長と軍部大臣を中心とした、今回の爆弾を解析していたチーム。
彼らに近づいたレティシアは、彼らの顔色から、状況が芳しくない事に気づいた。
「殿下・・・」
大臣がレオナルドを見る目には、疲労が色濃く出ている。
レオナルドと目が合うと、黙って首を横に振った。
人が避けた事で、レオナルドとレティシアも今回の爆弾が目に入った。
「これは・・・。エリアスが言っていた爆弾なのだろうか?」
レオナルドの呟きに、答える声は無かった。
透明な筒に入った何かの物質が、生きているかの様に光りながら蠢いている。
時限爆弾の様に時計は付いていないのに、それは今日の正午に爆発するらしい。
レオナルドは途方に暮れて辺りを見渡した。
側には後ろ手で縛られている、例の侍女が不敵な笑みを浮かべていた。
その笑い方は、昨晩の東の離宮であったフリーダの笑みと、酷似しているとレティシアは思った。
「これはどう見ても、火薬爆弾では無いわね。それなら水の精霊は意味が無い。
土の精霊に、地中奥深くに沈めてもらう?」
「王都全域を焼け野原にするのが目的なのに、爆弾はこれ一つしか見つかりませんでした。
犯人の女がここに居て、民衆を煽っていたのもそれを裏付けています。
それを考えると、これ一つでそれを可能にする威力があるのなら、地中奥深くに埋めても、どれだけの抑止力になるのか不明です」
誰もが最善策を見いだせないまま、時だけが過ぎる。
「・・・全知全能の精霊がいる。彼に聞きましょう」
「待って」
レティシアが精霊を呼び出そうとするのを、レオナルドが待ったを掛けた。
「さっきアラリケ嬢に付けていた騎士から早馬があって、現在設計図を探しているらしい。
それがどうなるか、少し様子を見よう。
もし二人以上の精霊が必要になった時に困るから」
「呼べるわ、二人以上」
レティシアは真っ直ぐにレオナルドを見つめるが、レオナルドは決して目を合わさない。
レティシアの目を見つめて、彼女の希望を拒否することは、レオナルドには難しいのだ。
しかしこれだけは譲れない。
「お兄様は過保護なだけよ。自分の魔力量は、自分が一番良く分かっているわ!」
「ダメだ」
レオナルドは目を閉じ、一言そう言った。
「ここでそんな事気にしてどうするの!?
魔力の枯渇を回避できても、そのせいで爆発を止められなかったら何にも意味が無いのよ!?
皆、死んでしまうのよ?
それなら、私は全ての力を出し切っても、皆で生き延びる道を選ぶわ」
誰もが固唾を飲んだ。
大臣や騎士団長は、自分の娘と年の変わらない、いや、それよりももっと若い少女の肩に、全ての荷を預けてしまう自分を不甲斐なく思った。
しかしこの未曾有の物体に、自分達が培ってきた知識や経験が、全く歯が立たないのだ。
手も足も出ないこの状況に、ただ拳を握りしめるしか出来なかった。
そこへ、エリアスが息せき切って走ってきた。
「レティ!」
「お兄様!」
「エリアス! アンハルトへ行けと言っただろう!? 王命だぞ!!!」
レオナルドは、心の底からこの兄妹に怒りが湧いた。
自分は、愛するこの二人に生きて欲しいから。
(彼らや国の最善を考えて俺は動いているのに、どうしてこいつらは一つも俺の言う事を聞かないんだ!!!)
レオナルドは怒りの矛先を爆発物に向けて、ただそれを睨み続けた。
しかしレオナルドは彼らの行動を読み違えているのだ。
レティシアとエリアスにとってもレオナルドやリンゲンは大切で、だからレオナルドと同じ様に、彼や国にとっての最善を選んで動いているのだ。
エリアスは爆発物を見た後、レティシアの両肩を抱いて自分と対面させる。
「レティ、まだ誰も友達を呼んでいないね?」
「・・・ええ」
「良かった。
レティ、森で君の大事な物をいつも保管してくれていた友達がいただろう?」
エリアスの言葉に一人、少女の様な、そして少年の様にも見える見た目に、尊大な口調の友達を思い出した。
「覚えているわ。時を司る精霊でしょ?」
レティシアはエリアスの意図が掴めず首を傾げた。
「そうだ。彼が持っている・・・」
レティシアはそこで、エリアスが言いたかった事に気づいた。
「レオ、止められる・・・」
「え?」
「解決策が見えた!」
レティシアはレオナルドに大きな笑顔を向け、目の前の空間に目を凝らす。
そして、小さい時に森で会った、あの尊大な喋り方をする、友達の名を告げる。
「助けて、アイオーン」
レティシアの呼び掛けに答える様に、目の前に大きな光が発生した。
その光は今までの精霊とは比べ物にならないほど大きく、精霊を見る事が出来ないリンゲンの人間たちも、眩さで前が見えなくなった。
レティシアは、自分の魔力がごっそりと持っていかれるのを感じた。
今まで呼んだ精霊達とは比べ物にならない程の力。
思わず蹈鞴を踏んだレティシアの前に、時を司る精霊が顕在した。その姿は全知全能の精霊、ユーピテルよりもさらに小さい。
しかし眩い光が、神々しさを表すその精霊の姿が、その場にいた全員に目視された。
この世のモノとは思えぬ美貌は、少年にも少女にも見える。真っ黒なサラサラの髪は肩までしかなく、リンゲンの人間が見た事も無いような真っ白な衣を着たその精霊は、大きな黄金色の瞳で、全てを見透かすかの様に、広場を見渡した。
広場を囲っていた騎士達は、恐れをなして跪く。
間近で精霊を見た騎士団長や大臣は、あまりの存在感に、体を動かす事が出来なかった。
そしてアイオーンが厳かに口を開くと ————
「おっそ~~~い! 遅いのじゃ!!!」
威厳のある精霊であっても、サイズは小犬程。
そして人外な美貌を持つその精霊がプンプン怒る様は、ただ可愛かった・・・。
「この前あやつらを呼んだくせに! その後ちっともわらわを呼ばんから!
わらわを忘れてもうたのかと思うておったぞ!!!」
相変わらずの友の姿に、レティシアは微笑みが零れた。
「あやつらと違って、わらわを呼ぶには莫大な魔力がいるでの!
レティが、あの頭でっかちを呼ぶと言い出した時には、待たれよ~!って叫んでおったのじゃ!!!
エリアスが間に合わんかったら、あの頭でっかちのせいで、わらわを呼ぶ魔力が足りんところであったのじゃぞ!?」
身振り手振りで怒りを表すアイオーンに苦笑し、時計を目にしたレティシアは慌てて会話を遮った。
「アイオーン! 時間が無いわ!
後15分もしないうちに爆破してしまう。
あれを、無時間空間のホワイトホールに入れて!!!」




