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「殿下。場所が特定されました」
控えめなノック音の後、アントンが部屋の外から躊躇いがちに声を掛ける。
赤く目を腫らした恋人達は、お互いの意思を確認するかの様に見つめ合い、
そして固く手を握って部屋から出てきた。
側に控えていた公爵家の使用人に、レティシアの愛馬を用意するように指示を出したレオナルドは、レイラとエリアスに向き合う。
「レティシアは一緒に行く事になった。申し訳ない・・・。
ただ、レイラ殿とエリアスは、このままアンハルトに向かって欲しい。
王家の馬車を用意してある。これは、王命だ」
レイラは涙を零して愛娘を見つめた。
レティシアは赤く腫らした目で母を見つめる。
「ごめんなさい、お母様。でも私は、レオと行く」
アントンに促されて二人は、別れの挨拶も碌に出来ずに公爵邸を出た。
「爆弾が見つかりました。場所は王都中央の記念広場です。
時限爆弾ですが、形は今までのとは少し違うようです。
その一つだけが設置されたようで、現時点で、王都に他の爆弾は見つかっていません」
アントンの説明を受けながら外に出ると、騎士団のメンバーも馬に乗っていた。
雨は落ち着いたようだが、分厚い雲が空を覆っている。
レティシアが愛馬に跨ったその時、邸からエリアスが走って追いかけてきた。
「レティ!
友達の名前、全員覚えているね!?
忘れないで、今のレティが呼び出せるのは二人までだ!
それ以上は危険だから!!!」
いつも悠然と微笑む兄が焦る姿を見て、レティシアは少し冷静さを取り戻した。
「大丈夫です、お兄様。皆の名前は思い出してるわ。
あれからずっと、呼べていない皆の気配も、近くに感じていたわ」
レティシアは笑顔でエリアスに答え、騎士達に囲まれて騎馬で記念広場に向かう。
エリアスが戻ると、レイラはその場で泣き崩れていた。
エリアスは駆け寄り、母親を抱き締める。
「母様、私も行きます。
私は信じたい。精霊王様は確かに、手出し出来ないかもしれない。
だけど、その為にレティシアがこの世界に送られたんだ。
この世界を守るために・・・。
だから母様、妖精達を連れてアンハルトへ・・・」
「あなたは何て酷い子なの!
愛する子を二人も置いて、母親一人を逃げさせるなんて、何て酷い子・・・」
レイラはエリアスの胸で涙を流した。
エリアスは優しく母の背を撫でた。
「違いますよ、言ったでしょ?
レティシアがこの世界を救ってくれるって。
これは別れじゃない。僕たちは皆、自分がなすべき事をするだけなんだ。
母様がする事は、レティシアに追い出されて情緒不安定になった妖精達を慰めて、アンハルトで待つ事ですよ。
妖精が天候を崩してしまったら、これからのレティシア達の行動に悪い影響を及ぼすかもしれない」
ね? そう言って笑顔でレイラを見つめるエリアスが、心細げにゆらゆら飛んでいる妖精を手で示した。
レイラは妖精達を見つめた後、涙を拭いて立ち上がった。
そして同じ様に立ち上がったエリアスの手を、両手で掴む。
「あの子を守って、エリアス。
二人とも無事で、お母様の元へ帰って来て」
「もちろんですよ、母様!」
エリアスは笑顔で手を振って、外へと行ってしまった。
レイラはまた溢れてきた涙をそのままに、笑顔で妖精達に声を掛ける。
「さぁ、あなた達。一度故郷の森に帰りましょう。
レティシアとエリアスが迎えに来てくれるまで、わたくしと森で遊びましょうね」
妖精達は、まだ不安そうに揺れている子もいたが、ほとんどがレイラの呼び掛けに安心して、レイラが乗る馬車の後を付いて、アンハルトの森へと帰って行った。
その頃王宮では、アラリケがフリーダに面会していた。
メイドの密告で、フリーダは深夜より王宮の貴族牢に捕らえられていたのだ。
オスカーは貴族牢の棟の入り口で、アラリケが一人でフリーダと面会しているのを待っていた。
少しすると、目を真っ赤にしたアラリケが俯きがちに棟から出てきた。
オスカーに気が付くと、アラリケは力無く首を横に振った。
「フリーダからは、何も聞けませんでした」
「だけど、このままだと王都は焼け野原になるのに! 自分だって死ぬんだぞ!?」
「捕まってしまったから、自暴自棄になっているのかもしれません・・・」
オスカーは、茫然とアラリケを見つめた。
彼は今しがたまで、フリーダは絶対に爆弾の止め方を吐露すると信じていた。
何故ならば、爆破が起きれば、逃げ場の無いフリーダも死んでしまうのだから。
その為にリンゲンは、ミュンスターの皇女であるフリーダを、メイドの密告だけで捕まえたのだ。
「あ・・・」
オスカーが死の現実に押し潰されそうになった時、アラリケが側にいた他の騎士に声を掛けた。
「殿下に伝言を。
フリーダから解除の方法を聞けませんでしたが、これからフリーダの部屋で設計図を探してみます!
それまで何とか!!!」
騎士がすぐさまアラリケに敬礼し、貴族牢のある棟を飛び出して行った。
「オスカー様、わたくし達も急ぎましょう!」
我に返ったオスカーは、アラリケに大きく頷き、走って外に出る。
貴族牢がある離宮から、フリーダやアラリケが滞在している東の離宮まで、かなりの距離がある。
オスカーはアラリケを愛馬の前に乗せ、走らせた。
主を失った東の離宮では、執事やメイドが右往左往していたが、アラリケは彼らに食堂に集まっておくよう指示を出し、自分は急いでフリーダの部屋へと走る。
オスカーも後に続きフリーダの部屋に入ろうとしたが、それはアラリケに止められた。
「フリーダは捕まりましたが、まだ刑が確定していない、ミュンスターの皇女です。
どうか、騎士様が部屋に入る事だけは・・・」
そう言って、アラリケは一人部屋に入ってしまった。
オスカーは、確かに国際問題に発展する可能性が無い訳では無い事に気づき、部屋の外でアラリケが、部屋中をひっくり返している音を聞きながら、足踏みをした。
しかしオスカーは、さきほどより絶望が緩和されている事に気づいた。
焦りは感じているが、死の恐怖に飲み込まれそうになった、あの絶望は無い。
(アラリケ様が一人で部屋に入ったからだ)
オスカーが部屋に入るのを拒んだのは、まだ罪人確定されていない淑女の部屋に、男が入る事を問題視したのだ。
それはつまり、この事件が解決した後を想定した行動。
オスカーはたったそれだけで、救われた気がした。
まだ大丈夫と、言われた気がしたのだ。
「あった!!!」
部屋から聞こえる声に、オスカーは扉を振り返る。
アラリケが設計図を持って、部屋の扉を大きく開けた。
「時間は!?」
アラリケが大きな声で確認し、オスカーは時計を見る。 そして ————
「・・・ダメだ、間に合わない」
時計の針は11時20分を指していた。
「何で!?
ここから広場までは、騎馬なら20分もかからないでしょ!?」
「今、民衆がパニックになって、城下町は逃げ惑う人々で溢れかえっている・・・。
騎馬でも間に合わない・・・」
オスカーの一言で、アラリケは真っ青になって震えだした。




