③
一言で言うと、ミュンスターの皇女は強烈だった。
褐色の肌に薄い水色の瞳はとても神秘的だ。しかし濃い茶色の髪はぐるぐるの縦ロールにして、完璧フルメイクで仕上げられた厚化粧は10代とは思えない。
制服が無いため、華美ではないワンピースを着る女子学生が多い中に、夜会にでも行きそうな程のギラギラの真っ赤なドレス。
彼女が通り過ぎると、誰も彼も目がチカチカするため、その場に三秒ほど佇んだ。
夜に見るからいいのであって、太陽光の下で見ると目に悪い・・・。
レティシアは唖然として、自分の横を通り過ぎてBクラスに入って行った皇女を目で追った。
「すごいわね~。側近は誰も止めないのかしら?」
レティシアと同じ様に茫然とするアビゲイルだったが、ボソッと「やっぱりいけ好かない人種だわ」と、王太女として失格の私情を呟く。
皇女の後ろを歩いていた黒髪の少女が、皇女が教室に入ったのを確認した後、レティシア達の方へ戻って来て、そのままAクラスの教室に入った。
「彼女はアラリケ・ミッテェルズマン侯爵令嬢。フリーダ・ミュンスター皇女の従姉ですって」
そう教えてくれたのは、べルティーナ。
三年間首席だった彼女は生徒会会長でもある。
今学期からは次代の生徒会メンバーに仕事は引き継がれるが、朝から生徒会の会議に参加していたようで、新たな情報をくれた。
レティシアとアビゲイル、べルティーナが遅れてクラスに入ると、先に席に着いていたアラリケが、レティシアを見て微笑んだ。
浅黒い肌が多いミュンスターには珍しく、肌の色はどちらかといえばリンゲンやアンハルトの白い肌に近い。
真っ黒な髪はそれほど珍しくは無いが、リンゲンやアンハルトでは真っ黒な瞳は珍しい。
そんな、馴染みやすいようで、馴染みのない神秘な色を持つ少女は、小柄でとても儚げな雰囲気だった。
クラスの男子もそわそわとし、彼女にクラスや席の説明をしていた。
席に決まりはないため、各々が自由に座る。
フランシスカが後ろの窓側の席に座っているのに気づいた三人は、そのままフランシスカの側の席に座った。
「さっき、側近が止めないのかって話になったけど、殿下の話だと、少数の騎士と侍女、メイドだけを連れて二人で留学にきたそうよ」
アビゲイルがこそこそと残りの三人に説明をする。
「そう言えば、騎士は付けないのかしら」
レティシアとフランシスカが驚いた様に顔を見合わせた。
通常学園に侍女や騎士を連れて来ることは出来ない。しかし王族と準王族だけは別なのだ。
アビゲイルはリタが居る為騎士を付けていないが、アンハルトとリンゲン王国の王族の血を受け継ぎ、愛し子であり王太子の婚約者でもあるレティシアはもちろん、エアフルト王国の第3王子の婚約者であるフランシスカも一人の騎士を連れている。因みにレティシアには公爵家から一人、王宮から一人の二人体制だ。
学園内では少し距離を取っているが、何かがあれば守れる様になっている。
それなのにミュンスターの皇女であるフリーダには、一人も騎士が付いていなかったのだ。
四人はミュンスターに興味を持ち、チラッとアラリケに視線を送った。
それに気づいたアラリケが儚げに微笑んだ。
(綺麗な子・・・)
レオナルドと同じ黒い髪の少女を、レティシアはその後も幾度か目で追いかけた。
アラリケが留学に来たたった一日で、彼女がとても性格が良く、頭が良い事が分かった。
彼女は常に朗らかな笑顔を浮かべて、クラスの皆と談笑していた。
しかし昼食の時間や放課後になると、慌ててBクラスへと向かう。
フリーダはアラリケが来るまで席で待ち、アラリケが来ると一言も声を掛けず、一瞥して席を立つ。
アラリケはフリーダの後を俯きがちに追いかける。
従姉妹同士の二人の関係性は、たった一日で学園の全員に知れ渡った。
「それで皇女はどんな感じ?」
今は週に一度だけ、王太子妃教育を受ける為に王宮を訪れるレティシア。
その日レオナルドとレティシアは、王太子妃教育の後に温室でお茶を飲んでいた。
「フリーダ皇女とは一度だけご挨拶をしたわ。
あまり言葉数の多い方では無かったのが以外だった。もっと偉そうに話してくるかと思ったけど・・・。
だけど、かなりツンとした人だったから、アビーとお互いツンツンし合って、そのまま無言でどこかに行っちゃったの。それきりよ。
アラリケ様とはクラスが一緒だから、仲良くしているわ。とてもいい方よ。
・・・だけど、従姉妹同士なのに、フリーダ皇女から侍女の様にあしらわれていて、見ていて辛いわ。
何とかしてあげたいと思うのだけれど、他国の事だからって。心配無用だって言われてしまって・・・」
レティシアはそのまま考え込むように黙った。
レオナルドはレティシアが会話に戻ってくるまで、彼女の思考を好きにさせていた。優しい瞳で彼女を見つめながら。
レオナルドの視線に気づいたレティシアが顔を上げると、レオナルドはアラリケについて尋ねた。
「アラリケ様?
とても博識な方よ。本当に色々な事をご存じで、一緒にいると大変勉強になるわ。
それにとても気を使われる方で、よく周りを観察していらっしゃるわ」
レティシアは、彼女たちが留学してきたこの一週間を振り返って、注意深く二人の印象を話した。
「そんなに博識なの? 今度ちょっと話してみようかな?」
「そうしてみたら? 王宮にいらっしゃるんでしょう?」
「うん。でも東の離宮は、本宮から遠いから。伺いに行くのもちょっと手間だったんだよね。
まぁ、ちょっと気になるから今度訪ねてみるよ」
レオナルドはそう言って、一口紅茶を飲む。
その場にはアントンやセラも控えていたが、レティシアの表情が固まった事には、誰も気づかなかった。
淑女の微笑みを浮かべて、レティシアは「そうしてみたら」とだけ、返事をした。
しかしその後も、レオナルドはフリーダとアラリケの関係性などについて、何度もレティシアに質問した。
(何もしなくていいって言ったくせに・・・)
レティシアは、自分の中に、何かの蟠りが生まれている事に気づいたが、それが何なのかは分からなかった。
だた、面白くなかったのだ。
レオナルドがまたアラリケとフリーダに関して何かを聞こうとした瞬間、レティシアは音をたてて立ち上がった。
驚いたレオナルドを見下ろして、レティシアは無表情のままレオナルドの手を掴んで、温室の外へと歩き出した。
同じ様に驚いたアントンとセラに、着いて来なくて良いと手で制するレオナルド。
騎士だけが二人を追いかけたが、庭園のアーチの所で何かに阻まれて、先を行く二人を追いかけられなくなった。
妖精達の思惑で二人っきりになった事に気づいたレオナルドは、そのままレティシアの望むとおりに黙って着いていく。
着いた先は、以前にアントン達から隠れてキスをした東屋の柱の陰だった。
レティシアはレオナルドを柱に押し付けると、彼に抱き着いて見上げた。
「キスして欲しい」
恋人のストレートな甘えに、レオナルドはニヨニヨする口を力技で堪えて、ゆっくりと顔を近づける。
しかし彼は、レティシアの上唇だけを軽くはむ。
じれったくなったレティシアは閉じていた目を開いて、レオナルドの唇を追いかけようとするが、届かない。
レオナルドはレティシアの考えている事を読もうと、じっと瞳を見つめる。そしてもう一度顔を近づけるが、唇は触れない。
レティシアの瞳はもどかしさからか、少し涙の幕が出て、虹色の瞳をキラキラと潤ませた。
彼女の吐息に熱を感じた時、レオナルドは堪えられず貪るようにキスをした。
レティシアは何も考えられず、ただただ翻弄されるように、受け入れるのに必死だった。
レオナルドの瞳に、捕食者特有の熱が浮かぶ。
レティシアがキスの合間に、苦しそうに息を吸った時、少し冷静さを取り戻したレオナルドは、キスを止めてレティシアをきつく抱き締めた。
レオナルドの腕の中で、レティシアは少し荒く呼吸を繰り返す。
落ち着いてくると、レオナルドの胸に押し付けた右耳から、レオナルドの心臓の音を微かに感じる事が出来る。
冬の厚い服越しにでも感じる早い鼓動は、自分と同じ。
レティシアはその音を聞きながらそっと目を閉じる。
レオナルドは何も話さず、何も聞かず、ただ自分にギュッと抱き着いて来るレティシアをいつも以上にきつく抱きしめて、彼女の頭をそっと撫で続けていた。
(自分が思っている以上にストレスを感じていたのかもしれない)
自分らしくない行動をしたレティシアは、そう結論付けた。
学校で、未成年である生徒達に何かあってはいけないと、レティシアは妖精達に学校にはついて来ない様にお願いしていた。
常に妖精に囲まれて生きてきたレティシアにとって、それは周りの危険を察知出来ない、という事なのだ。
普通の人々にとっては当たり前の環境だが、レティシアはそれが慣れなくて、想像以上に神経をすり減らしていた。
レオナルドの心臓音に安心を覚えるレティシアは、今が冬である事がとても悲しかった。
(そうしたら、二人の距離を阻む物がもっと薄くて、もっとレオを近くに感じれるのに・・・)
レティシアがふーっと息を吐いた時、レオナルドが口を開いた。
「今、エッチな事を想像したでしょ?」
ビックリしたレティシアは、レオナルドにきつく抱き着いたまま、顔を上げた。
レティシアを優しく見下ろしていたレオナルドを見て、レティシアの顔が真っ赤に染まる。
「な! な! 何で!?」
自分が考えたことがエッチな事になるのか分からなくて、だけど、レオナルドともっと肌を近くに感じたいと思った事は事実だったため、レティシアは混乱して、何でばれたのかと思考回路がショートした。
レオナルドはレティシアの耳元に口を寄せて・・・
「俺は考えたよ。だから、レティも同じ事考えてたらいいな~って、思っただけ」
真っ赤になって涙目で自分を見上げて来る愛しい恋人に、レオナルドはもう一度キスをした。
ただただ、触れるだけの優しいキスを ————
お互いがお互いしか見えない恋人たちは、自分達に忍び寄る暗い影に、まだ気づいていなかった。




