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それは突然起こった。
リンゲン王国の北の玄関口であるトリーア港で、大爆発が起きたのだ。
死傷者が多く出たこの大爆発は、目撃者によって謎が深まっていく。
戦争を経験した事が無い住民であっても記念日には祝砲が打たれる為、戦争を繰り広げている東の大陸などでは大砲による爆撃があることは知っている。
しかし今回の爆発は大砲などで何かが飛んできたわけでもなく、急に積み荷が爆発したと目撃者は皆口を揃えるのだ。
騎士団が調べたところ全て木っ端微塵に飛び散っているのに、爆発した中心地には何かが燃え残っていたのだ。
それが何なのかは、誰にも分からなかった。
トリーア港を擁するトリーア伯爵家では伯爵家嫡男がこの爆発で大怪我をし、婚約者である二年生の子爵令嬢は学校で婚約者のニュースを聞き倒れてしまった。
伯爵家も大きな損害に見舞われて、頭を抱えていた。
そして事件はこれだけでは終わらなかったのだ。
トリーア港の爆破から2週間後、トリーア港とは少し離れた、リンゲンの北東に位置する港で同じ爆発が起こったのだ。
ここでも多くの死傷者が出て、港を擁する侯爵家は右往左往していた。
こちらの被害も莫大になるだろうと、レティシアは父親である公爵から聞いていた。
宰相である公爵は、トリーア港での事件後からほとんど屋敷に戻れず、ずっと王宮に滞在していた。
レティシアは毎週土曜日午前のクラスが終わると、午後から王太子妃教育の為に王宮に向かう。
しかし爆破事件が起きてから、一度もレオナルドと会えていなかった。
先日二つ目の爆破事件が起きた為、レオナルドは昨日、王宮から馬車で五時間の所にあるトリーア港に向かったという。
レティシアは不安を胸に、週明けにいつも通り、アビゲイルと学園に向かった。
馬車を降り立ったレティシアは、不穏な空気が学園に漂っている事に気づいた。
親友であるフランシスカが、彼女の騎士と一緒に、所在無さげに車寄せでレティシア達を待っていた。
「何があったの?」
「よくは分からないの。でも、私達一緒に居た方がいいってベルティーナが・・・」
普段おっとりとしているフランシスカが、レティシアの手を引いて歩きながら説明する。
生徒会役員であるベルティーナは、月曜の朝だけ他の生徒よりも早く学園に来る。生徒会の皆と会議をする為だ。フランシスカが言うには、生徒会メンバーの一人が、掲示板に生徒会の申請なく勝手に貼られていた紙に気づいたのである。
「何が、書かれていたの?」
アビゲイルがフランシスカに聞いたその時、一人の少女がレティシア達に近づいてきた。
「妖精姫様! どうか、どうか助けてください!!!」
少女は泣きながらレティシアの足元に平伏すように座り込み、レティシアのスカートの裾を掴んだ。
「止めなさい!」
驚き固まるレティシア達。
レティシアに付けられた騎士の一人が、レティシアと少女の間に入り込もうとレティシアを一歩後ろに下がらせて、もう一人が少女を立たせようと、少女の後ろから肩を掴む。
しかし少女は泣きながら、レティシアのスカートをいやいやしながら離さなかった。
今日レティシアに付いている騎士は二人とも男性だったため、まだ未成年で学生の少女には強く出られず、少し困った様に逡巡する。
しかし、それを遠目に見ていた筈の生徒達の多くが、少しずつ距離を縮めてきたため、フランシスカの騎士も含めて、三人の騎士が腰の剣に軽く触れながら少女を含め、周りの生徒達に離れるようきつく声を上げた。
しかし少女は狂ったかの様に同じ言葉を繰り返す。
「どうか、お願いします。妖精姫様!
助けてください! 助けてください! 助けて!!!」
少女の慟哭がその場に響き渡る。
空気が張り詰めたその時、騒ぎを聞きつけた教師達が生徒に教室へ入るよう促した。
一人の女教師も、レティシアの足許で泣き崩れる少女を落ち着かせ、保健室へと連れて行った。
学園長がレティシア達を応接室へと避難させた為、騒ぎはそれ以上大きくならなかった。
意味が分からず茫然とするレティシアとアビゲイル。
応接室に着いてすぐ、リタとセラが三人分のお茶を入れる。
二人がお茶を一口飲んで落ち着いたと思われた頃、フランシスカが続きを話し出した。
「張り紙にはこう書かれていたの。『未曾有の事件が起きた。妖精姫様が助けてくれるはず』と」
それを見つけた生徒会メンバーは、会議を中止にして、他に張り紙が貼られていないか学園中を探したという。そうこうしている間に生徒達が登校して来た為、ベルティーナはフランシスカを探して、レティシアと一緒にいるように言ったのだ。
フランシスカもベルティーナから説明を受けた後、自分の騎士と馬車の車寄せでレティシアを待っている間、周りの生徒の雰囲気がいつもと違う事に気づいた。
こちらをチラチラ見ながら何かを話している。しかしフランシスカと目が合うと反らしてしまうのだ。
ある者は願いを込めるように、ある者は疑いの目で見つめて来る。
フランシスカがレティシアと会う前の状況を説明していると、ベルティーナが応接室に入ってきた。
「レティシア! 大丈夫だった!?」
レティシアはベルティーナの顔を見て、やっと安堵し、ほっと息を吐いた。
そうすると、今度は意も言われぬ程の恐怖が襲った。
自身を抱き締める様に自分の腕に触れると、震えているのを感じた。
レティシアは、フランシスカと一緒にこの応接室に来る間、廊下に居た生徒の話し声が聞こえていたのだ。
「どうして妖精姫様は現地に赴かれないんだ?」
「妖精姫様には、聖女の様な癒しの力は無いんだろうか?」
ベルティーナはレティシアが座っているソファの横に座り、俯いているレティシアの顔を覗き込む。
「皆は、私がこの事件を解決できると、思っているのね・・・」
誰とも目を合わせず零した一言に、皆がそれぞれ顔を見合わせる。
「さっきあなたに泣きついて来た子は、二学年の生徒で、トリーア伯爵子息の婚約者よ。
先週まで学園を休んでいたけど、今日あなたに会いたくて学園に来たみたい」
ベルティーナが教師から聞いた話では、トリーア伯爵子息の容態はかなり悪いようで、未だに目覚めず、目覚めたとしても今までの様に足が動くのか分からないそうだ。
「私は聖女じゃない」
レティシアは目を瞑り、苦しそうに吐き出した。
ここから西にある別の大陸には、聖女の伝説があった。
曰く聖女には癒しの力があり、人々の怪我や病気を治すのだとか。
アビゲイルがレティシアの背中を摩りながら、「今日は帰ろう」と呟いた。
空気が重くなった応接室で、王城の騎士一人とセラがアビゲイルの命を受け、馬車止めへの最短距離に問題が無いか確認をしに行く。
ベルティーナとフランシスカも、レティシアの親友として、生徒達から無理なお願いをされたりしても困るという事で、学園長の計らいで全員で一旦王城へと向かう事となった。
馬車の中では誰も、言葉を発しなかった。
レティシアは、リンゲンに来てから、リンゲンの王子妃教育を受けていた。
それにはもちろん、近隣諸国の歴史や現在の政治経済も含まれている。
不思議な力が存在するのは、アンハルトの愛し子と西の大陸にいる聖女のみ。
それを知ったレティシアは、聖女に付いて興味を持ち、彼女の力の源が何なのか知りたくなり、王子妃教育とは関係なく個人で調べるようになった。
そして聖女について調べていくうちに、ふと思ったのだ。
(愛し子の力って、なに————・・・?)
妖精達は、言わば幼児の様な存在だ。
嬉しいと祝福を与えるが、怒ると敵意をむき出しにする。
その感情は、愛し子の感情に左右される。例えそれが愛し子の望みでなくても、その感情に左右される。
愛し子が幸せならその国は富み、愛し子が不幸せならその国は病む———・・・
では、精霊王の愛し子である自分には、何か特別な力は無いのだろうか?
レティシアは、窓の外の流れゆく景色を、見るでも無く見る。
レティシアは、怖かった。 ただ、怖かった。
(レオに会いたい ———・・・)




