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小さくなった夫が可愛すぎて困ります  作者: piyo
おまけ(時系列なし)

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30/30

ex2 とある日のノエルの回想

ノエルの当時の苦労話。

「あら、私のソフィーはどうして朝からご機嫌ななめさんなの?」

「……」


乳母に連れられて朝食の席に着いた娘のソフィアは、この日は朝からふくれっ面だった。

視線を逸らし何も答えようとしない彼女に代わり、乳母であるキーリエが口を開き、今朝の出来事をこっそり耳打ちしてくれた。


「実は今朝、おねしょをしてしまったんです。せっかくお姉さんパンツにも慣れてきたところでしたから、ひどくショックだったようで……」


キーリエはソフィアの様子をどこか微笑ましげに語るが、ノエルは

(これは、あとでフォローが必要ね……)

と苦笑した。



「ソフィー。こっちへいらっしゃい」


朝食のあと、ノエルは娘を自分の部屋へと招き入れた。


彼女はまだへそを曲げていたが、母親であるノエルのことは大好きなので、ふくれっ面のまま、おとなしく中へ入ってきた。


「ソフィー……ソフィア、そのお顔、かわいいけれど、お父様が見たら誤解して泣いちゃうわ」


父親が泣くかもしれない、と聞いて、ソフィアはぴくりと肩を揺らした。

お父様を悲しませたら自分も悲しい、というよりは――面倒なことになりそう、という意味である。


「……だって……」

「だって?」

「わたし、もうすぐおねえさんになるのに……おもらししちゃったから……」


ソフィアはまだ四歳だというのに、女の子特有の成長の早さとでもいうのか、かなりおませな子に育っていた。

そしてこの夏、彼女は新たに生まれてくる子どものお姉さんになる。


「そんなの、全然平気よ。弟や妹がいる子でも、おもらししちゃうときはしちゃうもの。そんなものよ」


ノエルがあっけらかんと答えると、ソフィアはすぐに眉根を寄せた。

その表情は、父親であるサフィールそっくりである。


「でも、おかあさまが四さいのときは、おもらしなんてしなかったでしょう?」


「どうだったかしら? してたかもしれないわ。でも、大人になったらそんな細かい年齢なんて、忘れちゃうものよ。

それにね……」


ソフィアは、ノエルの話に黙って耳を傾ける。

ここで口を挟まないのが、彼女がおませと言われるゆえんの一つだったりする。


「お父様は、五歳のとき――正確には二十九歳ね……そのときも、おねしょしたのよ?」


「ええっ!? お、おとうさまが!?」


「そうそう。だから、全然恥じる必要なんてないわ」


――そう、今でも鮮明に思い出す。

あの、心身ともに辛かった夜のことを……



それは、サフィールが完全に五歳児に戻ってしまってから、しばらくしてのこと。

ノエルは“旦那様”がもう戻ってこないことに絶望し、“サフィール様”をこれから頑張って育てなければと思っていた時期だった。


その日、ノエルは夫婦の寝室でサフィールに絵本を読み聞かせ、喉が渇いたというので、水を飲ませてから就寝した。


すやすやと眠っていたはずのノエルだったが、「ジョーっ」という寝室では聞き慣れない謎の音に、はっと目を覚ました。


(――ん? 何か音が聞こえたような……)


まだ外は真っ暗で、時計を見ると、就寝してからそれほど時間は経っていないようだった。


隣に目を向けると、小さなサフィールが布団を蹴飛ばし、腹を出して眠っていた。


このままでは風邪をひいてしまうわ――


そう思って、夫のパジャマのシャツをズボンの中に入れようとした、そのとき。


「……!」


湿った感触が、自分の手に伝わった。


(まさか……)


慌てて彼のズボンに顔を近づけると、どこか覚えのある特有のにおいがした。


(ああ、寝る前に水を飲ませなければ――)


そう後悔するも、時すでに遅し。


ズボンを通り越してシーツにまで染みてしまった様子を見て、ノエルは項垂れた。


「サフィール様、サフィール様っ」


眠気の残る頭を必死に働かせ、夫を揺り起こす。

一刻も早くトイレで残りの用を足してもらい、着替えさせてから、シーツを処理しなければならない。


(ううん……明日早いのに、よりによって……)


内心では悪態をつくが、彼は悪くない。年齢特有の生理現象なのだから。

……この際、実年齢には目をつぶろう。


彼は揺り起こされたことと、自身のズボンが冷たいことで、ぱちりと目を開け――

そして、泣いた。


えぐえぐと泣くサフィールに、ノエルは責めることもできず、「大丈夫ですからねー」と声をかけるしかなかった。

このときばかりは、彼に記憶がなくてよかったと思ってしまった。


きっと、“旦那様”のままで粗相をしていたなら……

いや、それはそれで見てみたかったかもしれない。


泣き止まないサフィールの手を引いてトイレに連れて行き、次いで彼の私室へ着替えを取りに行く。

この時期は泊まり込みの使用人を雇っていなかったため、自分でリネンも取りに行き、寝室に戻って濡れた部分にタオルを敷き、この上では寝ないように言い聞かせて――


ようやく再びベッドに横になったときには、かなりの時間が経っていた。

その間、サフィールの目は半分閉じかけており、ほとんど眠っていた。


(なんとか乗り越えられたわ……今度こそ、おやすみなさい)


広いベッドだが、片側はほとんど使えなくなってしまったため、彼を抱き寄せてノエルは眠ることにした。

夫の寝相が悪くて向こうに転がってしまっても、最悪タオルを敷いているので濡れることはないだろう。


そうして、ようやく目を閉じた。


――のだが。


次に目を覚ましたのは、それから一時間後。


「っく、ひっく、ノエルー、ご、ごめんなさい……」


今度は夫の泣き声と、彼に身体を揺り起こされたことで、目が覚めた。


ノエルはほとんど寝ぼけたままサフィールのほうへ身体を向け、

「――どうされたんですか?」

と、嫌な予感を覚えつつ問いかけた。


「また、おもらししちゃった……」


二度あることは三度ある。


……いや、まだ二回目なのだが。


(あぁ゛ーーーーーーっ)


せっかく眠りにつけたのに――そう思うが、泣いている子を前にそんなことを言うほど鬼ではない。


「……ズボンも濡れていますか? シーツは?」


「お、おふとんが、ぬれちゃった……」


「え」


ガバリと上半身を起こし、サフィールの指さす場所に手を伸ばすと、しっとりとした冷たさが伝わってきた。


(まじか)


おそらくだが、寝相の悪い彼はまたしても布団を蹴り上げ、その上に寝返りを打ち――

そして、そのまま……


「……もう一度、トイレに行きましょう」


態度に出してはいけないと思い、なんとか感情を押し殺して彼を誘導する。


はっきり言って、めちゃくちゃに眠い。


当時のノエルは、中途覚醒に慣れていなかった。

今でこそソフィアの赤ちゃん時代の夜泣きや授乳で、いつでもさっと起きられるようになったが、このときのノエルは、睡眠を邪魔され、しかも立ち歩かなければならないという不慣れな苦行を強いられていた。


「はぁ……」


たまらず、声が漏れた。ため息くらいは見逃してほしい。

そう思ったが、甘かった。


「ご、ごめんなさい……怒らないでー……っ」


(げぇっ……、勘違いで余計泣かせた……!)


「ち、違いますよ、サフィール様に怒ったんじゃないですよー……」


欠伸を噛み殺しながら夫をあやし、トイレへ連れて行き、再び着替えさせる。

そのあとは、わざわざ自分の私室のベッドへ連れて行き、狭いベッドで身を寄せ合って眠った。


なぜこのとき――着替えをしたサフィールの部屋で寝なかったのか――。

ノエルは、未だに自分でも理解できなかった。

けれど、振り返ってみれば、きっと予感があったのだろう。

彼の寝る場所だけは死守してあげなければ、という母親特有の本能のようなものが……。


そう、二度あることは三度ある。


有言実行のサフィールは、子どもの姿であってもしっかりとやり遂げた。

その小さな身体のどこに水分を溜めていたのか、と問いかけたくなるほどの量を、三回目もしっかりと出し切った。


しかも、すでに明け方であったため、三度寝を決め込むこともできず――


結局、サフィールを彼の私室で寝かせ、ノエルは使用人たちが出仕するまでの間、大量の洗濯物と格闘することになった。

男爵家にいたころ、弟のシーツを洗ったことがあったので、手慣れてはいた。


手慣れてはいたが――進んでやりたいかやりたくないかと問われれば、もちろん後者だ。


(こんなこと、今日だけでありますように――)


この日、ノエルは悟った。

弟の世話は楽しかったが、あれは所詮、おままごとに過ぎなかったのだと。

本当の子育ては、つらく険しい道のりなのだと――。


まさか、そのことを自分の夫で知ることになるとは、思ってもみなかったが。


◆◇


子どもというのは、否応なく残酷なものである。


自分の好きなタイミングで、前後の会話などおかまいなしに、何の脈絡もなく、そして何の悪意もなく、ただ自分が話したいことを聞いてもらおうとするのだから。


四歳のソフィアも例外ではない。

その日の夕食の席にて、彼女は早速、爆弾を投下した。


「ねえ、お父さま。二十九さいのとき、おねしょを一日で三回もしたってほんとう?」


ノエルはスープをむせた。

それと同時に、サフィールのフォークからブロッコリーがぽろりと落ちた。


控えていた使用人たちのうち、「二十九歳」と聞いて五歳のサフィールを連想した者は「あー! そんなことあったなぁ」と頷き、彼が元に戻って以降に雇われた者は、「二十九歳のときの旦那様に一体何が!?」と驚きを隠せない様子だった。


サフィールは一度フォークをテーブルに置き、盛大に眉間に皺を寄せ、ソフィアに問いかけた。


「な、なんだそれは……誰からの情報だ」


――まずい、口止めしておくのを忘れていた。


ノエルは内心で焦りまくっていたものの、顔には出さず、素知らぬふりでスープの続きを飲んだ。


「もちろん、お母さまよ」


――そして、秒で裏切られた。


「一体、どういう流れでそんな昔話をすることになったんだ……」


じとりとした視線を夫から向けられ、ノエルは彼を直視できず、視線をさまよわせる。


「ねえねえ、三回もしちゃったら、どこでねたの?

おきがえはちゃんとあったの?」


「ソフィア。今はお食事中でしょ? この話は食べているときにするものではないわ」


ノエルはたしなめるとともに、これ幸いと話を流そうとした。けれど、それで子どもの好奇心が止まるはずもなく――


「わかった。じゃあ、ごちそうさまのあとに教えてもらう」


まだ食い下がろうとする娘に、サフィールがため息をついた。

そして、奥の手を使う。


「――お父様の膝の上で話を聞いてくれるなら、話してやってもいい」

「あ、じゃあいいや!」


ソフィアは、何事もなかったかのように静かに食事を再開した。


サフィールは娘を構い倒しすぎて、最近では膝の上に抱きかかえることを拒否されていた。


どこか哀愁を漂わせながら、サフィールは娘の食事風景を眺めている。彼の手は、行き場をなくしたままだった。

ノエルはそんな父と子を見て、やはり子育ては一筋縄ではいかないなぁと、改めて実感したのだった。


ただ残念なパパオチで終わってしまった。。。

お読み頂きありがとうございました。

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