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小さくなった夫が可愛すぎて困ります  作者: piyo
第二章

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25. 花の咲き乱れる場所で二人は

ケーキの後、サフィール様が「今日はみんなありがとう」と締めの挨拶をすると、一気に後片付けの時間が始まった。

みんなでゴミを片付け、装飾やテーブル、椅子を屋敷の中に運ぶ。

私も手伝おうとしたが、「奥様はサフィール様とのんびりしていてください」と止められてしまった。


周りがあくせく働く中、サフィール様が私の手を引いた。


「ノエル、いこう」


どこに、とは言わなかったが、なんとなく予想はついていた。

私も場所を尋ねず、「はい」と短く返事をする。


小さな手は、驚くほどしっかりしていて、確かな熱を持っていた。


――子供だと思ったら、急に大人になったようにも感じる。本当に、不思議。


どこかふわふわした気持ちを抱えたまま、私は彼に手を引かれ、後をついていった。



「ごめん、歩きづらいよね。これでも大分、道を整えたつもりなんだけど……」


連れてこられたのは、屋敷の裏手の森。

サフィール様とはよく二人で散歩や探検をしたが、今日の道はいつもと少し違う。

まるで、けもの道を自分たちで踏み鳴らして道を作ったかのようだった。


低いヒールを履いていてよかった。さもなければ、土に刺さって前に進めなくなっていただろう。


「ここ、まるで絵本に出てきた『エル』がジル草を取りに行った道みたいですね」


気づけば、自分の口からそんな言葉が出ていた。

エルが最初にジル草を探しにいくシーンで、ページの端に描かれた小さな挿絵――

その道が、この森の小道にそっくりだったのだ。


「フフ、確かにそうだね。似てる。あ、そこ、レースが枝にひっかからないよう気をつけて」


前を行くサフィール様は、私のことを気にしながらゆっくりと進む。

私も、この素敵な衣装を汚したくないので、慎重に後をついていった。



「もう少しだから、あとちょっとがんばって」


何度も振り返り、私の様子を気にしてくれる。

以前は私が「疲れていませんか?」と声をかけ、抱き上げていたというのに。


「大丈夫ですよ。むしろ、どこに連れて行ってくださるのか、楽しみです」


自分が森のどのあたりにいるのかも、どこへ向かっているのかもわからない。

目的地を知っているのは彼だけだ。

その小さな背中が、今はひどく頼もしく見えた。


――行き先は、なんとなくわかっている。


彼が、かつて私にプレゼントしてくれたものがある場所。

きっと、そこだ。


「あ、見えた!」


弾んだ声が、森の静けさを震わせる。

その背中越しに広がった景色は――


「わぁ……!」


思わず、声がこぼれた。


森の奥、ぽっかりと開けた場所。

木々の茂みが途切れ、たっぷりと陽の光が降り注いでいる。


そこ一面に広がっていたのは、ジル草のやわらかなピンク。


風に揺れ、淡くきらめく花畑だった。


「疲れさせちゃってごめん。でも、どうしてもノエルと一緒にここに来たかったんだ」


サフィール様が、静かに私の隣に立つ。

並んで少し坂を見下ろすと、視界が大きく開け、花畑はより一層の広がりを見せていた。


「どう? キレイ?」


「はい……とても」


「――ノエルが昔見たっていう、実家の畑のジル草より?」


「それよりも、もっとです」


幻想的ともいえるその光景から、目を離すことができなかった。


幼い頃、庭の畑で大繁殖したジル草。

あのときも、淡いピンクに心を奪われたものだ。


けれど――


ここは、まったく別の意味で、私の視線を縫い止めて離さない。


(サフィール様は……旦那様は……ここで、私に贈る花を選んでいたのね……)


胸の奥が、静かに熱を帯びる。

言葉もなく景色を見つめる私に、隣からそっと声が落ちた。


「……つらくはない?」


その声は、どこか不安を含んでいた。


はっとして顔を向ける。

彼は、強がりでも、子供らしい無邪気さでもない、ただ真っ直ぐな目で私を見つめている。


「いいえ。むしろ……感極まっている感じです」


言葉を探しながら、ゆっくりと続ける。


「幼いあなたは……ここまで来て、私に花を贈ってくださったのでしょう。

そう思うと、それだけで胸がいっぱいになるんです」


サフィール様は、私の言葉を静かに受け止めるように、もう一度花畑へと視線を戻した。


「ねえ、ノエル。これからも、ここには一緒に来られる。それに、ぼくは君に、また花をプレゼントするよ」


風に揺れるジル草を見つめながら、ゆっくりと言葉を紡ぐ。


「二人の思い出は、これからも、もっと増えていくんだ」


そして、再び私をまっすぐに見つめた。


「ぼくは、すぐに大きくなる。すぐに、君に追いつける」


その声音には、不思議と迷いがなかった。


サフィール様は足元のジル草を一輪、そっと手折る。

それを私の前に差し出し、静かに告げた。


「どうかこれからも――、ぼくと一緒に、思い出を作ってください」


その言葉を聞いた瞬間、目の前の景色が揺れた。


――ちがう。揺れているのは、私の視界だ。


涙でぼやけて、サフィール様の顔が滲む。


「よ……四度目の、プロポーズで、あってます?」


震える声で言いながら花を受け取ると、彼はくすりと笑った。


「もう数えなくていいよ。これから、何度だってするから」


その一言で、堰が切れた。


私は身を屈め、小さな彼を抱きしめる。

彼の胸に顔を埋めたまま、声を出さずに静かに泣いた。


「私……あなたが大きくなるころには、結構なおばちゃんですよ?」


少し冗談めかして言ったつもりなのに、声は情けないほど弱い。


「いくつになっても、ノエルはかわいいよ」


迷いのない声が、すぐ頭の上から振ってくる。


「それに、君がぼくに夢中になれるように、ぼくのほうが、これからもっともっと頑張らないといけないんだ」


その言葉に、涙の残るまま思わず笑ってしまう。


「また、母親みたいな顔、しちゃうかもしれません」


「じゃあ、甘えてあげる」


即答だった。


「それから、ぼくに惚れ直してもらう。問題ないよ」


一拍置いて、彼は少しだけ背伸びするように言う。


「――君の将来を、ぼくにちょうだい」


胸が、きゅっと締めつけられる。


「かわりに、ぼくの将来をノエルにあげる。交換っこだね」


「し、仕方ないから、交換っこして差し上げます」


わざと強がった声でそう言うと、サフィール様は嬉しそうに目を細めた。

二人でそっと額を突き合わせる。

くすくすと、どちらからともなく笑いがこぼれた。


風が吹き抜け、ジル草の花びらがさやさやと優しく揺れる。


今ならもう、あの絵本を、何のためらいもなく開けるだろう。


机の奥にしまい込んでいた、私の小さな宝物も――

きっと、ちゃんと栞として使ってあげられる。


過去を閉じ込める時間は、やっと終わりを告げたのだと、そう感じた。


次でラスト

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