17. 急いで:矢先詩音は初めての感情に混乱した
私、矢崎詩音は駅で美海と夜と合流した。
「一ヶ月ぶり!」
美海とキャアキャア言いながら抱き合って、夜とも「いえーい」ってハイタッチして、それからバス停に向かった。
今日は匠海さんの通う大学で、文化祭が開かれている。バスを降りると、中学とは全然違って、大学はお祭りみたいに盛り上がっていた。
「すごーい、中学と全然違う!」
「ねー、夏祭りみたい。お兄ちゃんどこかな」
「あっちで地図を配ってるから、もらいに行こうか」
三人で地図を覗き込んで、匠海さんから聞いていた焼きそば屋さんを探した。
「あ、あっちだって」
「行こう行こう」
「匠海さんいるかな」
「詩音、休憩時間とか聞いた?」
「うん、昼過ぎに休憩入るから、一緒に回ってくれるって」
無事に焼きそばの屋台を見つけたけど、昼時で焼きそば屋さんは大混雑だった。
二十分くらい並んで、やっと先頭までやってきた。
「すみません、川瀬匠海いますか?」
「川瀬? 川瀬ー、お客さんー!」
「へいへい、あ、来た? 焼きそば大盛り食える?」
匠海さんは汗びっしょりで、頭にタオルを巻いて焼きそばを焼いていた。
美海と夜、それから私に、山盛りの焼きそばを渡してくれた。
「どの子が川瀬の美少女なんだ? 真ん中?」
匠海さんを呼んでくれた人が私達を指差した。
「んなわけあるか。一番左」
「はー、たしかに……すごいな……」
「お兄ちゃん、何言ったの?」
「こいつは妹、その隣は幼馴染」
匠海さんに紹介されて、美海が慌てて頭を下げた。
「えっ、川瀬美海です。兄がお世話になってます」
「いやいや、そんなご丁寧に……本当に妹? お前の十倍しっかりしてっけど」
「う、うるせえな」
「つーか、妹ちゃんと美少女ちゃんが来たんなら休憩行けば?」
「マジ? サンキュ。行こう行こう」
匠海さんが頭のタオルを取って、肩にかけた。
そのまま屋台から出てきて、ひらひらと手を振った。
「匠海さん!」
「よーお。ありがとね、来てくれて」
「うん! あのね、詩音、あっちの……」
駆け寄ろうとして、私は足を止めた。
綺麗なお姉さんが、匠海さんの隣にやってきたから。
「川瀬くん、なに油売ってるの。今かき入れ時なんだから」
そしてお姉さんは、私を見下した。
「妹さん?」
「や、違います。俺、先に休憩入らせてもらったんで」
「えー、困るよ。ちょうど焼きそばの麺がきれちゃったし、野菜ももう少ないから、取りに行ってもらおうと思ったのに」
お姉さんはちらりと私と、近くにいた美海を見た。
……なんか、嫌な感じ。
そう思ったのが顔に出ちゃったみたいで、匠海さんが私に手を伸ばした。
でも、その手をお姉さんが取った。
「妹さんなら自分たちでのんびり周ってもらえばいいでしょ。また落ちついたら合流したらいいし」
ふと、私の前に夜が立ちふさがった。
「すみません、夏休みぶりに兄に会えたから少しだけでも話せればと思ったんですが」
おお……夜がちゃんとしてる。
振り向いたら美海がおかしそうにしていて、つられて笑わないように顔に力を入れた。
「それは、でも」
「すみません、先輩。少しだけでも、久しぶりに会った兄妹と、会話だけでもさせてもらえませんか?」
匠海さんが夜に合わせるように、申し訳なさそうに言った。
「……す、少しだけなら」
女の人は気まずそうに一歩下がった。
匠海さんは夜の頭をくしゃっと撫でてから、私をぎゅっと抱き寄せた。
「美海、焼きそば、うまかった?」
「まだ食べてないって」
美海が笑って答えたけど、私は匠海さんに埋もれていて全然見えない。
「カレーも美味かったからオススメ。あと自分でカルメ焼き作るコーナーあった」
「あとで行ってみる。……お兄ちゃん、あの人、なに?」
美海がささやいた。
「んー、俺の担任の先生のゼミ生」
「彼女?」
「まさか」
「だよね」
匠海さんは私をぎゅうぎゅう抱きしめたまま、美海とひそひそ話している。
私はおとなしく匠海さんの背中に手を回して、しがみついた。
「匠海さん、詩音のこと何か言った?」
夜が小声で聞いた。
「いや? あー、詩音ちゃんと飯食ってたのを先生に見られて『川瀬が超お嬢様とデートしてた』っつうのを先生が言いふらしてた」
「あー、なるほど」
夜は何かを納得したみたいだった。
何でもいいけど、匠海さんはいつまでこうしてるんだろ。
「匠海さん、ちょっと詩音の耳元に顔を寄せてもらえる? ……美海、あのさ」
夜が言い終わる前に、匠海さんが腕の力を緩めた。
「詩音ちゃん、バタバタしちゃってごめんね」
「ん、ううん。忙しいときにごめんなさい」
「焼きそば、めっちゃ美味いから食べて」
「わかった」
「先に部屋で待っててくれてもいいけど」
「それは寂しくなるから、ヤダ」
「だよね。ごめん、甘えた」
「いいよ。でも今度、どっか連れてって」
「うん、行きたい場所、考えておいて」
匠海さんは私の耳元でぼそぼそ囁いた。
最後にもう一度強く抱きしめてから、ゆっくり私の体を離した。
「じゃ、美海、母さんと親父によろしく」
「うん。冬休みには帰ってくるでしょ?」
「そのつもり。また連絡する。……で?」
匠海さんは私の肩に手を置いたまま、言った。
「かわいい妹との感動の再開を中断してでも運ばなきゃいけない荷物ってなんすかね?」
聞いたことのないような、低い声だった。
見上げても、匠海さんは女の人の方を向いていて、どんな顔なのかわからなかった。
でも、なんとなく、昔美海を怒らせたときのことを思い出した。
「そ、そんな言い方しなくたって」
女の人はたじろいだ声で言った。
その人の顔も、匠海さんの背中で見えなかった。
「しかも俺、休憩時間っすよ。俺じゃなくたっていいっしょ」
「でも、多いし、川瀬くんに」
「はー。ごめんね、詩音ちゃん」
匠海さんはまた振り向いて、私の肩に置いていた手で、頬を撫でた。
「ん、いいよ。またね」
「うん、また」
今度こそ匠海さんは行ってしまったけど、去り際に、女の人から思いっきり睨まれた。
さっきの嫌な感じが、戻ってきちゃった。
なんだかな。
美海と夜と顔を見合わせてから、少し離れた場所のベンチに座った。
三人で並んで焼きそばを食べる。
「おいしい」
「お兄ちゃんが美味しいって言うだけある」
「僕も今度教わろう」
「何か詩音、田崎ほのかを思い出した」
私が言うと、美海は吹き出して、夜は顔をしかめた。
田崎ほのかは、美海と夜の幼馴染だ。
一時期、夜のことが好きで、美海のライバルみたいになっていたのだ。
夜にバッサリ振られて、諦めたあとのことは、知らないんだけど。
「まあ……似たようなものだと思うよ」
渋い顔のまま、夜が言った。
「匠海さんが詩音を抱きしめたら、すごい顔してたから」
「そなの?」
「詩音には見えなかったもんね。すごかったよ」
美海が焼きそばを箸で集めながら笑った。
そんなに……?
「匠海さんもアレだけどね。あそこまで、べったりするとは思わなかった」
「うーん、お兄ちゃんがあんなに甘えるのは、ちょっと驚いたな」
匠海さんの部屋にいるときは、ずっとあんな感じでくっついていることは、黙っていることにした。
でも、そっか。
あの人は匠海さんのこと、好きなのかあ。
「……あの人が匠海さんのことが好きなら、詩音、あんまり匠海さんの部屋に行かないほうがいいかな」
「それ、お兄ちゃんに言ったら怒るよ」
「え、そうかな」
「そうだよ。ね、カルメ焼き作りに行こうよ」
「美海、カルメ焼きってなに?」
「しゅわしゅわ〜って膨らむ、甘いお菓子」
「なんにもわからなかったけど、お菓子なんだね」
夜は笑顔で頷いて立ち上がった。
相変わらず夜は美海に甘い。
私も立ち上がって、美海と夜と並んで歩き出した。
嫌な感じは残っていたけど、それを言葉で言い表せなかった。
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