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13.最適解:矢崎詩音の耳は溶けそうだった

 あと一週間ほどで夏休みも終わる頃。

 私、矢崎詩音は、ママさんに浴衣を着付けてもらっている美海を見て、なんとなくしょんぼりしていた。

 匠海さんはバイトと宿題で忙しくて、同じ家にいるのにほとんど顔を見られなかった。

 寂しい。

 でも、頑張ってるのは知ってるからワガママ言いたくない。できるだけ「いってらっしゃい」と「おかえりなさい」だけ言って、それ以外は我慢していた。


「詩音ちゃんも、せっかくだし浴衣着ていくといいわ」

「詩音、浴衣持ってないよ」

「美海が着ていない浴衣があるのよ。お義母さんが着道楽だったから」


 キドウラク?

 私が首を傾げているうちに、ママさんは桐箪笥から浴衣を二、三着取り出してきた。


「これにしましょう。紫苑柄だから詩音ちゃんにぴったりね」

「ダジャレじゃん」


 美海がゲラゲラ笑った。

 こんな綺麗なの、私に似合うかなあ。

 でもママさんは「はい、脱いで」と言って、テキパキと私を着替えさせた。

 こういうきびきびしたところは美海にも匠海さんにも似ていて、私はけっこう好きだ。

 着付けと、髪もいい感じにしてもらって玄関に行ったら、夜が待っていた。


「こんばんは。二人とも綺麗だね。浴衣、似合ってる」

「あ、ありがと」


 美海が照れているのがかわいい。


「夏祭り?」


 振り向いたら匠海さんが階段から降りてきた。


「うん。匠海さんも行こうよ。夜と美海がイチャイチャするのに、詩音お邪魔になっちゃうから」

「ばーか」


 呆れた顔で匠海さんは笑った。


「子供が遠慮すんなっての。三人で行くの、何気に初めてだろ? 楽しんでこいよ。俺もこっちの友達と回る約束してるしさ」

「そっかあ」


 ちょっと残念だけど仕方ない。

 夜と美海と一緒に家を出た。


「詩音、お兄ちゃんと行きたかった?」


 少し歩いたところで美海が覗き込んできた。


「ちょっと」

「お兄ちゃん、そういうところ気が利かないから」


 美海が言うと夜が首を傾げた。


「んー、むしろ気を利かせたんじゃないかな」

「そなの?」

「詩音が気兼ねなく僕らと夏祭りを楽しめるように、気を使ってくれたんだと思うよ」

「……そっか」


 それなら、うん。

 楽しんでくるしかない。

 匠海さんもお友達と回るって言ってたし、途中で会えるといいな。

 浴衣が似合ってるかどうかも聞けなかったし。




 初めて来た小崎町の夏祭りは、思っていたよりも人が多かった。


「あ、佐々木。うわ、女子連れてる、ウザ」

「羨ましければ彼女作れよ」

「そんな簡単にできたら苦労しねーわ! くっそ、根子も女に囲まれてたし」

「あはは」


 夜が中学のお友達と話しているところを初めて見た。

 なんか、前より男の子っぽい喋り方でびっくりする。


「あのね、夜は学校だとカッコつけて、自分のことを『俺』って言ってるんだよ。」

「あ、そうなんだ?」


 美海が笑いを噛み殺しながら言うから、吹き出しそうになるのを必死でこらえた。


「でも私やお兄ちゃんしかいないと「僕」に戻るの。かわいいよね」


 そうだったんだ。

 なんていうか、みんな少しずつ大人になっていくんだなあ。

 私もそうならないといけないのは分かってるけど。

 話し終えて戻ってきた夜と合流して、また三人でぶらぶら歩き回った。

 たこ焼きと焼きそばを分けて食べて、盆踊りの櫓のところまでやってきた。


「なんか甘いモノ買ってくるよ。美海と詩音はここで休んでて」


 私たちをベンチに座らせると、夜は綿飴の列に並びに行った。


「詩音はそろそろ戻るんだよね?」

「うん。新学期前に寮の部屋の掃除とか、布団干したりもしたいしね」

「寮、楽しい?」

「うん、慣れると楽しいよ。学校に行くのも楽だし、ごはんも食堂に行くだけでいいしね。あー、でもごはんは匠海さんと食べるほうがおいしい」

「それは仕方ないね。お兄ちゃんのごはん、おいしいから」


 のんびり話していたら、目の前に誰かが来た。

 夜かと思って顔を上げたら、知らない男の人たちだ。

 美海の知り合いかと思ったけれど、美海も不思議そうな顔をしていた。


「君たち、二人だけ?」

「……え?」

「俺らも男二人でさ、ちょうどいいから一緒に周ろうよ」

「あの、人を待ってますので」


 美海が嫌そうな顔で断った。

 でも男の人はニヤニヤしながら顔を近づけてきた。


「ちょっとくらい、いいじゃん。まだ来ないって」

「困ります!」

「この子らに、何か用?」


 思わず声を上げたとき、男の人の後ろから別の声がした。


「あ? 今取り込んで……げ、川瀬」


 振り向いた男の人たちの向こうに匠海さんと夜がいた。


「その子ら、俺の妹なんだけどさ、何してくれてんの?」

「や、悪い、知らなくて」

「つーか、こんな知り合いしかいないようなド田舎でナンパしてんじゃねえよ、バーカ」

「悪かったって!」


 男の人たちは顔を引きつらせたまま、そそくさと去って行った。


「ごめん、美海、詩音。僕が離れたから」


 半泣きの夜が美海に綿飴を渡し、私にもイチゴ飴を差し出してくれた。


「アホか。それはまあ、気をつけてほしいけど、悪いのは中学生ナンパする馬鹿どもだから」

「お兄ちゃん、ありがとう」

「おうよ。何もされてない?」

「大丈夫! 夜も綿飴ありがと」

「詩音ちゃん?」


 匠海さんが、ぱっと私の顔を見た。

 だから、顔を上げて笑った。


「大丈夫。ありがとう、匠海さん。イチゴ飴も嬉しい」


 でも、匠海さんはふっと真顔になって、何度か瞬きをした。

 それからゆっくり、夜の方に振り返る。


「夜」

「なあに、匠海義兄さん」


 夜がゆっくり答えた。

 どうしたんだろう。


「櫓の反対側で、お前の友達のにゃんとかくんが探してたぞ」

「……わかった。美海、行こう」

「え、うん?」


 夜は戸惑う美海の手を引いて行ってしまった。

 匠海さんは座ったままの私に手を差し出す。


「詩音ちゃんは俺と帰ろうか。途中でカルメ焼き売ってたから一緒に食おう」

「……うん」


 手を重ねたら、ぎゅっと握られて、そのまま引っ張られた。

 勢いがついて、匠海さんの胸にぶつかる。


「わ、ごめん」

「詩音ちゃん、浴衣似合ってるよ」

「えっ」


 耳元で言われて、思わず見上げたら、匠海さんが笑ってた。からかわれた、のかな。


「もー、匠海さん、いろんな人にそれ言ってるでしょ」

「言わねえから。詩音ちゃんにしか、言ってない」

「……ありがと」

「帰ろう」

「うん」


 匠海さんと手をつないで歩く。

 途中でカルメ焼きと綿飴とベビーカステラを買って、家に向かった。


「疲れただろ、先に風呂行ってこいよ」

「わかった」


 浴衣を脱いじゃうのはもったいないけど、仕方ない。

 匠海さんにかわいいって言ってもらったし。

 ふと思いついて匠海さんのところに戻った。


「ねえ匠海さん。写真撮ろう」

「おう」


 ぱぱっと髪を直して、匠海さんと並んで立った。

 肩をぎゅっと抱き寄せられて、スマホを向けられる。


「ん、こんなもんかな」

「なんか詩音、変な顔してる」


 見せてもらった写真の匠海さんと私がぴったりくっついていて、兄妹っていうよりカップルみたいで……いやいや、そんなわけない。


「いつもどおりかわいいけど」

「そんなことは……えっと、ありがと。お風呂行ってくる」


 私はなんだか無性に恥ずかしくて、小走りでお風呂へ向かった。

 交代でお風呂を終えた匠海さんが、私の借りている部屋に顔を出した。


「詩音ちゃん、さっき買ってきたおやつ、今食べる?」

「んー、明日にしようかな」

「わかった。じゃあ、おやすみ、詩音ちゃん」

「あ、待って匠海さん。私今週中に寮に戻るね」


 そう言うと匠海さんは頷いて戻ってきた。


「車出すよ。いつがいい?」


 私たちは一緒にカレンダーを見て、日付を決めた。


「あの、匠海さん。一個だけお願いしてもいい?」

「別に一個じゃなくて、いくらでもいいよ」

「寮に戻る前に、匠海さんの部屋に一晩だけ泊まっていってもいい? あの、夏休みの間、あんまり会えなかったから」


 匠海さんは目を細めて、痛そうな、泣き出しそうな顔をした。

 けれど、私が口を開く前に笑顔に戻った。


「いいよ。うちに泊まって、次の日の昼くらいに寮まで送る」

「ありがとう」

「……詩音ちゃんはさ」


 匠海さんは、また困ったように私を見つめた。


「なあに?」

「いや……もう寝る?」

「うん。匠海さんは?」

「俺もそうする。えっと、詩音ちゃんが寝るまで一緒にいていい?」

「いいよ。匠海さんが側にいる方がよく眠れるし」


 私が布団を敷いて横になると、匠海さんはすぐ隣に腰を下ろした。


「ね、匠海さん。手えつないで」


 差し出された手を握って目を閉じた。


「おやすみなさい、匠海さん」

「おやすみ、詩音ちゃん」


 低い声が耳元でささやいた。

 その声がないと寝られなくなりそうなくらい、甘い声だった。

ここまで読んでくださり、ありがとうございました。

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