第7話 学術都市クレイフ
アグリア王国。この世界に現存する人間族の国家の中では三大国に数えられる、大陸南部最大の国家だ――中世っぽいこの世界の国々だと考えると、国民概念なんてなさそうだし、『お父様』みたいな領主とか教会……あるのか? とかギルドとかの中間社団が何段階にもぐちゃぐちゃに存在するだろうから、ひとつの国家と呼んでいいのかわからないけど。この時代では当然ながら国勢調査などという気が利いたものはやっていないため人口はわからないが、四十の都市を抱えているらしい。俺がいるクレイフ市は、まだ市街に出てないのでわからないけど、数万くらいはいそうな大きな都市のようなので、それが四十となると思ったより栄えているのかもしれない。
「あ、いえ、クレイフは三指に入る都市なので、他のほとんど都市の規模は数分の一もありません」
この世界についての講義――という《お嬢様を立派なお嬢様に仕立てよう計画》の合間の雑談で、アリシェさんが俺の予想を訂正する。そうだよな、一回世界が滅びかかってるんだったな……。実際、アグリア王国は『お父様』がこのクレイフを拠点に魔王軍の南下を阻止していたため、被害は軽い方のようだ。より魔王の拠点に近い、アグリアより北にあるヘロンド帝国やカルバラッヅ共和国といった他の大国は、いくつもの都市や農村が地図上から消え去ったらしい。さらに内陸の国家は国家自体が消えたらしいが――。
「さて、ご休憩はここまでにいたしましょう。もう一度、歩き方からです」
「うへぇ……」
「お嬢様」
「わ、わかりました、アリシェ……」
俺の不満声も聞き逃さないアリシェさんは目を細めるので、しぶしぶ立ち上がって背筋を正す。いや、ね、お嬢様っぽい歩き方とか、立ち居振る舞いとか、地味に背中とか腰とか疲れるというか、まだ歴史の話してた方が楽しいというか。
と、私の部屋の扉がノックされる。俺がその音に気付くころにはすでにアリシェさんは扉の前まで移動していた。
……アリシェさん、もしかして縮地とかできますか?
俺がそんなことを思っていると、要件を聞いてきたと思しきアリシェさんが、何か、熱湯で濃く入れ過ぎてコーヒーを一気飲みしたような、苦み走った上に酸っぱそうな表情をしながら歩いてきた。
「お嬢様、お客様です」
「え、はい、え、そんな予定ありましたっけ」
「本来はもっと先でしたが、あの輩は予定というものをご存じないので」
どうも、予定があったが予定外というやつらしい。そのお客さんは勝手に予定を早めて来た、ってところだろうか。
「以前、教師をつけるお話が旦那様からあったと思いますが、その教師でございます。ただ、旦那様のご息女だとしても、受けるかどうかは面接をしてからと宣っており……」
「は、はぁ……」
その日の俺は、あのふざけた名前の講義を受けなくて済んだものの、頭を痛そうにしているアリシェさんに服装を直してもらい、魔術講義の教師の面接へと足を進めることになった。