第6話 本来の後継者
「リーシャ、おいしいかい?」
「あ、はい、お父様」
俺は、毎日恒例となった、『お父様』の膝の上でのスイーツタイムを楽しんで――まだバレないか冷や冷やしているので全然楽しむ要素がないが――いた。四六時中一緒にいることを回避したものの、さすがにずっと顔を合わせないわけにはいかず、その日の公務が終わった『お父様』の執務室にお呼ばれしての軽食をとることになっていた。どうも、忙しすぎるらしく、普段の食事を共にすることまではできないらしい。そこまで言われてしまったら、さすがに断るのも忍びなくなった。
それが、この膝の上である。
いや、いい歳したオジサマが泣きそうになりながら何度も膝の上をポフポフと叩くのは、こう、絵面的に可哀そう過ぎたというかなんというか。タダ飯にこの時代としては最高クラスの環境用意してくれている以上、営業スマイルくらい浮かべないと罰が当たるかもしれない。
ともあれ、俺はこの時代にしては十分に甘いお菓子を頬張りつつ、今日何をした、何を勉強したなどの他愛もない話を『お父様』に提供するのが日課となっていた。
――おやめください! 旦那様はまだ公務中でっ!
――ええい、邪魔だ! オレがわざわざ訪ねてきてやったというのに出迎えもせず!
「え、なに……?」
急に外が騒がしくなる。『お父様』は相変わらず俺の髪を撫で続けているので、この騒ぎに気付いているのかいないのかわからない。何より表情が見えない。……と、辺りを見回そうと首を回した瞬間、執務室の扉が乱暴にこじ開けられた。
「っ……!」
闖入者は三十半ばくらいの、腹の出た男だった。勢いよく入ってきた割に、何やらキョトンとして俺と『お父様』を見つめている。
「……そんな、馬鹿な、なんで」
男が何かぶつぶつ言っているが、『お父様』は何も気にしていないというかのように、相変わらず俺を膝に乗せて俺の頭を撫でている。
「っ、伯父上! どういうことですか!」
「ひゃっ」
何とか声を出したと思った男は、急にボリュームを最大で怒鳴りつけてきたので、さすがに俺も小さく飛び上がってしまう。
「伯父上!」
「トマ、急にどうした、騒がしい。リーシャがびっくりしてるじゃないか」
「そのエリシェンです! どうして目覚めてるんですか!」
「どうしたもなにも、パパの愛が通じたのさ! ね、リーシャ?」
そのバリトンボイスの猫撫で声、背筋がぞわぞわするのでやめてほしいんだが、『お父様』よ……。
ほらそこの……えっと『お父様』を伯父上と呼ぶということは、察するに今の俺の従兄弟と思しき男の人、ドン引きしてるじゃないか。
「何かね、トマ。僕の可愛い可愛いリーシャが目を覚ましたら、何か都合が悪いとでも言うのかい?」
「はっ……い、いえ、そんなことは……」
「じゃあ問題ないということだ! それで、そんなに慌てて何か用でも?」
ここからじゃ顔が見えない『お父様』の声が、少し冷たく感じられた。
いつの間にか部屋に入っていたアリシェさんが、出て行けとばかりに扉を開けると、男は視線を彷徨わせてからしぶしぶと外へ足を向けた。
◇ ◇ ◇
「あの、あの人は一体……?」
自室に戻ってきた俺は、アリシェさんが扉を閉めたのを確認すると、そう訊いた。
「あの方はトマ様です。旦那様の弟であるキーリ様のご子息で、今はギーエル村を相続しておられます」
「やっぱり、従兄弟なんだ」
俺は予想が当たったと頷く。
「あの方の不快な言動は今に始まったものではありません。あまりお気になさらず」
アリシェさんは、その言葉の端々に棘を作りながら、従兄弟の人となりを語る。どうも、『お父様』の弟であるキーリ・ル=リヴレ=ギーエルという人が亡くなっているため、ル=リヴレ家の後継者だと吹聴している、とのことだった。それで、放蕩の限りを尽くしているらしい。
「さしずめ、お嬢様が目覚めたため様子を見に来たのでしょう。ル=リヴレ家の継承はケーリシア法ではなくウサル法ですので、立場が危ういと考えたのでは?」
「ケーリシア法? ウサル法……?」
「ああ、そうですね……。古い法典の名前でございます。ウィーナ帝国時代に編纂されたものがケーリシア法、上エルフとその周辺部族の慣習がウサル法となっておりまして、それぞれの家の継承法も元の法典をそのまま拝借しているのです。こちらはル=リヴレ家がまだグローネの魔術師の家系にあった頃から……」
そのままの流れでル=リヴレ家の成り立ちの歴史の話になったが、要するに家や土地の女子相続を認めている法律と認めていない法律があって、この家は認めているということだった。つまり、俺が目を覚ましたので直系女子の自分がこの家を継ぐことになるから、傍系男子のトマさんが継げなくなった、ということらしい。
ただでさえこの身体になって面倒なのに、お家騒動とか勘弁してほしい。
「はぁ……面倒だな……です」
ちらりとアリシェさんが語尾を咎めるように視線を送ってきたので正す。それを見たアリシェさんは、ひとつ息をつくと「私たちの見ている限り滅多なことはさせませんので」と笑っていた。




