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ファーストキッスはレモン味

異世界に転移して驚いたことは、体がレモンキャンディ味になってしまったことである。

だがレモンキャンディはこの世界には存在しないので、(そもそもレモンという果物が存在しないらしい)これをレモンキャンディ味と認識できるのは異世界出身者に限られる。


何を言っているのか分からないと思うが、俺も最初はそうだった。

いまでも本当はまだ納得していない。









「ルールフィンクさん!いい加減に健康診断受けてください!」


目の前で腰に手を当ててプンプン怒っている総務課の若い職員に、ルールフィンクと呼ばれた男(まあ俺だけど)は何度か目のため息を漏らした。


地球の日本で35歳まで平均的に生きてきた宮尾礼二は、ある日目を覚ましたらリフォンランテ清教国なんていう聞いたこともない国に来ていた。

道端でパニックになっていた礼二はリフォンランテの警備兵に保護され、役所で「ああ迷い人ですね。たまにあるんですよ」の一言で事務処理されてしまい、この世界で生きることになってしまった。


現代日本と違いこの世界は科学の代わりに魔法が発達していて、文明は遅れているのか進んでいるのか分からない。

水洗トイレだけど動力は水魔法、みたいな感じだ。

ありがたいことにこちらでできた最初の友人が戸籍に入れてくれて、礼二は礼二・ルールフィンクという、黒髪黒目和顔には違和感バリバリな異世界ネームを手に入れたのだった。







「いやあ、忙しくて、つい。来週受けますから」

「そういって結局昨年もその前も受けてないですよね?!受けてもらわないと組織として困るんですが!」


今日は決して逃がさないという強い意志に目をぎらつかせた総務課の職員…確かハルトマン君…の勢いに、礼二は少したじろいだ。

ハルトマン君の言い分はもっともで、礼二の所属する組織には健康診断の受診義務がある。

体力勝負な仕事が多いからその大切さは分かるが、剣と魔法の不思議世界なくせに健康診断って…と思わないでもない。





「そもそもルールフィンクさん一回でも受けてます?総務課のデータに該当がないんですけど」

「・・・あ、いや~、いつか受けたような気がしないでもないけどねぇ・・・」


実は採用時の健康診断も特例でパスさせてもらっている礼二はその辺りのデータがどうなっているのか知らない。





「もしかして、持病でも隠してるんですか…?」

「えっ」

「え」

「あっ、いや、その、別に病気じゃない!健康!全然問題なし!」

「嘘が下手すぎる」


ずずいっと距離をつめてきたハルトマン君に、礼二は下がれるだけ下がったが、自分のデスクが邪魔で数十センチしか抵抗の余地はなかった。


「そういえば全体に細いし」

「迷い人にはこんなのもいるって」

「目の下にはクマがあるし」

「おじさんになれば誰でもあるよ」

「爪も白い」

「え、それは気付かなかった」


手を取られて爪を観察された挙句の言葉に気が引かれて、うっかりその掴まれた手を引き抜くのを忘れてしまった。

その距離がどうなるかこの数年でとっくに学んでいたはずだというのに。






「ん?なんか甘いニオイしますね」

「あ」

「あ?」

「あ、い、や、とりあえず、手を放してくれ…」


やばい。

近距離で話すのも、皮膚を触れるのもイエローカードである。

ここは穏便に、そうっと気付かれることなく話題を転換して…


「手…」

「そう。俺の手、放してもらえるか?おっさんの手握ってもいいことなんかないだろ」


ハハハと礼二の乾いた笑いが二人の間に響いたが、ハルトマン君はじっと黙ったままで礼二の手を見つめている。



―――あー!やばい!手汗が!




「そうだ。この手ですよ。甘いニオイがするの」

「ちょっ、!おい、やめろって」


顔の高さまで手を持ち上げてスンスンと本格的に嗅ぎ始めたハルトマン君に、礼二は焦る。


「やめ」


―――――ぺろり。













「なんで…」

「こっちのセリフだよ!!」


そのまま手の甲をぺろりと舐められ、慌てて手を振り払った礼二をハルトマンは驚愕の面持ちで見返していた。



「人の手ェ急に舐めるとかなにしてんの?!それはダメだろ!」

「あっ、そ、それは、すみません、でも」

「でもじゃない!」

「いやっ、でも、」

「何も言うな!」

「いや、だって、なんでそんなおいしいんですか?!」


舐められた手を隠すように腕を組んだ礼二だったが、ハルトマンの視線はなぜ隠すのかと責めるようにチラチラと手を見ている。

こうなるともう面倒くさいことを経験則から知っているが、礼二は認めたくなかった。



「甘酸っぱくて、それって、もしかして…」

「前かがみになってももう遅いからね」


いきなり顔を真っ赤にしてそわそわと前傾姿勢になったハルトマンを直視しないように顔をそらしてあげながら、礼二は突っ込んだ。



「ルールフィンクさんが悪いんでしょ!そんな卑猥な」

「勝手になめといて文句つけるのはおかしくないか」

「う゛っ…そ、そうですけど…」





異世界に転移してきて驚いたことは、体がレモンキャンディ味になってしまったこと。

次に驚いたのは、この世界の住人が味やニオイに興奮する種族であること。





「そんなエロい匂い仕方ないじゃないですか…ッ!!!」




そして最も驚いたことは、レモンキャンディの味と香りがこの世界の住人にとってめちゃくちゃ性的だということである。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] いい匂いさせてたら襲われるに決まってますよね 続きがとっても気になります [一言] ぜひともムーンで読みたいです レモンキャンディ味のおじさんという設定おもしろいです
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