魔霧の里
商業都市レンゼンから南、霧が立ち込める森の中に魔霧の里はあるという。
俺とザイードさんとアルマさんはその森の中に足を踏み入れた。
「ちゃんとついてきてるか?」
ザイードさんが声を上げる。
「はい大丈夫です。それにしてもすごい霧ですね」
霧のせいで三メートル先も見えない。
「こいつがなかったら迷子になるとこだぜ」
ザイードさんが方位磁石を持って先頭を歩いている。そのすぐ後ろにアルマさん。
「このあたりは一年中こうらしいわよカイルくん」
「たまに魔物も出るらしいから気をつけろよカイル」
前を行く二人の声が聞こえる。
俺たちはバラバラにならないように紐でそれぞれの体を結んでいる。
「カイルくん、わたしっていくつに見える?」
アルマさんは急に合コン女子のような質問をしてきた。
「え、えーとそうですね……」
俺は時間を稼ぎながら、こういう場合は思っているより下の年齢を言ったほうがいいはずだから。と考え、
「二十才くらいですか」
と答えた。するとアルマさんは、
「えっホントに! やだもうカイルくんたらっ」
と声が弾む。霧のせいでどんな顔をしているのかよく見えないが多分喜んでいるのだろう。よくやった俺。
その時。
ヒュン! ザシュッ! ドサッ!
剣を振る音に何かを斬り裂く音、そして何かが地面に落ちる音が聞こえた。
「ザイードさん、今のもしかして――」
「ああ魔物だ。でも大したことない相手だから気にすんな。おまえらは好きなだけイチャイチャしてろ」
とザイードさんが茶化してくる。イチャイチャって……。
でもそこはやはりゴールドランク。そこらの魔物は敵じゃないのだろう。実に頼もしい同行者だ。
しばらく歩くと森と里の境界線があり、魔霧の里への入り口の門があった。門は開かれている。
「こっからは気を引き締めろよ。ここに来たはずの冒険者たちは全員戻ってないんだからな」
「ええ、もちろんわかってるわよ」
二人は全魔力を集中させると身に纏った。俺もそれに倣う。用心のためいつもより多くの魔力を集中させるとそれを全身に纏った。
ザイードが里の中へ足を一歩踏み入れた。アルマさんも俺もあとに続く。
里の中は薄いピンク色の霧が充満していた。
「なんだこの霧? 霧かこれ?」
ザイードさんの声がする、が姿は見えない。
「人の気配が全然ないわね」
アルマさんの言う通り、集落の中は人はおろか生き物の音や鳴き声も聞こえない。
歩を進めていくとだんだんとピンク色の霧が濃くなっていく。、
「待ってくれ足元に何かある」
とザイードさんが言い出した。ザイードさんとアルマさんはしゃがみこんで何かを確認する。と、
「シャルロットっ!?」
アルマさんが声を発した。そこにはうっすらと騎士風の女性が倒れているのが見えた。アルマさんは彼女を抱き起こすと「シャルロット大丈夫!?」と声をかける。
そういえば知り合いの冒険者が魔霧の里に行ったと言っていたな。
シャルロットと呼ばれた女性は反応がない。
すると、
「はあっ……はあっ……」
ザイードさんの荒い息遣いが聞こえてきた。
「ザイードさんどうしたんですか?」
耳を澄ますが返答はない。それどころか今度はアルマさんが苦しそうに胸をおさえ息を漏らした。
「……はぁっ……はぁっ……」
「アルマさん?」
やはり返事はない。何か様子が変だ。
俺はあたりを見回すが特に誰かに攻撃されている様子はない。しいて言えば霧がさらに濃くなってきているということくらいだ。すると。
ドサッ。 ドサッ。
ザイードさんとアルマさんが倒れてしまった。
「ザイードさん! アルマさん!」
再度周りを見るがそれでも何の気配も感じられない。
次第に霧が濃くなってくる。……霧が原因か?
俺は目に魔力を集中させピンク色の霧の正体をつかもうとした、がそれでもわからなかった。
だが霧の発生源は特定できた。里の真ん中あたりに置かれている箱の中から霧は出ているようだった。
目に魔力を集めたおかげで視界がある程度クリアになってわかったことだが、里のあちこちに人が倒れている。おそらくこの集落の住人たちだろう。
俺は原因と思しき箱に近付いていった。近くで見ても何の変哲もないただの箱だが、中からはピンク色の霧が出続けている。
とりあえず俺はその箱を手に取り、ふたを閉じてみた。すると霧の噴出は止まり徐々に霧が晴れていく。
五分ほど経ったころ、
「…………ん……」
と住人たちが意識を取り戻し始めた。
俺はザイードさんとアルマさんのところへ戻り、二人が目覚めているのを確認した。
「……もしかして、またカイルに助けられちまったか?」
頭をおさえながらザイードさんが言う。まだ少し意識が朦朧としているようだがひとまずは安心だ。
「……借りを作ってばかりね」
アルマさんがシャルロットという女性の頬を優しくさする。
霧が完全に晴れ、倒れていた人たちも皆起き上がる。そこかしこから元気な声が聞こえてくる。
「帰りましょうか」
「ああ」「ええ」
誰が何のためにこんな箱を魔霧の里に置いたのかという疑問は晴れぬまま、俺たちは魔霧の里をあとにした。




