新たな婚約者
結局ゴブリン討伐はキングゴブリンを倒した俺も含め参加者全員に金貨十枚が支払われた。依頼の時点でそういう契約だったらしいからいまさらごねてもしょうがない。
それにいいこともあった。俺たちのランクがブロンズからシルバーに上がったのだ。これでより報酬のいい依頼を優先的に回してもらえるようになったわけだ。
ここ最近依頼をこなし続けていたのでお金もそれなりに余裕がある。今日くらい何もせずにボーっと過ごすのも悪くないかもな。
俺がキングゴブリンを倒したことが市内中に広まったせいで、俺が住んでいる幽霊ホテルは朝から客が詰めかけている。アイリスさんもソフィも嬉しい悲鳴を上げていた。
フレインは朝からギルドに行っている。今日くらい休めばいいものを。
フレインといえば行動をともにするようになって以来、結婚のけの字も言わなくなった。昔から暴走して周りが見えなくなることはあるが約束は守る奴だからな。
時計を見ると朝の九時半。俺は毛布を頭から被り二度寝する準備に入った。慌ただしく階段を駆け上がってくる音がする。この足音はソフィだな。
「フレインさんいるっスか!」
ノックもせずにドアを開けるソフィ。
「フレインならギルドに行ってるよ、っていうかフレインの部屋は向かいだろ」
なぜ真っ先に俺の部屋に来るんだ。
で何だってんだ、そんなに慌てて。ソフィは小さい胸に手を置くと呼吸を整える。そして言った。
「フレインさんの婚約者さんが来てるっス」
「フレインの婚約者って……俺だろ」
形式上はまだフレインは俺の許嫁のはずだ。
「とにかく来てくださいっス」
ソフィに促されるまま眠たい目をこすりつつ階段を下りる。三階、二階、一階へとたどり着く。はあ……眠い。
「あの人っス」
一階ロビーにはたくさんの若い女性客がいたが、よく観察するとどうやらホテルのお客さんではないらしい。彼女らの視線の先には一人の優男の姿が。ソフィが指差しているのもその優男だ。優男はフロントでアイリスさんとなにやら話している。
俺は女性たちの波をかきわけアイリスさんのもとへ行く。
「アイリスさん、どうかしましたか?」
アイリスさんは俺に気付くと、ほっとした表情を見せてすがるように俺の腕を掴む。
「この方、自分のことををフレインさんの婚約者だからフレインさんに会わせろって言ってきかないんです」
「やあきみはどこの誰だい? ぼくはマーズ家の正統後継者ヨルンガルドだよ。フレインさんの婚約者さ」
マーズ家? 聞いたことがない貴族だな。かなりみてくれはいいが。
俺はこいつのことを知らないし、向こうも俺のことは知らないようだな。
「俺はここに住んでいる者でカイルという」
もちろん家出中の身だから正体は明かせない。
「カイルくんか、以後よろしくね」
とそこへ、
「なんですかこの人だかりは! ホテルのお客さんじゃない方はお引き取り下さいませ!」
フレインが帰ってきたようだ。フレインはヨルンガルド目当ての女性たちをホテルから追い出すと、俺を見るなり馬車馬のように駆けてくる。
「カイルさま、あなたがいながら何事ですか!」
怒りで俺しか視界に入っていないフレイン。
「おまえの婚約者が会いに来てるぞ」
「は? それはあなたではありま――」
言いながら横に視線を移すフレイン。と、
「ヨルンガルド!? なぜあなたがここにっ!?」
フレインがやっと優男に気付く。
「おお愛しのフレイン。このヨルンガルドが迎えに来たよ。さぁ一緒に帰って式を挙げようじゃないか」
まるで舞台でも観に来たかのような錯覚に陥る。顔がいいのでこれだけでコロっといく女子も多そうだ。
だがフレインはまるで動じない。
「何を言っているのですか。いつわたくしとあなたが婚約したというのです」
「フレイン、きみの元婚約者が家を捨てて逃げ出したときからきみの婚約者はぼくになったのさ」
「お父上も快諾してくれているよ」とヨルンガルドは続ける。フレインが返す。
「わたくしは知りません」
「きっときみを幸せにしてみせるさ」
「遠慮いたします」
「さぁ、うちに帰ろう」
押しの強さはフレイン以上かもしれない。
「……諦めて一人でお帰り下さい。わたくしにはもう将来を約束したお相手がいるのですから」
さっきから何を見させられているんだ俺たちは。アイリスさんはおろおろしてるし、ほらソフィなんか大口開けてぽかんとしちゃってるじゃないか。
「口からでまかせはよくないよ。では一体どこにいるというんだいそのお相手とやらは」
「このお方です!」
フレインは俺の腕に抱きついてみせた。おぉ意外と胸が……とか言ってる場合じゃないな。
「カイルくんが!? フレインの言っていることは本当なのかいカイルくん!?」
とヨルンガルドは俺の肩を掴み問いただしてくる。えーと…………俺は腕にしがみついたままのフレインを横目で盗み見る。フレインは目を背けている。心なしか体が震えているような…………。
俺はフレインを抱き寄せ、
「そうだ。俺とフレインは結婚するつもりだ。悪いなヨルンガルド」
言い切った。
「そんな!? …………だ、だったら決闘だっ!」
ヨルンガルドは手袋を脱ぎ捨て俺に投げつけた。
「明日の正午大広場の噴水の前で待っている!」
それだけ言うとヨルンガルドは去っていった。
ホテルに残された俺たち。
「すみませんわたくしの問題なのに巻き込んでしまって……」
と所在無げにするフレイン。
「俺たちの問題だろ。要は決闘に勝てばいいってだけの話だ、気にするな」
「カイルさま」
俺はすでにあいつの魔法力を確認していた。ヨルンガルドの魔法力は100。貴族としては下の上くらいだろうか。
魔法力10000の俺とは比較にもならない。まあ問題ないだろ。
だがそのときの俺はヨルンガルドを甘く見過ぎていたのだった。




