悪魔VS魔人
鋭く尖った氷塊が、雨あられと降り注いだと思えば、それを灼熱の火炎が呑み込んで打ち消す。
氷塊が蒸発した水蒸気の中から、クロードが間髪入れずに飛び出して切り掛かるが、その一撃をサイードが弾く。間を置かずに、サイードが反撃の剣を振るい、クロードは切り返した剣でそれを迎撃する。
目にも留まらぬスピードで、剣と剣が激突し、その度に軽い衝撃波が生まれ、大気を揺すった。
2人の距離が離れれば、再び強力な魔法の応酬が始まる。
クロードとサイードの戦いは、両者とも剣術、魔術共に尋常ならざるレベルで繰り広げられた。しかも、両者とも通常とは異なる身体強化の魔法を使っているため、その動きはメリッサの目をもってしても、追うのがやっとの状態であった。
「サイードは、本当に人間なのか……」
「……とんでもねぇな」
メリッサの口から思わず言葉が漏れた。その横では、戦闘が始まった途端、磔から解放されたヘルマンたちが、肩で息をしながら同じ光景を見ていた。
息を呑んで見守るだけで、壮絶な2人の戦いに割って入ることは出来なかった。
クロードが使っている身体強化魔法は、悪魔が使うそれで――悪魔と同等というわけではないが――人間では得ることのできない身体能力になっているのは明らかだった。いわば人外の力である。
しかし、その人外状態のクロード相手に、サイードは互角か、それ以上の戦いをしているのである。
彼も身体強化の魔法を使っているのは確かだったが、人間が使う魔法でここまでの力が発揮できるのかと、メリッサは疑問を持たずにはいられなかった。
「その……戦いはどうなっているのですか?」
「そうですね、クロードが押されています」
メリッサは見えてる限りを説明した。
魔法攻撃の出力だけならクロードが勝っていた。しかし、剣に関しては、明らかにサイードの方が上回っていて、また、戦闘全体で言っても、サイードが一枚上手と言えた。
動きについていけてないナフィーサは、メリッサの説明を聞きながら息を呑んだ。彼女は目の前で、凄まじい戦いが繰り広げられているのは、なんとなく感じることができたが、状況は分かっていない。
ただ、メリッサの説明は正解といえた。実際、クロードは押されていたのである。
「ぐっ!」
サイードの一撃がクロードの脇腹を切り裂き、新たな傷を作った。咄嗟の回避行動で致命傷は免れたが、既にクロードのの身体には似た様な傷が幾つも出来ていて、劣勢の色を濃くしている。
「回復が遅くなってきたな、クロード」
剣をぶつけながら、サイードが言った。
彼の言う通り、クロードは持ち前の回復力で、戦いの始まったころは負った傷が治っていたが、今は殆ど回復していない。それだけ消耗してきている証拠だった。
「余計な心配だ」
「そうか、俺はまだまだ楽しみたいのでな。やはり力を思う存分振るえるというのは気持ちがいい。お前もそうだろ?」
「ふん、一緒にするな!」
「力を手に入れることは喜びだが、金銀財宝と違って、力は振るって初めて手に入れたことが自覚できる。故に、力を知覚できる戦闘とは楽しいものだ」
「くだらんな。確かに我も力を求めるところ。だが、それは目的があるからだ。力は手段に過ぎん! 故に戦いに娯楽など求めん!」
剣がぶつかり激しく火花が散る。
「見解、いや、哲学の違いか。お前の目は、力を貪欲に求める者のそれだったがな!」
「貴様とて、初めは何かの為に力を求めたのだろうに!!」
「違う! 俺は純粋に力を求めた! 一族のことも、国のこともどうでも良かった。アクバルなんて小物の下で動いたのも、力を手に入れるためだ!」
叫ぶサイードの目は、何かに取り憑かれた様な狂気を孕んでいた。
横凪ぎに振った剣が弾かれると、サイードは、弾かれた反動で回転しながら身を屈め、クロードの脚を回し蹴りで払った。その攻撃に、姿勢を崩して倒れるクロード。そこに追撃の剣が迫る。
しかし、クロードは倒れざまに地面に着いた手に魔力を込めて、魔法を発動させた。サイードの足元から、石で出来た棘が一気に隆起し、彼の胸元に向かって伸びる。
「ぐっ!」
咄嗟に攻撃体勢から、両手の剣を胸の前に交差させて防御の構えに移り、石の棘を受け止めが、爆発的に伸びる棘は、防御するサイードの体を空中十数メートル突き上げた。
一方のクロードは起き上がり、伸びた石の棘の上を駆けてサイードに迫る。
剣を振りかぶりサイードを捉えたと思えた刹那、両手の塞がっているサイードが、思い切り棘の先端を蹴り上げた。
折れた先端の塊が、剣を振る直前のクロード脇腹にぶつかり、衝撃で剣の軌道がずれる。
反れた切っ先がサイードの左腕を深く切り裂いたが、サイードは右手で剣を突き出し、クロードの左肩に突き立てた。そして、突き刺した剣から手を放し、その右手で思い切りクロードの顏を殴りつけた。
振り降ろすように叩きつけた拳は、クロードの体を地面に向かって一直線に弾き飛ばす。
バンっという大きな音を上げて、地面激突するクロード。口からは大量の血が噴き出された。
「はあぁぁ、むんっ!」
空中でサイードが、地面に転がるクロードに向かって手をかざすと、クロードの周りを囲む様に、5本の大きな火柱が上がった。轟々と燃え盛り、熱気が部屋中に広がる。
火柱の円の真ん中では、クロードは横たわったまま動かない。それを見てメリッサが叫んだ。
「クロード! 立て!」
燃え盛る火柱から、途轍もない威力の魔法が繰り出されるのは明らかだった。このままでは、クロードは無防備のまま直撃することになる。
「はっ!」
メリッサが必死に叫ぶ中、サイードがかざした手を一気に握り締めると、それに呼応する様に炎の柱が一気に中心に密集した。
緋色の火柱たちは中心で合わさり、巨大な火柱となって白色に燃え上がる。
クロードの姿は完全に炎の中に呑み込まれ、見えなくなってしまった。
「クロードォォォ!!」
あの状態からでは、回避は不可能だ……
いくら人外のクロードであっても、あの攻撃を受けてはひとたまりもない。メリッサの絶叫が響いた。
クロードは跡形もなく燃やし尽くされ、戦いの終結が訪れたと思った時だった。
燦然と燃える火柱を眺めていたサイードが、突然振り返り、剣を振り降ろした。
その視線の先では、空中に開いた真っ黒な穴からクロードが一歩踏み出し、まさに剣を突き出す瞬間だった。
「てやぁぁぁ!」
「はあぁぁぁぁ!」
両者の咆哮が轟く。
サイードの振り降ろした剣が、クロードの剣を叩き折った。が、クロードは左肩に刺さったままのサイードの剣を引き抜き、それをサイードの胸に、渾身の力で突き刺した。
「がはっ!」
サイードは、胸を貫かれた衝撃に目を見開
もはや勝負は決し、サイードに攻撃をする力はなかった。まるで、試合後の挨拶でもするように、ぽんっと血に寝れた手が、クロードの肩に置かれた。
その瞬間、サイードの口元が笑った気がした。
すぐに、彼はそこから2歩、3歩と後退りした後に、ばたりと仰向けに倒れ、動かなくなった。
彼の周りに血が広がってゆく。
一方のクロードもまた、ふらつきながら数歩前に歩き、空間に開けた穴から抜け出た。
体を包んでいた黒いオーラは消え、震える脚で何とか立っている。血溜まりに浮かぶサイードを複雑な感情を宿した瞳で見下ろした。
(こやつ……)
「クロード! 大丈夫か!」
メリッサ達が、急いで駆け寄って来た。
「おい、娘――」
この時、メリッサに伝えておかなければならないことがあったのだが、それを伝えることは出来なかった。クロードに限界の時間がやって来たのである。
「ぐっ、がはっ、がはっ、ぐああぁぁぁ!」
激しく吐血した後、胸を掻きむしりながら倒れ込んで地面をのたうった。
前にボルドア邸で使った身体強化の魔法とは違い、今使っていたのは悪魔の魔法である。その反動は凄まじく、クロードは真っ赤に熱せられたナイフで体の内側から、至る所を抉られる様な激痛に襲われた。
苦しみのたうつ彼に、メリッサたちは必死に呼び掛けるが、クロードはそれに答えることなく、絶叫し、もがき苦しみんだ後、気を失った。
「く、クロードさんは大丈夫なのですか!?」
「……ええ、気を失ってますが、大丈夫です」
「そうですか、良かった」
ナフィーサにそう言ったメリッサだったが、クロードの脈があることを確認するまでは、正直、不安でしょうがなかった。
ただ、前にもクロードが魔法を使用した後に、もがき苦しむ姿を見ていたので、取り乱すことなく冷静に脈を取るという行動に出れたのだが。
クロードを仰向けの楽なに姿勢に寝かせると、メリッサは、ロゼッタに言って彼の転送を頼んだ。
「アブドルさん、聞こえますか? クロードさんを先に転送してください」
『ああ、こちらも見えてる。転送は了解した』
ロゼッタがアブドルに連絡を取ると、横たわるクロードの姿が薄くなってからすっと消えた。
転送が行われている間、ナフィーサはふと思い出した様に、サイードの方へ歩いていった。
「サイード……」
脈を取る必要がないことは、光を失った彼の瞳を見れば分かった。ナフィーサは特に警戒することもなく、彼の顏の横に屈むと、手で撫でる様にして開いたままの両目を閉じてやった。
大量に流れた血のせいで顏は蒼白で、撫でるナフィーサの手に冷たさを伝えた。
最後まで、サイードの考えを理解することが出来なかったし、一方で敵として憎むことも出来なかった。彼を前に頭に過ぎるのは、良き思い出だけだ。
涙が目の端から零れ、頬を伝った。しかし嗚咽を漏らすことはなかった。ただ静かに涙を流し、潤んだ瞳でしばしサイードの顏をじっと見つめる。
そして、おもむろに立ち上がると、右手で左右の肩を触ってから胸の上に手を当て、“破邪の祈り”をサイードに送った。
「さぁ、歌を捧げに行きましょう」
目元を拭うと、振り向いてメリッサ達に言った。
ナフィーサは祭壇のように高く長い階段を、やや息を切らせて上った。建物の3、4階に相当する階段の頂上は、手すりもなく何もない3メートル四方の魔法陣が描かれた石の板だった。目の前には、強大な柱がそびえ立っている。
歌う前に数段下の段に控えるメリッサ達に、一度振り返ると、無言だが力強い無言の頷きが返って来た。ナフィーサはそれを見て意を決すると、柱に向き直り、息を大きく吸った。
少しの間をおいてから、美しいナフィーサの歌声が響いた。決して長くないはずなのだが、聴く者に時の流れを忘れさせるほどの甘美な歌に、何度か聴いているはずのメリッサたちも忘我に浸って聴き入った。
そして歌が終わり、静寂が流れる。
「……これで、止まったのでしょうか」
ナフィーサが、何の反応もない状況に不安を感じ、当たりを見回した時だった。
突然、目の前の巨大な柱に動きがあった。
柱を形成してるいくつもの石が重い音を発しながら動き、柱の中腹に穴が開いたのである。そして、その穴から七色に輝く玉がすぅっと空中を滑って、ナフィーサの目の前までやってくると、彼女の両手の上にすとんと落ちた。
今までの地脈装置の時と全く同じだった。違うのはその大きさ違うくらいで、彼女の手にある水晶玉も地脈装置のものより一回り大きかった。
「やりましたね、ナフィーサ様」
「ええ」
メリッサの言葉に、ナフィーサは満足げに微笑んだ。
するとそこにアブドルからの通信が入ったらしいく、ロゼッタが対応し始めた。
少しの間完全に静止して通信をしていたが、それが終わると、その内容を皆に話し出した。
「シア達の方も少し前に終わって、先ほど帰還したところだそうです。作戦は成功です」
その報告にその場が色めいた。そして、ロゼッタは言葉を付け加えた。
「外の勢力はアスタロト姉さんたちが、ほぼ無力化したので、大臣の拘束は正規軍に任せて、帰ってこいとのことです。それと、“ありがとう”と」
アブドルの感謝を聞きくと、本当にこの作戦が上手くいったことのだと実感でき、ナフィーサは胸に込み上げるものがあった。
あとは無事に戻るだけだ。
では我々も帰還しましょう、とメリッサに促され、転移呪文を唱えようとしたところで、ナフィーサは開きかけた口を噤んだ。
階段の上から地面を見下ろす。
視線の先には、床に倒れているサイードがいた。その動かなくなった元親衛隊長に、心の中で“さようなら”と別れを告げると、ナフィーサは一呼吸おいて転移の呪文を唱えた。
はぁ~やっと大きな闘いが一段落したぁ~
さてさて、次回からは事後処理です。
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